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第六十五章~一日店員、そして連行~

「ひぃ~~~!」


五郎は悲鳴を上げながら店内を忙しなく動いている。

いつの間にか茶屋はお客さんで一杯になっていた、これでは特訓どころじゃない。

それ以上に初めての接客に緊張している五郎には余裕もない。

先程から店内と厨房を往復しては、お茶や甘味を運んでいる。


「おかしい……俺が来ている時は空いてるのに……っ!」


失礼な事を言いながらも五郎は休む暇も無く接客をこなす。

ここまで繁盛するとは思ってもいなかったのだ、まさかこんなに客が……。


「ちょっと、そこの人!お代わり頼むよ~」

「あ!はいはい~お待ち下さい~」


考える余裕も無い、急いで客の注文を確認すると厨房に引っ込んでいる又吉に注文を伝えに行く。

又吉が『あいよ!』と返事をすると、五郎は店内に戻る。

油断すると一斉に声を掛けられるのだ、なるべく一人一人に対応する為にも見回っていた方が楽なのである。

それにしても美味しそうに食べている客を見ているとお腹が減ってくる。

五郎が『いいなぁ……』と思いながら巡回していると、厨房から女性が出てきた。


「あれ……?」


五郎が首を傾げながら女性を見ていると、相手も視線に気づいたのか会釈している。

慌てて五郎も会釈を返すと声を掛けるか迷ってしまう。

すると女性はくすくすと笑うと五郎に自己紹介をしてくれた。


「今日、父の手伝いをされている方ですよね?しずと申します」

「あ、これはご丁寧に……五郎と申します」

「少し休んで下さい、後は私がお客様のお世話をしますので」

「で、では御願いします」


精神的にも体力的にも疲れてきていた五郎にとって願っても無い提案だった。

即答して厨房に引っ込むと、又吉が五郎に気づいて声を掛けてきた。


「どうした、兄ちゃん」

「いえ、静さんという女性が代わってくれたんです」

「そうかい、静が起きてきたなら安心して休んでおきな!」

「は、はい!」

「すまねぇが、茶は自分で淹れてくれよ!後で何か持って行くからよ!」

「色々とすみません~」

「気にしなさんな」


又吉の言葉に甘える事にした五郎は裏に引っ込むと腰を下ろす。

それから畳の上にぐで~っと身体を横たえると暫くジッと体力を回復させる。

五郎は寝そべりながら先程の女性について考えてみる。


「又吉さん、娘さんがいたのね……」


確かに若くはないが、まだまだ30代と言っても違和感がない又吉に妙齢の娘さんがいた事に驚いた。

しかし、よく考えたらこんなに客が来ているのだ……今日が偶々多かっただけかもしれないが、流石にこの状態を又吉一人で応対していくには手が足りないだろう。


「うーん、もしかして朝が一番客が入るのかな……」


五郎が訪れる時は基本的に昼以降である、もしピークが朝なら又吉がのんびりと五郎の様な客の相手をする余裕があるのも頷ける。


「静さんかぁ、何て言えばいいんだろうか、貫禄があったな……」


恐らくずっと店の手伝いをしているのだろう、厨房に引っ込む際にちらりと様子を見たのだが手馴れた様子で接客をこなしていた。

五郎は全く余裕が無かったのだが、静は笑顔を絶やさずにスムーズに店内を動き回っていた。


「笑う余裕なんて無かった……俺には無理だ……」


焦って頭が混乱しながら動き回ったのだ、複数の客が注文をするのだ、元の世界の様に機械を使って簡単にオーダーを回せるわけではない。

記憶力に自信があるわけでもない五郎は必死にメモを取りながら注文を取っていたのだ。

お陰で手首は若干痛むし、腕はだるい。


「まさかこんな事でくたくたになるなんて」


接客がこんなに大変だと思っていなかった五郎はゴロゴロと転がる。

今まで接客業はした事が無かったので簡単だと思っていたのだ。

様々な客の相手をしながら料理を運び、そして何か困っていたら声を掛ける。

短い時間だったが濃密な時間を過ごした気がする。


「ふぃ~~~~」


少し体力が回復した五郎は、厨房を覗いて見る。

相変わらず真剣な表情で作業をしている又吉がそこに居た。

額に汗を滲ませ若干疲れが見て取れるが、手元の作業速度は衰えを見せない。

その集中力と洗練された作業風景についつい見惚れてしまう。


「やっぱり、長年やってる人は凄いもんだ」


ちょっと覗くつもりだったが、そのままがっつりと作業を眺めてしまう。

少しだけ波が引いてきたのか静が厨房に顔を出す頻度も減ってきている。

五郎は二人の分までお茶を淹れると、頃合を見て差し入れる。


「又吉さん、どうぞ」

「おっ!悪いね」

「お疲れ様です、大分お客さんも帰られましたね」

「うちは朝が忙しいんだ、不思議なもんだろ?」

「ええ、いつも昼から伺うことが多かったので驚きました」

「だから兄ちゃんに手伝って貰う条件にしたんだよ」

「あ、あはは……」


又吉がわははと笑っていると、静も厨房に戻ってきた。


