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第八十四章~こっそり抜け出そう~

「う、う~ん……も、もう飲めませんよ……」

「……さん、五郎さん!」

「……駄目ですってば……もう……」

「……仕方ない、ごめん!」

「ふぎゃっ!」


中々目を覚まさない五郎に焦れた藤吉郎は五郎の頭を激しく揺さぶった。

突然の自分を襲った衝撃に叫び声を上げた五郎は現状を把握できずに呆然と辺りを見回した。

ぼやけた頭で視線を彷徨わせていたが、目の前にある藤吉郎に気づいて目を擦る。


「んあ……藤吉郎……どうしたの……?」

「どうしたの……? じゃありませんよ、昨日あれだけ言ったじゃないですか」

「???」

「……まだ目が覚めてないな、これは」

「今何時なの……?」

「まだ日の出前ですよ」

「そっか……おやすみ」

「寝たら駄目ですって……!」


目をしぱしぱさせながら身体を横たえようとした五郎を引っ張り起こす。

顔色も若干優れない、昨晩飲んだ酒の影響だろう。

だがここで寝直されると困るので無理矢理にでも起きてもらわなければならない。


「さぁ……起きてください」

「……うぅ~……」

「町で宿を決めたら、思う存分寝ていいですから」

「わかった……」


目を擦りながら欠伸を繰り返す五郎を監視しながら藤吉郎は荷造りを開始する。

一応、書置きは残しているし、朝早くから働いていた家人に言伝を頼んでおいたので最低限の事はしたはずだ。

後は、五郎を連れてこの屋敷から出るだけだ。

自分と五郎の分の荷造りが終わる頃には五郎も目が覚めたらしい、ぐぐぐっと背伸びをして身体を鳴らしている姿が目に入る。


「目、覚めました?」

「う、うん……なんとか」

「荷造りは終わらせてますから、後は五郎さん次第で出発出来ます」

「ありがとう……ごめんね、すっかり寝惚けてた」

「いえ、あれだけ飲んだのですから仕方がないでしょう」

「あ、あはは……」

「動けますか?」

「うん、ちょっと気持ち悪いけど……大丈夫」


五郎がにこっと笑って答えると、藤吉郎は小さく頷いて荷物を背負う。

五郎もよっこいせと荷物を背負うと、藤吉郎と一緒に静かに屋敷を歩いて外へと向かった。

なるべく音が鳴らないように注意しながら、まだ暗い屋敷を歩く事数分。


「どうやら、あの兄妹はまだ寝ているようですね」

「それはそうでしょ~……お開きになってからそんなに経ってないし」

「し~っ」

「……おっと」

「……行きましょう」


藤吉郎の言葉に黙って頷くと、五郎は抜き足差し足忍び足で屋敷から外に出る。

そのまま門まで周囲を窺いながら足早に歩くと、飛び出すようにして抜け出した。


「……心配しすぎじゃない?」

「敵地なんですから、それくらいでいいんですよ」

「そ、そうかな……ふぁあ~」

「さて、宿を見つけましょう……眠たいでしょう?」

「寝たい」

「では、行きますよ」


藤吉郎に先導されてふらふらと歩き出す五郎、早く寝なおしたいなと思いながらまだ暗い町中を歩くのであった。




屋敷から出て行く二つの影、その影を見送った人物はやれやれと嘆息すると呟いた。


「あんなに慌てて出て行かなくても良いのに」


五郎と藤吉郎の二人が出て行った門を眺めながら重治は欠伸を漏らすと頭を掻いた。

物音がしたと思ったら二人がこそこそと出る瞬間を目撃したのだ、黙って見送ったが……正直な所もう少し話をしたかったので残念だ。

それにしても……藤吉郎と名乗った男、昨晩は重虎と熱心に話していたようだが……。


「はぁ……何を話したのやら」


食事の間は特に変わった様子はなかったのだが、何を慌てていたのやら。

妹は妙な所が抜けている時がある、また何か口を滑らせたのかもしれない。


「……そろそろ起きてくると思うが」


重治が縁側で腰を下ろして日の出によって明るくなってきた空を眺めていると、後ろから声が掛かる。


「兄上、五郎様と藤吉郎様のお部屋に書置きが……」

「書置き……?」

「はい」


