第八十章~彷徨って井之口~
「さ~て、探し人が見つからないぞっと……」
彷徨う事数十分、そろそろ何処かで休まないと腰が痛い。
本当は軽く市場を見てから宿を決めて、そこから藤吉郎と滞在中の予定を決めようと思っていたのだ。
ついつい興味が惹かれるままに動いた事を後悔する。
「ふぅ……ちょっと休もう」
人通りの疎らな場所を探して座り込む、せめてこの荷物を宿に預けておけたらこんなに疲れなかっただろう。
基本的に軽装でしか動く事が無いのである、自分よりも重い荷物を抱えながら疲れを見せない藤吉郎は凄いと心から思う。
しかも、五郎の背負っていた荷物……実は出発した時点より量が減っている。
何故なら藤吉郎が『そんな持って行くんですか?疲れますよ?』と忠告してくれたにも拘わらず、『大丈夫!』と自信満々に答え、出発して数十分後に見事に疲れてへとへとになったのだ。
「慣れない事はするなってことかなぁ」
結局、見かねた藤吉郎が三分の一程度の荷物を持ってくれたのである。
そのお陰でなんとか井之口まで辿り着けたと言ってもいい、藤吉郎には本当に助けられてばかりである。
大きく息を吸って吐く、じっとりと汗をかいた額を服で拭う。
「……そろそろ本気で探さないと、辛い」
流石の五郎もこれ以上は疲れが溜まる一方である。
あらかた歩き回ったのだ、本格的な品物探しや商売は後日にしたい。
見る限り、店を開こうにもキチンとスペースが仕切ってあるようだ。
下手な事をして目立ちたくはない、頼みの綱である藤吉郎がいれば別だったが……。
「何処にいるのかなぁ……」
ぼんやりと人の流れを目で追いながら、頬杖をついて暫く休憩する五郎であった。
その頃、のんびり店を開いていた藤吉郎はそろそろ店を閉めようと考えていた。
様子見のはずだったがそれなりに荷物は軽くなった、きっと五郎も喜んでくれるだろうと荷物を纏める。
日もだいぶ傾いてきた、流石に宿を決めておかないと慌てる事になりそうである。
「後は……五郎さんが見つかればいいんだが」
一番の問題は五郎が何処に居るのか見当もつかない事である。
特に彼にとって井之口は始めて訪れた場所、もし自分の感覚を頼りに歩いているとしたら一体何処に居るのやら。
「よし、探しに行こう」
荷物を纏め終わった藤吉郎は軽く背伸びをしてから荷物を背負うと、見落としが無いように注意しながら来た道を戻るのであった。
そして絶賛迷子中の五郎、彼はまたしてもお節介を焼いていた。
てっきり、もう会う事は無いだろうと思っていた女性を見つけたのである。
「何度もすみません、助かりました」
「いえいえ……お役に立ったなら俺も嬉しいですよ」
「五郎様、もし宜しければ何かお礼を……」
「あ、あはは……お礼なんて良いんですよ、丁度暇だっただけですから」
「しかし……」
「それより、まだ買い物があるんですか?」
「いえ、これで最後です……本当にありがとうございました」
その女性『重虎』が丁寧にお辞儀をすると、五郎は慌てて顔を上げさせる。
自分としては軽い気持ちでお節介を焼いたのだ、ここまで感謝されるとくすぐったくなる。
それにこの場所じゃ目立って仕方が無い、とりあえず場所を変えて話そうと提案する。
五郎の提案に快諾した重虎は沢山に増えた荷物を持つと、五郎の後を追いかける。
ちらちらと様子を見ていた五郎は心配になって声を掛けた。
「大丈夫?」
「は、はい……これ位の荷物、平気です」
「……やっぱり少し持ってあげようか?」
「いけません! 五郎様も沢山の荷物を抱えておられます、そんな方のお手を煩わせるなんて……」
苦笑しながら五郎は重虎から半分だけ荷物を奪う、『あっ……』と声を上げた重虎は眦を下げて此方を見ている。
いいからいいからと落ち着けそうな場所を探していると、何処からか声が聞こえる。
聞き覚えのある声だが……視線を彷徨わせていると、手を振って駆け寄ってくる人物が目に入った。
「藤吉郎!」
「こんな所に居たのか、五郎さん!」
「藤吉郎こそ……大分待ったんだよ」
「えっ? まさか何処かで待ってたんですかい?」
「うん……」
