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第七十五章~市姫とのんびりしましょう~

五郎が留守番を任されて二日目、昨日は結局一日中政秀と一緒だった。

始めは帰蝶が居た事もあって和気藹々と談笑しながらだったが、用事があると帰蝶が去ってからが正念場だったのである。

政秀の話しを長々と聞いていると、無性に眠くなるのだ。

必死に眠気と戦った結果、何度も政秀に渇を入れられた挙句に夜遅くまで延々と話が続いたのである。


「もう、二度と留守番なんてしない……」


今日も小姓に案内された部屋でぐだっていると、部屋の外から声が掛かる。


「長秀殿、居られますか?」

「はい、居ますよ~」

「入っても宜しいでしょうか?」

「どうぞどうぞ~」


声から政秀じゃない事を判断した五郎はホッとして招き入れる。

スッと戸を開けて入って来たのは信長の妹である市姫であった。


「これは市姫様!え~っと、どうしよう……こ、此方にどうぞ!」


まさかの人物に慌ててもてなす準備をする五郎、その様子を見た市姫はにこにこと笑いながら座ると口を開いた。


「五郎殿、昨日は大変でしたね」

「あ、あはは……知っておられましたか」

「城の者達が話していましたよ」

「そうでしたか……どうりで今朝は皆から『頑張って下さい』と声を掛けられる筈だなぁ」

「ふふ、五郎殿は皆から慕われてますね」

「……自分でも不思議ですけどね」


五郎は苦笑すると、市姫にお茶を出すべく立ち上がる。

実は市姫とこうやって話すのは初めてではない、信長の妹である市姫も五郎に興味を持ったのか時折声を掛けれられていたのだ。

それから少しずつ会話をして交流した結果、お茶を飲みながら談笑する間柄になったのである。

最初は五郎を丹羽殿と呼んでいた市姫も打ち解けた今では『五郎』殿と呼ぶようになった。

信長が可愛がっているだけあって、性格も快活で話をしていても苦にならない。

五郎にとっても妹のような存在になっていた。


「ささっ、どうぞ」

「ありがとうございます」

「熱いので気をつけて下さい」


ふーふーと冷ましながら飲む姿は微笑ましい。

市姫がお茶を飲んでいる間に、持参してきた団子の包みを解くと皿に盛る。

昨日あまりにも疲れて甘い物が食べたくなったのだ、今日は好物である団子を事前に用意していたのである。

五郎が串から団子を一つずつ取り分けてから市姫の前に差し出す。


「市姫様、どうぞ」

「いいのですか?」

「遠慮せずに、一緒に食べてのんびりしましょう」

「では……頂きます」


上品に団子を食べる市姫を見ながら五郎はお茶を啜る。

今日は朝から穏やかに過ごせている、後は政秀が来ない事を祈るのみだ。

昨日の疲れもあってか、ぼや~っとしていると市姫が声を掛けてきた。


「五郎殿、食べなくていいのですか?美味しいですよ?」

「あ、え~っと……」

「大分お疲れのようですね」

「ええ……昨日は平手殿に一日お世話になったので……」


五郎は『お世話』を強調すると市姫の前で身体を横たえる。

失礼な態度だが、市姫はくすくすと笑って横になった五郎を見ている。


「市姫様~……申し訳ありませんが暫くこうしてていいですか?」

「ふふ、どうぞ」

「ふぅ~……」


年甲斐もなく身体をだらけさせてゴロゴロと寝転ぶ。

市姫はそんな五郎を見ても咎める事もなく笑ってくれるので気兼ねなく怠惰に過ごせる。

こうして穏やかに過ごせる相手は中々居ないので市姫の存在はとても大きい。

暫くだらだらと過ごしていた五郎だったが、むくりと起き上がると市姫に向かって口を開いた。


「そうだ、すっかり聞くのを忘れていました」

「? なんでしょう?」

「市姫様、俺に何か御用が?」

「いえ、特に」

「そうですか……」

「兄から留守を五郎殿に任せたと伺っておりましたので、ゆっくり話でもと思ったのです」

「……大歓迎です!」


政秀の話もありがたいのだが、ずっと気を張る必要があるのだ、長時間は耐え難い。

それよりも市姫とゆっくり話をして過ごすだけなら大歓迎である。

すっかり冷えたお茶を飲み干すと、五郎は団子を一つ頬張る。

