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第七十章~清洲会議・上~

ここは清洲城の大広間、その上座に座る信長の前に五郎と藤吉郎は座っていた。

清洲城まで元康と康政を連れて行くと、小姓の案内で二人は別室に連れて行かれてしまった。

二人を見送った藤吉郎と五郎は信長への言伝を頼んで、待機していたのだが。

暫くすると信長が呼んでいる旨を伝えられたので大広間へと来たのである。


「五郎、藤吉郎、お前達しかまだ居ないのだ畏まっていないで顔を上げろ」

「……分かりました」

「は、はい!」

「まず、無事役目を果たした事……褒めて遣わす」

「「はっ!」」

「まぁどうせ会見の間は窮屈なのだ、今の間に気を楽にしろ」

「なら、遠慮なく」

「そ、そそそんな恐れ多い」


対照的な反応を返す二人に信長は笑う。

五郎は足を崩して堂々と楽な体勢になっているが、藤吉郎は未だにキチンと姿勢を伸ばしている。


「おい、猿!お前も五郎を見習って楽にせい」

「し、しかし……」

「見ろ、普段は肝が小さい癖にこういう時は無駄に度胸がある」

「えぇ……信長様がしろって言ったのに……」

「……」

「……」

「ちょ、ちょっと……二人で黙らないで下さいよ」


二人が沈黙したので話しかけると、信長が五郎に額に扇子を叩きいれる。


「い、痛い!」

「さて、それでこの後の会見についてだが……」

「叩いておいて放置するなんてっ!」

「藤吉郎、お前は五郎の隣に座れ」

「お、俺がですか?」

「五郎と共に元康を連れてきたのだ、誰も文句は言わぬ」

「は、はい」


藤吉郎は普段は奉公人として信長に仕えているのだが、会議等の場に呼ばれても下座の端に座るのが殆どである。

五郎は無理矢理上座に近い場所に座らされてきたせいで意識は無かったが、普段の並びをよく思い出せば、自分が不釣合い場所にいつも座っているのだと気づかされる。


「良かったじゃない、藤吉郎」

「はい……!」

「いやぁ~この調子だと藤吉郎に頭が上がらなくなりそうだなぁ」


あっはっはと五郎が笑って藤吉郎を祝っていると、信長が呆れた顔になって頭を叩く。


「っ~~~~!」

「笑っている場合か、お前もこれから頑張って貰わねば困る!」

「は、はい……」

「藤吉郎もこれからの活躍に期待しているぞ」

「はい!お任せ下さい!」


藤吉郎の返事に満足そうな表情を浮かべた信長は軽く会見について二人に説明する。

どうやら勝家も昼には清洲に戻るらしい、つまり会見は昼以降になるのだろう。

到着してすぐ城に来たのは正解だったかもしれない、本当は家に寄って皆に休んで貰おうと考えたのだ。


「それじゃ、信長様、俺達はそれまでどうしましょう?」

「そうだな……何か面白い事は無かったのか?」

「……それ、いつでも出来るじゃないですか」

「いいだろう?何か退屈凌ぎになる話を聞かせ……」


信長が話し終わる前に、戸の奥から『信長様、宜しいでしょうか?』と声が聞こえる。

信長の許可が出ると、困った表情の小姓人が戸を開けて用件を伝える。


「信長様、松平様がお会いしたいと申されまして……」

「……それでどうしたのだ?」

「会見までお待ち下さいと申したのですが、どうやらご機嫌を損ねたようで」

「……」

「……あ、あはは」


黙り込む信長と思わず苦笑いをする五郎であった。

小姓人にすぐ行くと伝えるように言うと、信長は五郎に一言。


「五郎、行くぞ」


仕方ないので頷いた五郎は、藤吉郎に『ゆっくり休んでて』と伝えて信長と共に元康の居る部屋へと向かった。

信長は向かう間ぶつぶつと元康について呟いていたが、五郎がまぁまぁと宥める。

やがて部屋に着くと、信長は戸を力強く開け放つと堂々と中へ入っていく。

元康と康政は突然の事に驚いていたが、信長の姿が目に入った元康は物凄い勢いで信長に飛びついて……。


「ふん!」

「あうっ!」

「この小狸が、大人しく待っておれ!」

「兄様、酷いです……」

