第七十六章~酒盛り~
留守を任されて数日、信長からの早馬によれば無事同盟は締結し、今清洲へと戻っていると報告を受けた。
五郎はやっと留守番から解放される喜びに打ち震えていたのだが……。
「どうしてこうなった」
小姓によって広間に呼ばれた五郎が目にしたのは朝から酒盛りを始めている可成他、数人の家臣達だった。
この数日、大きな問題はなかったが政秀によって勉強と五郎にも出来る雑務をこなしながら引っ張りまわされたのだ、色々と学ぶ事はあったが市姫が折を見て休憩に誘ってくれなければ疲労困憊のままだったかもしれない。
その政秀も今日は多忙らしく『本日はゆっくりされよ』と朝から許しを得たのだ。
だというのに、この目の前に広がる酒飲み集団である。
「あ、あの~……」
「おう!来たか、長秀!」
「可成さん? 一体何を……」
「見て分かるだろう、酒盛りだ酒盛り」
「いや……そういう事じゃなくて……」
聞きたいことはそこじゃないと五郎は頭を抱える。
しかし可成はそんな五郎に近寄ると酒を飲んで盛り上がる輪の中へと引き入れる。
皆が五郎に気づくと、可成は大声を上げて場を盛り上げる。
「喜べ!長秀が来たぞ、今日は遠慮せずに飲め!」
「「「うおおおおおお!!」」」
雄叫びを上げる皆を眺めてにやりと笑うと可成は五郎の隣に座る。
肩に手を回してぐいっと引き寄せると耳元で囁いた。
「今日は暇なのだろう?『最後まで』付き合って貰うぞ」
「……『最後まで』って……もしかして」
可成が最後までを強調した事に嫌な予感がする、五郎の頭に横切ったのは桶狭間の合戦後に開かれた祝宴での出来事だった。
五郎の意識が飛翔するまで可成は平然と飲んでいた記憶があるのだが……まさかそれに付き合えと言うのだろうか……。
「可成さん、この事が平手殿に知られたら……何を言われるか……」
「大丈夫だ、政秀には既に一言伝えてある」
「え”っ!?」
「いつもの様に小難しい顔をしておったが、『程々になされよ』と言われただけだぞ、わっはっは!」
「それ……言っても無駄だと思われてるんじゃ……」
「これで問題は無いな?一緒に飲め」
「問題しかないですよ!一応信長様から直接留守を……」
「どうせ斉藤が攻めてきても、お前はのんびりここで俺達を見送ればいいんだ、もっと遊ぶ余裕を持たんか」
「うっ……それを言われると……」
「それに、聞いているだろう?今は利家が国境に出張っているのだ、暫くは心配いらん」
「……分かりました! 少しだけですよ!」
「よく言った!さぁグッと飲め!」
可成の言うとおり、五郎は信長に一つ絶対守るよう命じられた事がある。
それは、もし斉藤が攻めてきても五郎は清洲城から指示を送るだけに止まり、可成らの報告から臨機応変に対応するようにと言われたのだ。
戦力には余裕があるが、自分の目が届かぬ状況で戦場に立たせるのは気がかりなのだろう。
信長としてはもっと五郎に戦慣れして欲しいのだが、それを求めるにはまだまだ五郎の腕が未熟なのである。
「はぁ……帰ったら怒られる気がするなぁ」
「殿に仕える家臣同士の友好を深める大切な付き合いではないか、堂々とそう言えばいいだろう?」
「信長様の留守中に酒盛りしてました、えへへ…………どうみても怒られるでしょ!?」
「気にする事じゃないだろうが、それに殿もよく酒盛りしておるぞ」
「……本当ですかぁ?」
「む、なんだその顔は」
「どうせ、可成さんが付き合わせてるんじゃないんですか」
訝しげに可成を見ながら五郎がそう言葉を漏らす、半分位冗談だったのだが……。
「わっはっは!良く分かったな!」
「なんて事してんの!?あんた!?」
大笑いしながら五郎の言葉に肯定する可成を見て突っ込んでしまう。
この人なら確かにやりそうである、しかも悪びれる様子も無く、さも嬉しそうに話すものだから困ったものだ。
豪快な性格が可成の魅力的な所だと思ってはいるのだが、最近は五郎をその豪快さで振り回すような傾向が強くなってきたのが悩み所である。
「長可もよく似てるんだよな……はぁ……」
可成の息子である長可もまだまだ子供だが、既に実力は目を見張るものがあるし、何より父譲りの性格は末恐ろしいものがある。
懐かれてしまったが最後、森家に顔を出す度に可成の襲撃を受けている五郎は、もう少し弟の成利を見習って欲しいと思う。
「はぁ……」
「さっきから溜息ついて、酒が不味くなるぞ」
「寧ろ皆さんがよく平気で酒を飲めるなと……」
「思い立った時に全力を尽くす、当然だろう?」
「全力って……酒盛りですよ?」
「いいか、明日死ぬかもしれない命なのだ……それに皆やるべき事はやっておる」
「……」
「もっと楽に構えろ、最近のお前はちょっと固くなりすぎだ」
「そんなつもりはないんですが」
可成から酒を注いでもらうと、五郎は暫く杯になみなみと注がれた酒の表面を眺めていたが、意を決してグッと呷る。
その様子を見た可成は満足そうに笑うと、自分も同じように酒を呷った。
「ぷはっ!」
「その調子だ、存分に飲め」
「こうなったら、やってやりますよ!」
「わはは、それでこそ長秀よ」
吹っ切れた(焼けになった)五郎は可成から離れて皆と酌を交わしながら酒を飲む、何だかんだで普段は揚羽の目もあるので控えめに飲んでいるのだ。
可成に付き合って酒を飲むと決まった以上、控えめなんて言ってる場合じゃない。
こうなったらとことん飲んで飲んで飲んで……飲みまくってやるしかない!
