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第八十一章~重虎と重治~

「どうぞ、ここが私の家です」


そう告げた重虎は屋敷を前にしてひそひそと話し合う二人に気づかずに正門から敷地内へと歩き始めた。

その後姿を追いながら五郎と藤吉郎は声の大きさに注意しながら会話と継続していた。


「五郎さん、どう思います?」

「確かに、立派だけど……小ぢんまりしてるね」

「ええ、それでも儲かってる商人よりは大きい屋敷ですぜ」

「それにさ、あんまり人気を感じないと思わない?」

「……そう言われれば、小姓人らしき人影は見えませんな」


二人は屋敷に入ってすぐに、周囲を確認したが……良く手入れされている庭園があるだけだった。

これだけ綺麗な庭園を維持しているなら、一人や二人庭師らしき人物が居ても良さそうだが。


「この様子だとあんまり警戒しなくても大丈夫かな?」

「……恐らく、それほど力のある家では無いみたいですから大丈夫でしょう」

「少し安心したよ……俺って何故か気づかない間に身分の高い人に絡まれるからさ……」

「五郎さんらしくていいじゃないんですかい?」

「心臓に悪いのっ!」

「しーっ!静かに!」

「おっと……」


慌てて口を押さえて重虎に視線を向ける、彼女は不思議そうに五郎を見て立ち止まっていた。

五郎が愛想笑いを作りながら『何でもないですよ』と身振りで表現する、その姿を見てくすりと笑った重虎は二人が自分に追いつくのを待っているようだ。


「よし、そうと分かれば遠慮せずお世話になろうか」

「五郎さん……その切り替えの早さは尊敬しますぜ」

「今までの経験上、吹っ切らないとやっていけないよ……」

「…………」


五郎が遠い目をして空を眩しそうに眺める姿で心中を察した藤吉郎は、そっと五郎の肩に手を置いて微笑んだ。

二人は言葉にしなくても何が言いたいか分かり合っていた、尊敬もしているし実力も認めている……しかし茶目っ気が限界突破しているような主君にお互い仕えているのだ。

いつまでも一つの事に拘っていたら問題が増えるばっかりなのである。


「何かあったら、逃げよう」

「それしかありませんな」


最悪、荷物を置き去りにするつもりで逃走するしかあるまい。

二人は逃走経路を探りながら重虎の元へと歩く、重虎は二人がキョロキョロと視線を彷徨わせる様子を見て、首を傾げてから尋ねた。


「何か気になる事がおありでしたか?」

「あ~……いえいえ、立派な庭園だなぁと」

「ふふふ、ありがとうございます」

「これは腕の良い庭師さんが手入れを?」

「いえ……これは兄上が全部手入れをしているのです」

「一人でっ!?」

「え、ええ……」


小ぢんまりとは言ったが、この庭園を一人で維持するのは大変そうである。

驚きでつい大声を上げたが、重虎の兄がどんな人物なのか段々と想像できなくなる。

最初は典型的な『武士』のイメージだったが……人の事は言えないが年寄りくさいイメージに変動していく。


「それでは、中へ」

「あ、お世話になります」

「失礼します」

「どうぞ」


重虎に促されて屋敷の入り口から中へ足を踏み入れる、二人が玄関らしき空間に入ると重虎が屋敷内へ声を掛けた。


「誰か、お客様です……居ませんか?」


重虎が大きめの声を響かせると、何処からともなく地響きが鳴り響いてくる。

ドドドドドド!と激しさを増したかと思うと、三人の前に人影が飛び込んできた。


「重虎!心配したぞっ!」


その人影は重虎を確認して声を上げる、二人は呆然としていたがハッとすると目の前の人物を観察した。

五郎と似たような体格の持ち主である、とても力仕事が出来そうに見えない程痩せている、顔も細くちゃんと食事を摂っているのか気になるほどだ。

しかも、何処となく顔色が悪そうに見えるのだ……パッと見病人にしか見えない。

二人がじろじろと見ていると、重虎に駆け寄って喜ぶ男が此方に気づいた。


