第七十三章~三人会議~
「さて、どうしたのもか」
信長は久しぶりに戻った勝家と五郎を前に声を零す。
松平家との同盟を結んで美濃侵攻に力を入れることが出来る。
その為に打てる手を打つべく二人を呼んだのである。
「伊勢の北畠が侵攻する可能性に対しては、一益が順調に準備を進めているようです」
「うむ」
「信長様、浅井家との同盟はどうなさったのです?」
「恐らく近々出向く事になるだろう、その前に松平と同盟を結べたのは助かったな」
「では、その際はお供いたします」
「頼んだぞ」
二人の会話を聞いていた五郎はほえ~っと暢気にしていた。
それとなく聞かされてはいたが、松平との同盟締結に一生懸命だった五郎はすっかりその事を忘れていたのだ。
「五郎、留守中は任せたぞ」
「えぇ……俺じゃ荷が重いですよぉ」
「馬鹿者!留守くらい『任せてください!』と言わんか!」
「は、はい!」
「それとも、お前が付いて来るか?」
「それは……」
「ならしっかり留守を頼んだぞ、安心しろ、すぐ戻る」
「……分かりました」
五郎の返事に満足した信長は話を戻す。
「俺が松平と同盟を結んだと知れば、斉藤も慌てて浅井と同盟を結ぼうと企てるだろう」
「間違いなく動くでしょう」
「五郎のお陰で、俺が動いても斉藤との小競り合いなら何とでもなる」
「ええ、その上で浅井家と同盟を結べば美濃への侵攻は楽になるでしょう」
「うむ」
五郎は会話を聞きながら情報を整理する、浅井家は確か近江の大名だと聞いた気がする。
美濃と近江は隣り合わせになっていた筈だと記憶しているが、もし信長が浅井家と同盟を結べば浅井と織田の両面から侵攻される脅威に晒される事になる。
信長が直接出向くのはそれほど重要だと認識しているからだろうか。
「あ、あの~」
「なんだ?」
「一つ聞きたいんですけど」
「言ってみろ」
「浅井家との同盟を結ぶのは美濃攻略の為だけなんですか?」
「……ほう?」
「近江には浅井家の他にえ~っと……そう、六角家じゃ駄目なんです?」
「六角か、それはありえん」
「どうして?」
五郎の疑問に答えたのは勝家だった。
「六角家は浅井家と近江を二分して争っていたが、浅井家の現当主・浅井長政によって大敗して斉藤家と同盟を結んだのだ」
「なるほど」
「つまり斉藤家を牽制するよりも、六角家の動きを封じる意味合いが大きい」
「そういうことですか」
五郎は勝家の話を聞いて『なるほど』と頷いた。
「五郎、お前には教えておこう」
「?」
「俺は美濃の攻略を終えたら上洛するつもりだ」
「上洛……?何ですかそれ」
「……知らんのか?」
「はい、サッパリ」
「京へ向かうのだ」
「京……京都ですか?」
「そうだ」
「何かあるんですか?」
「……勝家、教えてやれ」
説明が面倒になったのか、信長は勝家に丸投げすると何やら思案し始める。
五郎を押し付けられた勝家は簡単に説明を始める。
「へぇ~、つまり将軍様に会いに行くんですね」
「上洛を果たせば信長様の権威が大きいものになる」
「それで近江なんですか?」
「そうだ、美濃を攻略した後で上洛を果たすとして、京までの経路を確保する為にも浅井家と同盟を結びたい」
「それで斉藤と同盟関係である六角じゃなく、浅井なんですね?」
「そういう事だ、納得したか?」
「はい」
勝家の説明を受けて、浅井との同盟締結を目指す信長の意図を知った五郎は信長に声を掛ける。
「信長様、それでいつ同盟を?」
「使いの者が戻ってきてから決めるつもりだ、浅井の返答次第ではすぐに出発する」
「本当にすぐ戻ってくるんですよね?」
「そのつもりだ」
「分かりました、信長様の留守中はお任せ下さい」
「可成、利家も居るのだ心配するな」
信長は五郎にそう声を掛けると、勝家と浅井家との同盟について話を始めた。