「飲むぞ~!」
「「「おおおおお!!」」」
五郎の音頭に盛り上がる広間、まだ昼間だというのに大騒ぎをする酒飲み集団であった。
「う……うぷっ……ぎぼぢわるい……」
意気揚々と酒を飲んでいた五郎だったが、結局夜までその威勢は持たなかった。
あの後、皆と騒いで酒を呷り続けていたのだが、流石に長時間も続けていると話の種が尽きる。
そこで可成が飲み比べをするぞと宣言したのだ。
酒に酔った五郎を含め皆は『臨むところだ』と酒を飲み始めたのだが……。
「よ……可成さんは……やっぱり化け物だ」
順位をつけるとすれば可成が圧倒的な一位、続いて五郎の目の前に倒れこんでいる中肉中背の男が二位、五郎が三位といった結果である。
意識を失ってから気づいたらこの惨状だったのだ、顔を真っ赤にした大男達が広間に倒れている光景はまるで敵襲の後にも見える。
しかし、その中で顔色を変えずに酒を美味しそうに飲む可成が異様なのだ。
頭を押さえながら身体を何とか起こした五郎は声を掛ける。
「いつつ……可成さん」
「おう、気がついたのか?ほれ、水でも飲め」
「あ、ありがとうございます……(ずずっ)」
「楽しめたか?」
「ええ……困った事に、楽しかったです」
「そうか、ならいい」
ゆっくり酒を飲んでいる可成は五郎の返事に嬉しそうな顔を見せる。
久しぶりに飲み潰れるまで飲んだお陰だろうか、吐き気はするし頭がくらくらするが気持ちがスッとした気がする。
ここ最近は色々と気を遣うことが多くて余裕がなかったのかもしれない、自分としては大丈夫なつもりだったが少しずつ蓄積していたのだろう。
「今日は思いっきり騒いだので、すっきりしました」
「皆も言いたい事は吐き出したようだし、暫くは大人しくなるだろう」
「それが……狙いだったんですか?」
「殿が居ない間だからこそ、出来る事もある」
「……」
「五郎も気づいているだろうが、松平と織田は宿敵関係にあった」
「信長様の父上と元康様の父上でしたよね?」
「そうだ、長く宿敵だった者同士手を組もうと言うのだ、口には出せぬが不満を持つ者も居る……仕方がない事だがな」
「それで同盟を結ぶのに時間が……」
「だから、こうやって酒を飲みながら鬱憤を吐かせるのよ」
可成の言葉に五郎は腕を組んで考え込む。
「……ん? でも今日じゃなくても良かったんじゃ?」
「阿呆!殿が居ないからいいのだろうが!」
「そ、そんなもんですかね」
「それに、お前が留守を任されている間じゃないと面白くないだろう?」
「結局そこじゃん!?」
五郎の突っ込みを笑って受け流すと、可成は酒を呷って大きく息を吐く。
それから五郎を見てにやりと笑うと自分の杯と五郎の目の前にある杯に酒を注いだ。
「長秀、ゆっくりでいいから付き合え……いいだろう?」
「……はぁ~、付き合いますよ」
「ほれ」
「頂きます」
二人は静かになった広間でマイペースに酒を飲むのであった。
結局、可成主催の酒盛りが解散したのは日暮れ時になり、翌日二日酔いで青白い顔で城に現われた五郎を見た政秀に一日中お説教を受ける羽目になったのである。




