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第八十五章~遭遇~

「藤吉郎、今こそ意地を見せる時だよ!」

「……五郎さん、具合が悪いんで?」

「元気一発な状態だよ!!」

「また妙な事を……」

「そ・れ・よ・り! 昨日は大人しくしてたけど、今日こそは市場だよ! い・ち・ば!!」

「確かに昨日の様子を見る限り、特に変わりはないですが……出来れば早めに此処を出ましょうぜ」

「きっと、藤吉郎の気にしすぎだったんだよ」

「ふぅむ……」

「大丈夫、大丈夫! もしもの時は荷物捨てて逃げればいいでしょ? ね?」

「……分かりました、その代わり今日だけですからね?」

「やった! これで勝ったも同然だ!」

「……何に?」


藤吉郎が思わず突っ込んだ事をスルーした五郎は市場に行く為に急いでで支度を済ませる。

三十路まで後一つ迄迫った大の男がうきうきする姿を見て藤吉郎は諦め気味に有事に備えて荷物を纏めておく。

杞憂で済めばいいが、何事も備えておくに越した事は無い。

特に……五郎には面倒事が舞い込む、路銀だけは失わぬようにしておかなければ。


「五郎さんも、信長様に似てる所があって困るぜ」

「ん? 何か言った?」

「いえ、市場に行くのはいいですが、荷物はどうするのかと思いまして」

「えっと……残ってる物で何か売れ易い物ある?」

「少しならありますぜ」

「じゃ、それ持って行こう!」

「では、俺も支度しますよ」


五郎は藤吉郎に頷いて荷物を確認する、清洲を出発した当初に比べて大分軽くなったものだ。

藤吉郎が一昨日売った分、それと一晩のお礼に重治の屋敷に置いてきた分もある。

折角、少し儲けれるかもしれないと自分のこっそり貯めた甘味貯金を使ったのだ、このまま帰っては損しただけである。


「せ、せめて売れる物は売って……食材だけでも買って帰るんだ……!」


市場に並んでいた野菜を見て回った限り、是非とも買って帰りたい物が幾つかある。

贅沢を言えば西瓜も買って帰りたいのだが……。


「もし、追われたら……放り投げるしかないよね……」


葛藤する五郎がうんうん唸っていると、支度を終えた藤吉郎が声を掛けてきた。


「おーい、五郎さん」

「……むむぅ」

「ご・ろ・う・さ・ん!」

「っ!?」

「いや……そんなに驚いていないで行きましょう」

「あ、ああ……そうだね、行こう」


どうやら悩んでいる間に藤吉郎は支度を済ませていたようだ、五郎は頬をぱんっ!と叩いて気合を入れると市場に向かう事にした。

どっちにしろ使える路銀は多くない、店の主人と交渉しながら選定しても沢山は買えないだろう。

まずは少しでも商品を売ることに集中して、それから狙いを絞って買い物をするしかあるまい。

その為にも一番気をつける事がある、それは藤吉郎とはぐれないようにする事だ。


「今日は藤吉郎の力……頼りにしてるよ!」

「あんまり期待しないで下さいよ?」


苦笑する藤吉郎が先に部屋を出て行く、五郎は忘れ物……特に貴重品を確認してから慌てて後を追いかける。

宿を出ると今日はあまり雨模様ではないが空は暗く曇っていた、ここ数日気持ちの良い快晴だった為に残念だ。

なんとなく身体が重くなった気がしながらも五郎は藤吉郎と市場へと歩み始めた。

このまま天気が崩れなければいいのだが……五郎がそう思いながら空を眺めていると。


「五郎さん、下手すると足止めをくらう可能性がありますぜ」

「……どうしようか」

「この様子だと今日は持ちそうですが、明日以降は怪しいかもしれません」

「よし、市場の様子次第で出発を早めよう」

「分かりました」


天候が荒れ始めたら旅をするのは凄く面倒である、この世界には雨宿りできる場所が道中に都合よく存在はしないのだ。

そうすると宿で旅が出来る状況になるまで滞在する事になる、せめて美濃から尾張領内に抜けるまでは足止めされたくはない。

藤吉郎には大丈夫だと言ったが、重治が本当に噂の軍師ならば長期間井之口に滞在するのは危険だと分かってはいる。

しかし、それ以上に井之口から清洲へ持ち帰りたい物が市場に……目の前にあったのだ、意地でも欲しい。

それに……あの重治が本当に五郎達の正体に気づいたなら屋敷から出られなかったのではないかとも思う。


「やめやめ!」


五郎は考えを振り払うと頭を振る、考え過ぎて頭痛がする前に止めよう。

どうせなるようにしかならないのだ、自分がどれだけ抵抗しようと面倒事はやって来る。

