第六十七章~謁見と会議~
「さっぱりした!」
五郎は朝から顔を洗うと、身体をグッと伸ばして大きく深呼吸をした。
今日は元康との謁見があるかもしれないのだ、その為に昨日は無理せず寝たし、藤吉郎にもしっかり寝るように伝えた。
もし謁見が無いとしても康政か使いの者が知らせてくれるはずだ。
その時はお客として改めて藤吉郎と茶屋にでも行くとしよう。
「五郎さん、おはよう!」
「藤吉郎、起きたんだ……おはよう」
「いやぁ~どんな人なんですかねぇ、松平の殿様は」
「……見た事ないの?」
「えぇ、昨日五郎さんを訪ねて来た榊原殿のような家臣を従えているからには凄い人なんでしょうね~」
「……(ぷるぷる)」
「? どうしたんです、五郎さん……いきなり震えて?」
「い……いや、ぷぷ……何でもないよ!」
五郎はますます身体を震えさせながら必死に笑いを堪えると、藤吉郎は頭に疑問符を浮かべたような表情でこちらを見ている。
(きっと、本人を見たら驚くだろうな……)
ちょっとした悪戯心が湧いた五郎は元康の正体を黙っている事にした。
どうせ今教えてもきっと信じてはくれないだろう、藤吉郎の反応を楽しみにしておこう。
「まぁ、使者が来なかったら茶屋にでも行こう」
「昨日の茶屋ですか?」
「うん」
「いいですね、昨日は妙なチビ助が居たんでゆっくり出来ませんでしたし」
「あはは、でも楽しそうだったじゃない」
「まぁ……嫌いじゃないですよ」
照れくさそうに鼻を掻く藤吉郎を見て五郎は苦笑する、面倒見が良いのだろう、昨日も嫌そうな顔を見せず元康とじゃれ合っていたのだ。
きっと元康の正体を知っても二人は仲良くなれると思う。
「それじゃ、飯でも食おうか」
「そうしましょう」
二人は連れ立って朝食を済ませると、部屋でのんびりと待つ事にした。
思い思いに寛いでいると、戸を誰かが叩いた。
五郎を手で制して、藤吉郎が尋ねると『私だよ、私』と返事が返ってきた。
警戒しながら藤吉郎が戸を開けると、そこにはやぁと手を上げている康政が立っていた。
「おはよう、お二人さん」
「おはようございます」
「お、おはようございます!」
「え~っと、入っていい?」
「どうぞどうぞ」
五郎は康政を部屋に入れると水を出す。
悪いねと水を一口飲んだ康政はほうっと息を吐くと、藤吉郎に視線を向けて口を開いた。
「昨日はありがとう、藤吉郎殿だったよね?」
「は、はい!」
「お陰で五郎を見つけれたんだ、今度何かお礼するよ」
「いえ、とんでもない!」
「まぁ期待してて」
「は、はぁ……」
康政は萎縮する藤吉郎にそれだけ伝えると五郎に向きを変えた。
「五郎、昨日はお疲れ様」
「いやぁ……本当に疲れましたよ」
「あはは、お陰であの後、元康様はずっとご機嫌だったよ」
「それな何よりです」
「それで、今日は朝から来れるものだけ家臣達を呼んで五郎の謁見と清洲に向けての話し合いをする事になった」
「本当に決まったんですね」
「あぁ、元康様が張り切ってね……」
苦笑する康政につられて笑うと五郎は藤吉郎に目配せして会話に加える。
「それで、康政殿……今から城へ?」
「そのつもりだよ、早く事が進めば清洲に向かう準備も早く出来るからね」
「確かに、その方が此方としても助かるかな」
藤吉郎の問いに答えた康政は五郎の言葉に頷くと、二人の準備が終わるのを静かに待った。
大した準備も要らない二人は手早く支度を済ませると康政に声を掛けて宿から城へ向かう。
康政と共に城内に入った五郎と藤吉郎は案内されるままに広間の前に立つ。
「先に俺が入って二人を呼ぶから、それから来てね」
五郎と藤吉郎が頷くと、康政は先に広間へと入って行った。
それから暫く間をおいて、戸から顔を出した康政が目で合図をする。
五郎は深呼吸をすると、隣で緊張している藤吉郎に『何があっても慌てないように』と告げてから広間へと足を踏み出した。
前回よりも若干多い家臣達が五郎と藤吉郎に鋭い視線を送ってくる。
その中に交流を深めた者達をちらほらと見かけると、彼等からは表情を変えてはいが好意的な視線を感じる。
