第七十二章~晩酌~
清洲同盟が決まったその日の夜、丹羽家の一室でのんびり酒を飲む五郎と複数の姿があった。
その中に康政の姿も見える、会見を終えて一緒に屋敷へと帰ったのだ。
「それにしても、何でこの人達……ここで酒を飲んでるんだ……」
普段頑張ってくれている家人達は今頃広間で騒いでいる事だろう、信長から貰った褒美からささやかな宴会を開いたのだ。
暫く五郎もその場に居たのだが、皆が遠慮せず楽しめるように康政を誘って子の部屋に来たのだが。
「というか、いつの間に来てたの……」
五郎と康政がのんびり酌を交わしていると、突然戸が開いたと思ったら酒を飲みながら可成や利家が乱入してきたのである。
勿論、呼んだ記憶がない五郎は目が点になったのだが、二人はご機嫌な様子で部屋の中にドカッと座ると堂々と酒を呷り始めたのだ。
康政も驚いた表情で二人を見ている、五郎はこのままスルーしたい気持ちだったが溜息をついて声を掛ける。
「あの~……どうしてここに?」
五郎の声掛けに反応した二人は同時に顔を向けると、さも当然のように五郎に告げた。
「「暇だったから」」
ズコッと身体を倒すと、五郎は顔を引き攣らせて二人を見る。
どうやら特に深い意味はないらしい、それでも『暇だった』という理由だけで帰ってきたばかりである五郎の屋敷に酒を飲みに来るのは如何なものか。
「ま、まぁ……大人しくしてくれればいいか……」
あまり深く考えないよう事にする、五郎が知る限り二人は酒を飲むが、酔って暴れている記憶はない。
もし暴れて何か破損でもしたら、帰ってきたばかりなのに揚羽からお説教を貰う事になるだろう。
「はぁ……」
「五郎、そんな顔していないで飲もう」
「そうですね……」
大笑いしながら酒を飲む二人を見ていると、康政に声を掛けられ酌をしてもらう。
どうせ自分じゃ止められない二人なのだ、何も無いことを祈るしか無いだろう。
五郎は気持ちを切り替えて晩酌を楽しもうと康政との話に集中する事にした。
主に話題は日常的なものが多い、趣味や普段何をしているのか等に興が乗る。
知り合って今日まで親交を深めたとはいえ、こうやって腰を据えて酒を酌み交わすのは初めてなのだ。
「……康政さん、いつ岡崎に?」
「ん? あぁ、元康様次第かな……それでも二日程度じゃないか」
「寂しくなりますねぇ」
「あはは、また岡崎に来なよ」
「行きたいですね~」
「今度は私の屋敷に招待するよ」
「お、いいんですか?」
「勿論」
康政の言葉に身を乗り出す、これは是非岡崎に行く予定を立てるしかない。
何だかんだで今まで訪れた町で上位に入るお気に入りなのだ、それに康政の招待も凄く嬉しい。
しかし、今度岡崎に行くならば余裕を持って滞在したい、今後の織田家の動き次第では次に岡崎を訪れるのは何時になるやら……。
「……これから忙しくなるのかなぁ」
「どうだろうね、美濃の斉藤家現当主は上手く家中を纏めきれていないと聞くけど」
「そういえば、信長様の叔父さんだっけ……え~っと」
「道三殿かな?」
「そうそう!道三殿を追い出して後を継いだ……た、た……たつ……」
「ははは、義龍殿だよ」
「……そう、それ」
「それで?」
「え~っと、義龍殿が道三殿から家督を奪って美濃を治めたんでしょ?」
「そうだね」
「それなのに家中を纏めれていないの?」
五郎の質問に康政はキョトンとすると、頭を掻いて何やら思案顔になる。
僅かな時間だが康政は考え込むと、『うーん』と唸ってから口を開いた。
「あのね五郎、現当主は義龍殿ではないよ」
「え!そうなの!?」
「義龍殿は既に亡くなり、今は息子である龍興殿が家督を受け継いでいるんだ」
「そうだったのか……知らなかった……」
「龍興殿はまだ若く、あまり良い噂は聞かないね」
「へぇ~」
「長年斉藤家に仕えた家臣の流出を防ぐ事も出来ていないようだし、重用している家臣達の評判も良くないみたいだ」
「そんな状況なんだ……全く知らなかった」
「だからこそ美濃に付け入る隙がある」
「今なら、簡単に美濃を攻略できるって事?」
五郎の問いに康政は考え込む、どうしたんだろうと五郎は疑問符を浮かべていたのだが。
暫く考えを纏めていたのだろうか、康政は五郎に答えを返す。
