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第六十六章~元康様のご機嫌如何?~

岡崎城のある一室、そこに案内された五郎はこれからどうしたものかと頭を悩ませていた。

理由は簡単だ、元康がすっかりご機嫌斜めだったのである。


「も、元康様?」

「……(ぷいっ)」

「あ、あの~」

「……」

「困ったな……」


膨れっ面で顔を背ける姿はまるで子供のようだ、康政は自分をこの部屋に案内すると『後は任せたよ、ちょっとやる事があるから』、そう言って足早に去ってしまった。

五郎は取り敢えず入室しようと思い、部屋の中に声を掛けると返事が無かったのである。

暫く黙って待っていたのだが、あまりにも静かなので戸をそっと開けて中を窺うと……中に居た元康は不貞腐れて寝転んでいたのである。

思わず戸を閉じた五郎は少し思案すると、思い切って戸を開けると元康に声を掛けたのである。

それから今に至るのだが、やっと身体を起こして五郎を見たと思ったらこの様だ。

五郎は再度『どうしたもんかなぁ』と溜息をつくと、元康を見ながら打つ手が無いか模索する。


「……(チラッチラッ)」


元康が顔を背けながらも、時折こちらに視線を送っているのは感じている。

十分に付け入る隙があるはずだ、昨日はあれ程喜んでくれたのである、きっと何か取っ掛かりがあれば元康の機嫌も直る気がするのだが……。


「……むぅ~~」

「元康様~、何かお話でも……」

「……やっ!」

「……はぁ」


ここまで機嫌を損ねるとは、一体何をしたと言うのだろうか。

もしかして、正体を隠していたとはいえ藤吉郎の態度が気に食わなかったのだろうか?見ている限りは原因になると思わなかったのだが。

(藤吉郎は子供相手だといつもあんな感じみたいだしな……)

しかし考えられる原因は他に思いつかない、特定できれば対処しようがあるのだが……この様子じゃ聞きだせそうに無い。


「元康様~、いい加減機嫌を直して下さいよ~」


何度も声を掛けてみるが、一向に返事がない。

康政が早く来てくれないかなぁと思いながら肩を落としていると、手に当たったある物の存在に気づく。

それはお土産として貰った団子だった、しかも又吉の粋な計らいで五郎が頑張って千切って整えた団子も手を加えず仕上げてくれた分も入っている。

(もういい時間だな……仕方ない、流石に釣れると思わないが試すか)

こんな子供の様な姿と振る舞いをしていても、あの屈強な家臣達が従う主君なのだ、まさかこんな簡単な罠に掛かるわけがないだろう。


「あ~、腹が減ってきたなぁ……そうだ!お土産の団子があるんだけど……(チラッ)」

「……!(ピクッ)」

「いやー、嬉しいなぁ俺が作った団子も美味しそうに出来たと思うんだよなぁ~(チラッチラッ)」

「えっ!?」


わざとらしくアピールすると、元康は『五郎が作った』団子に反応した。

ムスッとしていた表情が一気に興味津々な表情に変わると、包みから現われた団子に視線が向く。

(釣れてしまった、どうしよう……)

思った以上の反応に五郎は苦笑いをするしかない、元康も小腹が空いているのか可愛らしい音が聞こえてきた。


「元康様?食べませんか?」

「うぅ……」

「要らないのでしたら、俺が食べてしまいますよ?」

「ずるい!」

「なら、いい加減に機嫌を直して下さい」

「……」

「……」

「…………」

「…………あ~ん」

「あぁ~!」


沈黙する元康を揺さぶろうと五郎は団子を一つこれ見よがしに食べる。

元康は叫び声を上げると涙目になって此方をジッと見ていた。

それにしても見た目は又吉には到底及ばないが、生地や焼き上げは又吉の手で仕上げてあるだけあって美味しい。

これは絶対に時間を作ってまた教わりに行くしかないだろう。

五郎がそんな事を考えながら食べていると、いつの間にか団子は減っていく。

気づけば4分の1程の団子が五郎の胃の中へ消えていた。


「美味い」


満足げに五郎が呟くと、声を上げたのはジッと見ていた元康である。


「一人だけ食べてずるい!」

「なら俺とお話してくれますよね?」

「そ、それは……」

「なら、残りも美味しく頂きま……」

「分かった!分かったから僕も欲しい!」


泣きそうな目で叫んだ元康に苦笑すると、五郎は何も言わずに団子を串から一つ取り分けて元康の口に差し出す。

元康が大きく口を開けたので団子を放り込むと、頬を緩ませてもぐもぐと咀嚼している。

(う~ん、可愛いけど簡単に釣れ過ぎじゃないだろうか……)