「兄様兄様呼ぶなと言っておるだろう」

「えぇ~……」


不満そうに頬を膨らませる元康、その表情を見た信長は躊躇なく扇子で頭を叩く。


「うぎゅ」

「いいから、そこに座れ」

「はぃ……」


抱きつこうとする元康を防ぎながら大人しく座らせる。

それから信長は康政を見てから労いの言葉を掛けた。


「榊原康政殿か、此度はご苦労であったな、ゆっくりしてくれ」

「はっ!ありがとうございます」


二人のやり取りを見て五郎は驚愕してしまう。

あの信長が普通に労っているのだ、自分と扱いが違う。


「信長様って、ちゃんと出来るんすね」

「五郎、首が要らんようだな?ん?」

「……い、いや~流石!信長様はお優しい!」


つい口から出た言葉のせいで首が飛びそうになって焦った五郎は距離を取りながら信長に媚を売る。

何も言わずに刀を戻した信長にホッとしていると、康政が五郎を見て笑っていた。


「信長様、長秀殿は私の大切な友人ですからどうかご容赦を」

「ほう?」

「長秀殿……いや、五郎殿の様な面白い男を失うのは勿体ないので」

「くくく、なるほどな」


康政の言葉に嬉しそうに笑うと、信長は五郎を座らせて元康の首根っこを掴んで放り投げる。

元康をナイスキャッチした五郎は、仕方が無いので膝の上に乗せる。

すると元康は気持ち良さそうにしがみ付いてきた。

その様子を見た信長は『ほう』と一言漏らすと、にやにやと五郎を見て声を掛けてきた。


「相変わらず、『子供』に好かれているではないか、五郎」


『子供』を強調する信長に元康が顔を上げると、五郎の膝から飛び降りて信長に向かって叫ぶ。


「元康は立派な大人です!……子供じゃないです!」

「そうかそうか、なら何故こんなにチビなのだ?ん~?」

「うぅ~……兄様酷い!」

「酷いだと?本当の事だろう、ほれほれ」

「あう~」


信長は必死に訴える元康の頭を撫で回しながら、玩具のように弄び始めた。

その様子を見守っていた五郎と康政は、顔を見合わせてどうしたものかと苦笑する。

信長の表情を見るに、暫く元康を弄るに違いないと予感したのでお茶を淹れようと準備をする事にした。

康政も手伝いを申し出てくれたので一緒に四人分の茶を淹れると、一足先に二人でのんびり茶を啜りながら見物する。

確かに元康を弄る信長の表情は少し穏やかに見える、それだけ色々言ってはいるが可愛がっているのだろう。

元康の信長に対する態度もいつもより一生懸命な気がする。


「こうやって見ると、確かに仲の良い……親子みたいですね」

「……親子みたいだね」


ずずずっと茶を啜りながら二人は孫を見守る祖父のような眼差しで元康を見る。

信長と戯れている姿はいつも以上に幼さを感じさせるが、それ以上に元康の小動物のような愛らしさを感じさせてくれる。

いつもは自分に懐いてくる元康は第三者が見るとこうなのかと感慨深げになっていると。


「五郎、会見には勿論居るんだよね?」

「い、一応?」

「なら、元康様が暴走しないように一緒に気をつけて欲しいんだ」

「暴走ねぇ……」

「分かってると思うけど、意外と我慢が出来ないんだよ」

「……」

「同盟を結ぶ大事な会見で緊張して、もしかしたら……ね」

「寧ろ、信長様を前にしていたら甘えたくなるんじゃ?」

「あ~……」

「会見の前に軽く話しておこうか」

「頼んだよ」


康政との話が終わった五郎は、未だに仲良く?じゃれ合う二人を見ながら暫く休憩するのであった。

願わくばこの後の会見もスムーズに終わるといいのだが、康政の言うとおり何かあったらフォロー出来る様に心構えをしておくとしよう。


「今日は、久しぶりに家に帰れるな……」


元康は恐らく信長が面倒を看るだろう、もしよければ康政に自分の家に泊まらないか申し出てみよう。

ゆっくり酒でも飲んでお互いを労ういい機会になるだろう。

今夜の予定を立てつつ、早く時間がこないかなぁと茶を啜る五郎であった。

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