糖分を摂って少し元気を取り戻すと、市姫に話しかけてみる。


「市姫様、それで何をお話しましょうか」

「そうですね……五郎殿が過ごされていた国のお話をまた聞かせて下さい」

「あ~……何がいいかなぁ」


市姫は五郎が話す元の世界での思い出を興味深そうに聞いてくれる数少ない人物である。

勿論、与太話だと思われている可能性も否定できないが……。

大抵の人は五郎の話を聞いて、面白い冗談だと言って話題を変える。

こうやって自分の体験談を喜んでくれるのは信長と市姫……それと可成など僅かである。


「信長様にもお話しましたが、俺の暮らしていた国では便利な道具が沢山あって……」


五郎が一方的に話していても市姫はにこにこと聞いている、ついつい熱が入る五郎は元の世界で使っていた身近な携帯や電化製品について語る。


「遠くの者と話せる便利なからくりがあるのです」

「? 使いを送るのではないのですか?」

「使いなんて必要ないのですよ、あるからくりを押せばそれだけで相手と話せるのです」

「ほう……面白いからくりですね」

「これが便利で……」

「それは何というからくりなのです?」

「携帯電話……『けいたいでんわ』と呼びます」

「けいたい……でんわ……聞いたことがありませんね」

「いやぁ……見せて差し上げたいのですが、残念ながら持っていないのです」

「ふふふ、それは残念です」


口元に手を当てて上品に笑うと、市姫は何か思いついたのか五郎に尋ねてきた。


「五郎殿、兄上からお聞きしましたが……最近秘密の鍛錬をなさっているとか」

「……秘密の鍛錬」

「ええ、兄上が『俺に隠れて何やら面白そうな事をしている気がする』と申しておりました」


突然の質問に暫く考え込む、しかしその『秘密』とやらに身に覚えが……。


「あ……」

「?」

「もしかしたら……あれか……」

「心当たりが?」

「はい、内緒にして頂けるなら……市姫様には教えて差し上げます」

「もし兄上に聞かれても秘密に致します」

「では……」


五郎が信長にも内緒にしている事といえば、それは団子作りの事だろう。

何度かこの城の厨房を使わせて貰っているのだ、もしかしたらその事を知ったのかもしれない。

本来なら屋敷でじっくり練習したいのだが、揚羽の目がある。

お陰で茶屋の主人に頼んで練習するか、城の厨房で働く者に頼み込んでいるのだ。


「実は、手作りの団子を振舞おうかと思っているのです」

「五郎殿の手作りですか」

「ええ」

「それは良い考えですね……それで秘密にしているのですね?」

「はい……信長様に話してもいいのですが、きっと何か悪戯されると思うんですよね……」

「ふふふ、五郎殿が一生懸命な姿を見せれば、兄上も応援してくれると思いますよ」

「そうでしょうか……」


もし信長に知られたら、五郎が団子を作っている間ちょっかいを掛けてきそうな気がするのだが。

今までずっと振り回されているのだ、せめて揚羽にプレゼント出来る様な団子を作るまでは秘密にしておきたい。


「五郎殿」

「はい?」

「揚羽殿に無事贈る事が出来たら、私にも作って下さいね」

「勿論です、喜んでいただける出来になるとは限りませんが……」

「楽しみにしておきます」


自信が無い五郎だったが、市姫は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「その時は兄上もお誘いします……きっと喜びますよ」

「うっ……信長様もですか……」

「ふふふ」


市姫から信長も一緒にと聞いて言葉を詰まらせると、五郎は困った顔で頭を掻いた。

きっと五郎が作った団子を見れば面白おかしく弄られるんだろうなと想像できる。

五郎が溜息をついてお茶を啜ると、市姫は団子を一つ五郎に差し出す。


「そんな顔をせずに、お団子でも食べて元気を出して下さいな」

「……そうですね」

「今日はのんびり私の相手をして下さいね」

「ええ、お任せ下さい!」


今日は特に騒ぎもなく城内も静かだ、のんびりと市姫と雑談をしながら過ごす事になりそうだ。

五郎は昨日と打って変わって心安らかな時間を過ごせるのであった。

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