五郎はその様子を見ながらのんびりとお茶を啜る事にした。
「今日は色々と頭を使った気がする」
屋敷に戻った五郎は様々な情報を入れてパンクしそうな頭を抱える。
暫くゆっくり出来ると思ったが、もしかしたら自分も忙しくなる可能性がありそうだ。
信長の留守は任されたし、その間はゆっくり出来そうだが……。
「出来るだけ早く帰ってきて欲しいな」
何かあったら五郎が対応する事になると思えば緊張してくる。
基本的に指示を与える側より指示を受ける側の方が性にあっているのだ。
可成や利家等、優秀な家臣達が居る中で自分が留守を任されたのは予想外だったが。
よく考えれば有事の際に動ける彼等と違って自分は力が無い、ある意味で留守番を頼むには適任だったのかもしれない。
「しかし、着実に美濃侵攻の準備が出来ている気がする」
それでも侵攻開始までは暫く掛かるだろうが、その間に自分に出来る事を探しておかないとまた揚羽から説教と愚痴を聞かされるかもしれない。
それにしても、康政が言っていた軍師……竹中重治だったか、どんな人物なのだろう。
それに美濃がどんな場所なのかもサッパリ知らないのだ、一度だけでも信長に許しを得て様子を見に行きたいものだ。
「今までの経験上、旅先で正体がばれる事は無いだろうし」
岡崎では康政が信長から連絡を受けていたから正体を見破られたが、よくそんな身体で旅をしているもんだと言われる事が多い。
この世界に来てからそれなりに身体が鍛えられたと思うのだが、それでも頼りなく見えるらしい。
「もし許可が出たら、藤吉郎を連れて行けるよう頼もう」
そこそこ身を守れる程度に得物も扱えるつもりだ、しかし五郎はあまり路銀を持たされない状況である。
揚羽に頼めば路銀を工面してくれるだろうが、藤吉郎が居れば旅の間は安心して過ごせる。
「その為にも仕事しますか!」
五郎は気合を入れると、溜まっているであろう仕事を消化する為に屋敷を走り回る事にした。
暫く屋敷を空けていたのだ、一応当主である五郎にしか出来ない事もある、何も全てを揚羽や家人達に任せているのではないのだ。
久しぶりに屋敷で忙しなく働く五郎、しかしその元気が持続したのは数時間だった。
「も、もう嫌だ……」
「五郎殿!休む暇などありませんよ!」
「ひぃぃぃ」
「この間は散々飲んで楽しんだでしょう?」
「ハ、ハイ!」
「今日はきりきり働いてください!」
揚羽に叱咤激励されながら五郎は仕事に追われる。
康政が岡崎へ戻るまで毎晩酒を酌み交わしていたのだ。
毎度二日酔いで顔を出す五郎を見て呆れた顔を見せていた揚羽は特に文句は言わずに世話をしてくれていたのだが。
「ツケが回ってきたって事か……」
「五郎殿!」
「はい!今行きます!」
揚羽も一仕事終えた五郎と康政という客人を迎え入れて気を遣ってくれていたのかもしれない。
よく考えれば康政が居る間は何も言わずに甲斐甲斐しく世話をしてくれた気がする。
「……今度、何かプレゼントを考えよう」
康政にも言われたが、中々揚羽に日頃の感謝を伝え切れていない。
今回の旅では余裕がなかったが何か喜ぶものを探して買うようにしておくとしよう。
しかし、今回の旅で学んだ事を活用すべく、清洲の馴染みの茶屋の主人に色々訪ねる事にしよう。
甘い物が嫌いな女性は中々居ないと思う、もし五郎が作った団子が美味しければ喜んでくれるのではないだろうか。
「暇が出来たら行くしかない」
岡崎では中途半端になったが、五郎の馴染みの茶屋も味は劣るとはいえ決して質は悪くない。
むしろ安く美味しい甘味を提供してくれるから気軽に楽しめる。快活な店員も居るし。
なんとか頼み込んで協力してもらう事にしよう。
五郎は仕事をこなしながらも色々と予定を立てながらその日を過ごすのであった。