「ん? あんたら……ハッ!」


二人を見た男は重虎を庇うように立ちふさがると、腰の刀を……。


「ちょ、ちょっと!」

「五郎さん、下がって!」

「ええい、性懲りもなく重虎を追いかけて嫌がるのか! この飛騨守の手先めっ!」

「だ、誰!? 飛騨守って誰!?」

「いいから下がって!」


突如、戦闘体勢に入った男が叫ぶが全く理解出来ない五郎はあわあわとテンパってしまう。

必死に藤吉郎が距離を取ろうとするが、相手の男は目が血走らせると二人に向けて飛び掛ってきた……と思ったが。


「あ、ああああ!?」

「くそっ!」

「…………」

「あ、あれ?」

「……動きが止まりましたね」


二人の前に着地した瞬間に動きを止めた男はプルプルと身体を震わせると口を開けた。


「ぶはっ!!!」

「「ぎゃあああああああ!!!」」


あろう事か男は大きく開いた口から大量の血を吐き出したのだ。

滝のように吐き出された血を浴びた二人は年甲斐もなく大声で叫び声を上げた。

ゾンビのような顔色になった男が吐血して目を覆うほどの血を浴びせてきたのだ、パニックになるなと言っても困難だろう。


「もう……兄上ったら、無理をしては駄目ですよ」


ふふふと笑いながら重虎は兄上?の背中を摩る、目の前で吐血する兄上?に全く動じない重虎を見て五郎は戦慄した。

(人が失ってはいけない量の血を吐いたのに!? なんで笑ってるのあの人!?)

隣の藤吉郎は未だに混乱しているようでぶつぶつと何か呟いている、五郎は血なまぐさい顔を手で拭うと重虎に恐る恐る尋ねた。


「あ、あの……(震え声)」

「はい?」

「そ、そちらのお方は……」

「突然だったので驚かれたでしょう、すみません。此方が私の兄・重治と申します」

「そ、そうでしたか……」

「ちょっと身体が弱いので普段は大人しいんですけど、少し心配性で……こうして私が長時間家を空けると無理をなさるので困っています」

「は……はは……ソウナンダー」


仕方ない兄上ですと嬉しそうに笑っている重虎に二の句が告げないでいると。

吐き出す血が無くなってきたのか、重治が弱弱しく口を開いて何事か喋りだした。


「し……しげ……と……」


そこでふらっと身体を揺らした重治は前のめりに倒れこんだ。

五郎は冷や汗を垂らしながら血溜りに身体を沈めた重治を見て思った『今からでも宿泊キャンセルしてぇ!』と。

手馴れた様子で重治を脇に寄せると、重虎は家人を呼んで後を任せる。

その間に五郎は藤吉郎を現世に戻す事に成功すると、何とか屋敷から出ようと相談を持ちかける。


「あんなスプラッターな兄上と一晩過ごしたくないよ! どうにか断れないかな?」

「す……すぷ? 良く分かりませんが……確かに俺も嫌です」

「凄い剣幕だったし、確実に命狙われるよ!」

「ですが、五郎さん」

「……何?」

「この格好で外に出れば、絶対に捕まりますぜ」

「……ア、アハハ フタリトモ チマミレダネ」

「少なくとも湯浴みと着替えをする為に世話になるかと」

「あっ! 荷物!」

「一応隅に避難させておきました、どうやら血が掛かってはいませんな」

「これで荷物も駄目になってたら本当に困った事になる所だった……」


二人が今後について相談していると、横から重虎が声を掛けてきた。


「あの、どうかなされました?」

「い、いえ! 面白いお兄さんだなぁ~っと……ねっ?」

「は、はい……」

「ふふふ、ありがとうございます」

「ははは……」

「さて、どうぞ上がってください。お召し物も汚れてしまいましたから湯浴みの用意をさせてますので」

「すみません……失礼します」

「失礼します」


どうぞと微笑まれて断れそうな雰囲気ではないと悟った五郎は大人しく従う事にした。

とんでもない家に来ちゃったなぁと肩を落とすと、藤吉郎を連れて客間らしき部屋に案内されるがままに歩くのであった。

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