ぼーっとしている間に起きて客間に顔を出して来たのだろう、二人が残したらしき書置きをどうぞと渡される。

中を見てみると、そこには一晩の宿と食事の礼と挨拶もせずに出発した事を許して欲しい……そんな内容が書いてある。


「……ふむ」

「残念ですね……もっとゆっくりして頂きたかったのですけど」

「そうだね、まぁ仕方ないさ」

「仕方ない?」

「あの二人にも色々とやる事があるんだろう、『色々』とね」

「???」


疑問符を浮かべている重虎に笑いかけると、朝食にしようと誘う。

居間へと歩きながら重治はふと思いついた事を尋ねる。


「重虎、昨晩は藤吉郎殿と何を話したんだ?」

「昨晩……ですか? 確か兄上の話や父上のお話を聞きたいと仰られたので、そのお話を致しました」

「なるほど、それで慌ててたのかもしれないな」

「慌てる? 何にです?」

「いや……お前は気にしなくてもいい、それより今日は何を作ったんだい?」

「今日は、珍しく兄上が昨晩お酒を召されていたので……あっさりとした味の物ばかり用意しました」

「おお、助かるよ」


重虎に指摘されたように、昨晩はつい酒を飲みすぎた。

本当は少し酔った振りをして『五郎』という男から色々と聞き出そうと思ったのだが……。


「それにしても、変な……いや、不思議な人だったな」


それとなく誘導して質問をしたが、全て此方の見当違いの答えばかり返ってきたのである。

初めは此方の意図を察しているのか疑ったのだが、どうやら本気で答えているらしく聞きたいことは何一つ引き出せなかったのだ。

結局、五郎から情報を引き出す事を諦めると、今度は五郎が自分の懐にどんどんと足を踏み入れてきたのだ。

人の良さそうな顔で親しげに話しかけてくる五郎を相手にしていると、いつの間にかつい愚痴まで漏らしてしまった。


「今度は、落ち着いて話したいねぇ……酒の席じゃなくて」


重虎が『兄上?』と声を掛けてきた事に気づいた重治はすまんすまんと答えて歩みを再開した。




空が明るくなってきた頃、何とか宿を見つけた二人は一室でぐったりしていた。


「それにしても、本当にあの重治殿が竹中重治殿なの?」

「間違いありません」

「確かに『重治』だけど……美濃の窮地を何度も救った人物が住む屋敷にしては……」

「理由は俺も分かりませんが、重虎殿から聞いた話が間違いじゃなければあの男が竹中重治ですよ」

「あんなに血を吐いてよろよろした人が、戦なんて出来るの?」

「五郎さんも似たような……おほん、それなんですが」

「……いいけどっ! 俺も同じようなもんですしっ!」

「拗ねないで下さいよ」

「……拗ねてません」

「……え~っと話を戻します」

「…………」

「昨日、市場で聞いた噂なんですが……竹中重治は切れ者で美しい女性だと耳にしたのですよ」

「女性?」


五郎が目を点にして聞き返すと、藤吉郎はそうですと頷いて答える。


「でも、重治殿は男だったよ?」

「これは俺の予想ですが、重虎殿が重治殿の代わりに指揮を執っているのではないかと」

「……つまり、重治殿が考えた策を実際に行っているのは重虎さんって事?」

「そうです」

「なるほど、確かにそれなら重治殿が動けなくても策を授ければいいのか」


藤吉郎の話を聞いて考え込んでいると、ふと気になった事を聞いてみる。


「ねぇ、もしかして重治殿が俺に色々と質問してきたのって……」

「俺達が織田の者か探っていた可能性はありますぜ」

「……何か怪しまれるような事したっけ?」

「そこなんですが……俺にも分かりません」

「う~ん……分からん」

「それより、あまり長居出来ないでしょう」

「つまり、早く尾張に戻る事になりそうだね」

「ええ、少し様子を見てから急いで清洲へ戻りましょう」


藤吉郎の言葉に頷いた五郎は大きな欠伸をすると、苦笑する藤吉郎の許しを得て軽く寝させてもらうことにした。

目が覚めたら忙しくなるかもしれない、少しでも体力を回復させる為に目を閉じた。

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