「父さん、暫くは休めそうよ」

「そうかい、ならおめぇもゆっくりしな」

「はいはい」

「おっと、兄ちゃんが茶を淹れてくれてるぜ」

「あら、すみません……頂きますね」


申し訳なさそうに静が頭を下げると、五郎は慌てて答える。


「いえいえ!此方こそ急な御願いでお世話になって申し訳ない」

「ふふ、父がこんなに張り切っているのは久しぶりですから、是非頑張って下さいね」

「は、はい!」

「それじゃ、私は少し裏で休ませて貰います」

「ごゆっくり~!」


浅く一礼した静が裏に引っ込むのを軽く手を振って見送っていると、又吉が五郎に声を掛けてくる。


「美人だろう?俺の娘は」

「そうですね~、凄く健康的な女性だと思います」

「そうだろうそうだろう!」


又吉は嬉しそうに五郎の背中をバシバシ叩く、お茶を噴き出しそうになりながら耐えた五郎はお茶を飲み込んでから咳き込んだ。


「悪い悪い!それで兄ちゃん、もう少し休んでから続き、やるかい?」

「又吉さんが少し休憩してからで御願いします!」

「そうかい、なら団子でも食いながら休もうか」

「!?」

「どうした、兄ちゃん」

「いいんですか!」

「おうよ、頑張ってくれたからな」

「ありがとうございます!」


溢れ出しそうな涎を啜ると、五郎は又吉が目の前で作る団子を見てうきうきしてくる。

どうやらみたらし団子を作ってくれているようだ、串には刺さず皿に沢山積まれた美味しそうな焼き色がついた団子に茶色いたれが垂らされていく。

ごくりと唾を飲み込みながら見守っているが、五郎のお腹は待ちきれないと鳴き始める。


「もうちょっと待ってくれよ」

「はい!待ちます!」

「ははは、本当に兄ちゃんは団子が好きなんだな」


苦笑する又吉が満遍なく団子にたれをかけ終ると、目を輝かせている五郎に盛られた団子の皿を差し出す。


「出来上がったぜ、食べな」

「頂きます!」


五郎は丁度いい甘さのみたらし団子を頬張ると、だらしなく顔を弛ませる。

特に一仕事した後の熱いお茶と団子は一層美味しく、まさに至福のひと時である。

暫く団子を食べながら又吉と談笑していたのだが、店内に威勢のいい声が響いた。


「おーい!誰か居ないかー!」


又吉が顔を出そうとしたが、五郎は『自分が行きます、又吉さんは休んでて下さい』と告げて厨房から出て行ったのだが……。


「あっ!本当に居た!」

「え?」


五郎の顔を見るなり叫んだ男の顔を良く見てみると……。


「や、康政殿……」

「やっほ、元気そうだね!」

「どうして此処に……」

「どうしてって……元康様に聞いて宿に行ったら、猿みたいな男が書置きがあったと見せてくれたんだよ」

「藤吉郎……(康政殿にまで猿と呼ばれるなんて……)」

「それより、なんで茶屋で働いてるんだい?」

「いや、ちょっとここの主人に弟子入りを……」

「本当に変な奴だよね、五郎は」

「あ、あはは」


康政を空いてる席に案内すると、五郎はお茶を淹れて差し出す。

お茶を一口飲んで息を吐いた康政は五郎に顔を寄せるよう合図すると、耳打ちしてきた。


「元康様が、五郎に早く会いたいそうだ」

「は、はぁ……」

「すまないけど、そろそろ城に来てくれないか?」

「でも、まだ昼にもなってませんよ?」

「何言ってるんだよ、もう昼過ぎだよ」

「!?」

「気づいてなかったのかい?」

「全く」

「あはは、道理でそんなにのほほんとしている訳だよ」

「申し訳ない」

「兎に角、すまないけど城に来てもらうよ」

「……分かりました」


仕方が無いと頷いた五郎は、肩を落としながら厨房に居る又吉に急用が出来た旨を伝えた。

又吉は『また来な!今度はもうちょっとじっくり教えるからよ』とありがたい言葉をくれたのであった。

それからお土産代わりに団子を包むと手渡ししてくれる。

断ろうとする五郎に押し付けると、背中をドンと叩きながら店から見送ってくれたのであった。


「ありがとう~!絶対また来ます~!」


手を振って声を掛けると、又吉は笑って頷いてくれた。

そんな五郎を見ていた康政が隣で苦笑していた。

それから二人は岡崎城に歩いていたのだが……五郎は重要な事を思い出す。


「あっ!」

「どうしたんだい?」

「お代……渡してない!!!」

「…………」

「…………」


沈黙する五郎と康政、二人は暫くその場で突っ立っていたのだが、康政が一つ咳をすると口を開いた。


「あ~、後で俺が使いにお代と何かお礼を持たせるよ」

「……いいんですか?」

「いいさ、それに元康様もあの茶屋の団子が好きだからね」

「御願いします!後で俺も何か協力しますから」

「あはは、それじゃまずは元康様の機嫌を取って貰おうか」


にやっと笑って五郎の肩に手を回すと康政は歩き出す。

その意地悪そうな笑みが気遣いだと分かった五郎は同じように笑って康政と肩を組んで雑談しながら城へと向かった。

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