「確かに付け入る隙はあるんだけど、美濃には優秀な軍師がいるんだ」
「へ~……」
「五郎、信長様が何度も美濃を攻めているのは知っているんだろう?」
「ええ、一応……」
「私の知りえる情報だと、その軍師が取り纏める軍勢に何度も追い返されている筈だよ」
「…………」
「まぁ、今までの様に多方面を注意しなくて良くなったから戦力を集中出来ると思うけど」
「なるほど」
「ただ、油断すると手痛い反撃を食らうかもしれないから気をつけて」
「気をつけます……所でその軍師の名前って……?」
「竹中重治」
「竹中……重治殿……か」
「出来れば相手にしたくないね、相当の切れ者らしいし」
康政はそう言ってグイっと酒を飲むと、雰囲気を変えようと話を変えた。
そのままだと楽しい酒の場が今後の展望について真剣に語り合う事になる。
それはそれで良いのだが、折角の一仕事終えた夜なのだ五郎も楽しく飲み潰れたい。
「五郎、そういえば揚羽殿は聞いてた話と違って優しい奥方じゃないか」
「あ、あはは……」
「怖い怖いって言ってたけど、まだまだ若くて気立ての良い女性じゃない」
「ソウデスネ」
「もっと、大事にしてあげなよ」
「こ、これでも一応大事にしてるんですけど……」
「ははは、なら手土産を用意しておきなよ~」
「は、ははは……」
康政に言われて五郎は視線を彷徨わせる、『そんなお金が無い』なんて言えない五郎はどう言ったものか考えるが、何も思いつかなかった。
仕方なく白状すると、康政は大笑いする。
「ははは!それは五郎が浪費しすぎだよ!」
「だから、今回は藤吉郎に全部任せてたんです!」
「なるほどねぇ~、でも今回の事もあるし信長様から褒美貰えるんじゃない?」
「……おお!」
五郎が驚いて手を叩くと康政は苦笑する。
「元康様も何か五郎に贈りたいって仰ってたから、その内何か届けさせるかもしれないよ」
「いいのかなぁ……それ」
「受け取ってくれないと、乗り込んでくるかもしれないよ?」
「嬉しいような……いや、困るな……確実に揚羽に怒られる」
「すっかり尻に敷かれてるんだねぇ」
「あっはっは……」
「それにしても、奥方もそうだけど五郎は家人達から好かれてるね」
「そうかな?」
「五郎を見た時に皆飛んできてたじゃない」
「ありがたい事だよね」
「この家の者達は家族みたいで凄く落ち着けるね」
「ははは、そのお陰で揚羽からは当主としての威厳がありませんと説教されるんだけどね」
「いいじゃない、私は五郎らしくていいと思うね」
康政がはははと笑って五郎の肩を叩いてくる、五郎は康政に褒められて満更でもない気分になる。
康政の言うとおり、自分は身分や立場をあまり気にせず交流を持とうと意識しているつもりだ。
元々自分は上に立つような人間だと思っていない、それよりも気軽に世間話が出来る人達と一緒に過ごすのが心地よいのだ。
皆と仲良く過ごせるならそれが一番だと思っている。
「やっぱり、俺は和気藹々としていたいんだよね」
「いいんじゃないか、皆活き活きとしているみたいだし」
「康政から見てそう思って貰えるなら、一応頑張ってる成果があったかな」
「後はもっと功を立てて揚羽殿に楽をさせてあげなよ」
「肝に銘じます」
笑いあった二人は、いつの間にか静かになった可成と利家を見てみる。
利家は床に倒れこんでいるが、可成は美味しそうに一人で酒を飲んでいた。
「可成さん、利家は……」
「もう潰れた、詰まらん」
「なら一緒に飲みましょう」
「ん? 話は良いのか?」
「ええ、どうせなら三人で飲みましょう」
一応遠慮していたらしい可成は、五郎の答えに笑みを浮かべると康政と五郎の間に座ると肩を組む。
「遠慮なく、今晩は飲むぞ!」
可成の合図によって始まった飲み比べ、いつの間にか意識を失っていた五郎は吐き気と頭痛で目覚めると朝になっていた。
隣で酔い潰れていた康政は『う~ん』とうなされている、そして利家は気持ち良さそうに鼾を掻いている。
可成の姿が見えないのは恐らく朝一番に帰ったのだろう。
「選択を誤ったかな……うっぷ」
この惨状を揚羽に見られたらお説教は回避できないかもしれないなぁと思いながら水を貰いに部屋を出るのであった。