その時に備えて心構えだけしておくとして、今はどれだけ収穫を得られるかが問題だ。


「はっ!」


そこでハッとした五郎は懐に入れたままの書状を思い出す。

信長に井之口に着いたら『忘れずに』読めと言われたのだ、すっかり存在を忘れていた。

藤吉郎が慌てる五郎を見て首を傾げているが、気にする余裕もなく書状の中身を確認する。


「ふむふむ……」


信長から預かった書状、その中身を要約するとこう書いてある『土産に期待している、忘れるなよ』と。

書状を持ったまま震える五郎は叫びだしたい気持ちを抑えて書状を懐にしまった。

今まで忘れてたとはいえ、あそこまで念押しされて重要な内容かと緊張したのにこのオチである。

(あの殿様、俺をパシリにしているんじゃ……)

偵察だと送り出した筈の五郎に土産を所望する主君に目頭を押さえる、しかも土産に期待しているとだけ書いてあるのだ。


「はぁ……」

「どうしたんです?」

「これ、見て」

「これは……」


藤吉郎に書状を渡す、受け取った書状を読むにつれて彼の表情も次第にどんより曇っていく。

恐らく藤吉郎も五郎と似たような気持ちになったのだろう、静かに書状を折りたたむと五郎に返してきた。

それから暫く黙々と市場へと歩いていると、藤吉郎が重たい口を開いた。


「五郎さん、品物は俺が売ります。信長様への土産の品を探して下さい」

「……俺が?」

「はい、俺より五郎さんが探した方が信長様の興味を惹く土産が見つかりそうですし」

「そうかなぁ……」

「それに、五郎さんも欲しい品があるのでしょう?」

「うん、それはそうなんだけど」

「これを使って下さい」

「いいの?」

「ええ、その代わり土産の品を頼みますよ」


藤吉郎から軍資金を貰った五郎は気が進まないが信長に献上する土産物を探す事になりそうだ。

暫くして市場に着いた二人は空いてるスペースを探して歩き回る。

今日も賑わっている市場野中でなんとか場所を確保した藤吉郎はさっそく商品を並べて道往く人々に声を掛け出した。

その様子を確認した五郎は場所を忘れないように記憶してさっそく信長が喜びそうな物を探し回る。

様々な商品を眺めながら数十分、どれもピンとこなくて悩んでしまう。


「難しいなぁ」

「何が、難しいんです?」

「いや……何か良い土産物はないかと」

「土産ですか、それなら……西瓜なんてどうでしょう?」

「確かに西瓜は魅力的ですけど、重いんですよねぇ」

「ははは、ですが美味しいですよ」

「うんうん、美味しいんですよね……って!?」


つい話し掛けられて応対していたが、慌てて声の主の顔を見ると五郎はギョッとした。

それは重治であった、五郎は顔に出さないように注意してどうしようと考える。

内心焦りながら黙り込んでいると、苦笑した重治が肩を叩いてから耳打ちしてきたのである。


「五郎殿、そんな緊張なさらずに」

「緊張だなんて……」

「顔に出てますよ」

「……そ、ソンナコトハ」

「ははは」


重治は笑いながら五郎の肩を掴んだまま人が疎らな場所に引っ張る。

抵抗できずに大人しく連行された五郎は『あわわわ』と怯えていた。


「五郎殿、何をそんなに怯えているのです」

「あ、あの……どうして」

「なに、偶々見かけたので声を掛けただけですよ」

「は、はあ」

「てっきり、もうこの町を発たれたと思ってましたよ」

「あ、あはは……」

「……今日はお一人で?」

「え、ええ……そうなんです」


咄嗟に一人だけですと告げると重治は思案顔になってから口を開く。


「五郎殿、またお会いしたのも何かの縁。よかったらお食事でも如何でしょう」

「えっ!?」

「この前は満足にお礼も出来なかったのです、どうです?」

「いや……あんまりゆっくりとは……」

「……悪いようにはしませんから、付き合って下さい」


五郎は重治が言外に『断れば捕らえますよ』と言ってるような気がして息を呑んだ。

どちらにせよ重治にがっちり肩を抑えられているのだ、ここは大人しく従うしかないと小さく頷いた。

その五郎を見てにこりと笑った重治は小さな食事処へと五郎を連れて行くのであった。

がっくりと肩を落として重治に引き摺られる五郎は『どうして俺はいつもこんな目に』と心の中で嘆く。

重治の様子から敵意は感じられなかったが、本当にゆっくり食事が出来るのか怪しい。凄く怪しい。

逃がしませんよと目が語っていたのだ、覚悟をしておく必要があるかもしれない。

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