「あ、あはは……それはすみません、俺は五郎さんの事だ……ぶらぶらと市場を見て回っているもんだと思っていましたぜ」
「……間違いじゃないかも」
五郎が答えると藤吉郎は笑った、そんな二人の様子を見てキョトンとしていた重虎に気づいた五郎は藤吉郎を紹介する。
「驚かせたかな、ごめんよ。彼は藤吉郎、商売仲間なんだ」
「藤吉郎ってんだ、宜しく」
「私は重虎と申します」
二人はお互いに頭を下げると、顔を上げて五郎に視線を向ける。
五郎は二人の視線を浴びながら暫く考えると、重虎に尋ねる。
「重虎さん、お礼ってさ……なんでもいい?」
「? え、ええ……私に出来る事でしたら」
「実は、俺と藤吉郎は井之口に着たばかりでさ……重虎さんはこの町に住んでるんだよね? 良かったら良い宿を教えてくれない?」
「宿……ですか?」
「うん、井之口の市場は賑わっている耳にして見に来たんだ……それで宿を決める前に見て回っていたもんだから今から探さないといけないんだ」
「そうでしたか……」
五郎の説明を受けて重虎はう~んと考え込んでしまった。
その間に藤吉郎に視線を向けてみると、五郎は彼の荷物が減っている事に気づいた。
「藤吉郎……荷物どうしたの?」
「へ? あ、ああ……実は五郎さんとはぐれている間に少し店を……」
「な……にぃ……っ!?」
「五郎さんから預かっていた品物も、少し売れましたぜ」
「素晴らしい!」
今日はお店どころじゃないなと思っていた五郎は藤吉郎の報告に小躍りしたくなる程嬉しくなる。
この市場を見て回って思ったのだが、素人の自分が上手く品物を捌けるのか不安になっていたのだ。
それにお店を出すスペースすら見つけ出せなかったのである、思わず藤吉郎の手をがしっと握る。
「ご、五郎さん? 一体どうしたんですか?」
「藤吉郎を連れて来て良かった!」
「???」
「よし、これは明日が楽しみだ」
「は、はあ……」
五郎のテンションが上がった理由がさっぱり分からない藤吉郎はタジタジになりながら返事をする。
藤吉郎は五郎から預かった品物が売れた分の代金を手渡しする。
「これが売り上げですぜ」
「おぉ……」
「五郎さん、意外と見る目がありますねぇ……思いの外売れましたよ」
「ふっふっふっ……厳選したからねっ!」
五郎は藤吉郎にサムズアップで答えた、ほぼ半日かけて吟味した甲斐があったようだ。
これなら他の品物も捌けるかもしれない……五郎が売上金で何を買おうか考えていると重虎から声が掛かる。
「あの……五郎様」
「え? あ、はい……どうしました?」
「宿の事ですが」
「はい」
「宜しければ家に泊まられませんか?」
「……へっ?」
五郎から間抜けな声が漏れる、重虎は確かにこう言った『家に泊まらないか』と。
暫くそのまま間抜け面を晒していると、重虎が不安そうに此方を見ていた事に気づく。
「い、いや……それは迷惑になるんじゃ……」
「大丈夫です、それにお世話になったお礼が案内だけなんて……兄上に怒られてしまいます」
「は、はあ……」
「きっと兄上も歓迎してくれます、是非お越し下さい」
五郎はどうしたものかと頭を掻いく、少しお節介を焼いただけで宿を提供してもらうのは如何なものか。
困った末に藤吉郎へと助けを求める、すると五郎の視線に気づいた藤吉郎はあっさりと言い放った。
「お世話になればいいじゃないですか」
「ちょっ!?」
軽い調子で言われて目を剥いた五郎が言葉に詰まっていると、藤吉郎は耳打ちしてきた。
「五郎さん、もうちょっと考えて女は引っ掛けて下さいよ」
「引っ掛けるって……失礼な」
「あの女性、きっとそれなりの家柄ですよ」
「やっぱり、そうなのかな」
「あんまり断ると面倒な事になるかもしれません」
「……という事は?」
「一晩だけでいいじゃないですか、お世話になりましょう」
藤吉郎に諭されて肩を落とした五郎、此方の様子を窺っている重虎に『それじゃ一晩だけお世話になります』と伝えると顔を綻ばせて喜んでくれたのであった。
何はともあれ宿が決まった五郎と藤吉郎は、重虎の荷物を二人で分担して持つと彼女に案内されて家へと向かうのであった。