そのまま上座に座っている元康の前に並んで座ると、深く頭を下げて口を開く。
「丹羽長秀、主君信長様の命によってお迎えにあがりました」
「面を上げよ」
「はっ!」
元康の声で顔を上げるとチラッと藤吉郎の様子を確認する。
どうやら緊張で元康を見る余裕が無かったのだろうか、目を見開いて上座に座っている元康を見て驚いているようだ。
事前に五郎が慌てるなと言った事が効果あったのか、叫ぶ寸前で堪えているのか口を閉口していた。
視線を元康に戻すと、元康も藤吉郎の顔を見て驚いていた。
気のせいだろうか、若干元康の身体が震えている気がする。
「長秀殿、そ、その男は?」
「はい、俺の護衛を務めて貰っています……藤吉郎殿、挨拶を」
「は、はい! 私、木下藤吉郎と申します!以後お見知りおきを!」
「……藤吉郎殿だな、覚えておこう」
名乗りを終え、暫く今回の謁見を求めた理由と信長からの書状を渡す
元康は厳しい顔をしているが、書状以外は康政と元康が考えた通りの台詞だ。
もしかしたら五郎の御付が茶屋で弄られた男だと知り、動揺を隠すために表情を作っているのかもしれない。
家臣達が見守る中で何度か元康とやり取りを続けていたが、ある程度話が落ち着くと元康が広間に響くように告げた。
「皆も聞いての通り、織田家との同盟も目前である」
ぐるりと家臣を見渡すと、元康は話を続ける。
「そこで皆に聞いてもらいたい、此度の同盟は信長殿の居城である清洲城を私が訪ねよう思う」
そこで家臣達がざわめく、元康は静かにするよう命じると皆に意見を求めた。
五郎と藤吉郎が様々な意見が飛び交う広間で居心地が悪そうに座っている。
どうやら家臣の皆は元康が直接信長の居城を訪問する事が気になっているようだ。
五郎は信長の話から両者の間で協議の結果決まっていた事だと思っていたが、そうでもなかったらしい。
「藤吉郎、大丈夫?」
「は、はい……それより、五郎さんは知ってたんですか?」
「ん?何を?」
「あのチビ……じゃない、昨日の子供が元康様だった事ですよ」
「あはは、きっと信じてくれないと思って……ごめんね」
「……後で首を刎ねられませんかね?」
「その時は……出来る限りの事はするよ」
すっかり意気消沈した藤吉郎は肩を落としている。
五郎と藤吉郎がそんな話をしていると、話し合いも意見が纏まりかけているようだ。
元康、そして康政の話によって元康の清洲城訪問は決定したようだが、問題は護衛を誰にするかに議題が移ったらしい。
難しい顔で考え込む家臣達だったが、忠次が重たい口を開く。
「元康様、康政を連れて行っては如何でしょう?」
「ふむ」
「腕も勿論ですが、康政なら有事の際柔軟に対応出来るでしょう」
「確かに、康政なら私も安心出来るが……」
「ご安心を、康政が居なくてもなんとかします」
忠次の意見に皆も賛同する、対して康政本人は僅かに眉根を寄せて事の成り行きを見守っているようだ。
特に反対もなく康政が護衛役として決まった、それから出発の日程である、これについては皆同じような意見を持っていたらしく、迅速に事を進めるべきだとの意見が多かった。
ある程度話が纏まると、元康は一度場を静めると口を開く。
「よし、それでは明日私は清洲へと向かう!織田家の使者である二人と康政と共に出発する……よいな!」
「「「「はっ!」」」」
元康の言葉に家臣一同、そして五郎と藤吉郎も頭を下げると、元康は皆の頭を上げさせて解散を告げた。
ホッと安心していると、見知った者達が五郎に近寄るとばしばしと肩を叩いてきた。
「痛い痛い!ちょ、ちょっと!」
「お久しぶりですな!お待ちしておりましたぞ!」
「さぁ長秀殿、話でもしましょうぞ」
屈強な者達に囲まれて荒い歓迎を受けた五郎は『あはは』と乾いた笑いをこぼすと、藤吉郎に声を掛けて広間から去って行った。
声を掛けそびれた元康はしょんぼりしていたのだが、康政が『後で連れてきますよ』と声を掛けたので大人しく自室に戻ったのであった。