懐いてくれている分、気を許しているのかもしれないが若干元康の今後が心配になる。

兎に角これで何故怒って……いや、拗ねているのか聞けそうだ。


「元康様、今日は何を怒っていらっしゃるんです?」

「……元康」

「はい?」

「元康って呼んでくれないと嫌だ!」

「えぇ……無理を言わないで下さいよ~」

「千代助って呼んでくれてたのに……」

「そ、それは……松平のお殿様だなんて知らなかったんですから、仕方ないでしょう?」

「ぶぅ~」

「……呼び捨てなんてしたら、元康様の家臣に殺されますよ?」

「皆には僕から伝えるからいいの!」


五郎は元康が折れそうな気配が無い事を感じると、困った表情で考え込む。

この調子だと話は一向に進まない、だが気安く呼び捨てしたら自分の命が危ない気がする。

散々迷った五郎は妥協案を元康に提示する事にした。


「では、公の場以外……私事の際は元康とお呼びする、これで如何でしょう?」

「……うん」


元康も五郎の譲歩に不承不承頷くと、名前を呼ばれるのを待っているのかそわそわし始めた。

一つ咳払いをすると、五郎は元康に改めて声を掛ける。


「元康、今日は何を怒っているのかな?」

「だって、お兄ちゃんが待っても待っても来てくれないから……」

「……それだけ?」

「うん」


理由を聞いた五郎は頭を抱えた、自分が一体どんな粗相をしたのか心配していたのに予想外の理由だったのだ。

もしかして朝からずっと自分が訪ねてくるのを待っていたのだろうか、だが康政が茶屋に来たのは昼過ぎてからのはずだ。


「いつから待ってたの?」

「朝から、ずっと待ってたんだよ」

「そ、そっか……ごめんよ、ちょっと用事があって……」

「全然来てくれないから、康政に頼んだの」


恐らく呼びつけられてすぐ五郎を呼びに使わされたのだろう、その時既に元康はこんな感じだったのかもしれない。

康政が『元康様のご機嫌を取ってくれよ』と言ったのは冗談じゃなく本当の事だったのだ。


「本当にごめんよ、どうしても外せない用があったんだ」

「……大事な用だったの?」

「そうなんだ(俺にとっては)」

「なら……もう怒らない、こうやって来てくれたから」

「ありがとう、元康」

「あふぅ」


五郎の真剣な表情から態度を改めると、元康は五郎のお腹に抱きついた。

ホッとした五郎が元康の頭を撫でると気持ちよさそうな声が聞こえてくる。

場の空気が緩やかになった事を感じると、暫くそのまま撫で続ける事にした。

それから数分、元康は美味しそうにお土産の団子を頬張りながら五郎と談笑していた。

話を聞いていると、五郎が来ると知らせが届いてから待ち遠しかったらしい。

昨日は藤吉郎と騒いで結局あまり話せなかった事もあって、今日は朝から沢山話そうと思っていたようだ。


「お兄ちゃん」

「?」

「いつ清洲に行くの?明日?」

「その前に正式な場で話をしてからじゃないと……」

「えぇ~」

「いきなり元康が居なくなったら皆困るでしょ?」

「書置き残せばいいんでしょ?」

「い、いや……余計騒ぎになるでしょ」

「早く兄様に会いたいな~」

「兄様って……誰?」

「勿論、信長兄様だよ!」

「あ……そうなんだ」


嬉しそうに信長を兄様と呼ぶ元康、五郎はその光景を想像してみる。


『兄様~』

『元康、よく来たな!くくく』

『はい!』

『よし、頭を撫でてやろう』

『やった!』


笑いながら元康を撫でる信長、嬉しそうに信長に抱きつく元康。

(違和感があり過ぎて困る、そもそもあの信長様が兄様ってのがなぁ……)

兄様より鬼様じゃないかなと思っていると、元康が五郎の袖を引いて注意を引く。


「お兄ちゃん、明日は朝から来れる?」

「ん?」

「お兄ちゃんが大丈夫なら、明日の朝その話をしようよ!」

「そうだね、俺は大丈夫だよ」

「康政に言っておくね!」

「うん、俺もそのつもりで準備しておくよ」


元康の提案に快諾すると、五郎は宿に戻って藤吉郎に事情を説明しなくていけないなと思った。

恐らく今も宿で自分の帰りを待っている可能性が高い、今日は適当なタイミングで宿に戻った方がいいかもしれない。

五郎は元康と明日の事について詳しく相談すると、康政が部屋を訪れるまで思う存分元康を甘やかすのであった。

結局、夕暮れまで元康と途中で加わった康政の三人で過ごした五郎は宿に帰って藤吉郎に明日、元康と謁見するかもしれない事を説明して早めに眠りについた。

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