第六十四章~五郎、秘密の特訓~
「ふふふ……」
早朝、まだお天道様も顔を出していない暗闇の中を怪しい笑いをしながら歩く男が一人。
その男、五郎はにやにやと締りの無い表情を浮かべてぶつぶつと呟いている。
「今こそ、あの計画を実行するときだ」
五郎が宿を抜け出したのはついさっきの事である。
昨日の元康とじゃれあって疲れたのか、隣で寝ていた藤吉郎は五郎に気づくことなく熟睡していた。
一応、少し用事があるので出掛けると書置きを残して置いたが……。
「昼までに戻れば、大丈夫だよね」
実は前々から計画していた事があったのだが、まさかこんな形で実行する事になろうとは思っていなかった。
しかし、昨日ある人物に相談した所、快く承諾して貰ったのだ機会を逃す手は無い。
「この計画が上手く行けば……うひひ」
思わず笑いが零れる、この計画の成否によって五郎の今後が決まると言っても過言ではない。
五郎はその為に普段よりも早起きしたのだ、今日ほど目覚まし時計が欲しいと思
った事は無かった。
昨日、運が良いのか悪いのか元康に会う事が出来たのだ、もし今日謁見する事になれば、そう長く岡崎に留まる事は出来ないだろう。
「一日くらい、時間に余裕があると思ったんだけど」
元康に自分の存在を知られた以上、宿に使者が来るのは早いだろう。
書置きを残しているので自分が何処にいるかは藤吉郎が分かっているので使者が来ても大丈夫だとは思うが。
「考えてる時間も惜しい、早く行こう」
五郎は駆け足で目的の場所に向かう、灯りが無く静まり返った町は昼間の活気が嘘の様だ。
気をつけなければ不審者と思われるかもしれない。
狭い路地に入り込むと注意しながら道を進む、視界が暗いので足元が見えにくい。
「灯りが無いって、大変だよな……」
この世界に来て何度思った事か、便利な物が溢れていた元の世界に慣れきっていた五郎が今の環境に慣れるのは中々難しい。
必要に迫られて徐々に適応してはいるが、何度味わっても人の気配がない時間帯は不気味だ。
「やめやめ!考えると余計怖い……」
五郎が周囲に気をつけながら路地を抜け、暫く道なりに進むと目的の場所に着いた。
「さぁ……やってやろうじゃないか!」
五郎は建物の裏手に回ると、裏口らしき戸をコンコンと叩く。
すると静かに開けられた戸から見知った男が現れた。
「お、兄ちゃん!本当に来たのかい?物好きだねぇ」
それは茶屋の主人だった、そう五郎が朝から訪れた場所とは茶屋だったのである。
「次に来れるのが何時か分からないので……居ても立っても居られなくれ」
「兄ちゃんみたいな客は初めてだよ、んじゃ入っておくんな」
「お邪魔しま~す……」
主人の手引きで中に入る、普段はこの部屋に居るのだろう、生活感溢れる道具が所々に点在している。
そこから奥に行くと作業場らしき少し大きめの部屋が見えてきた。
主人は蝋燭に火を灯すと、五郎に話しかけた。
「で、どうする?早速やるかい?」
「是非!……と言いたいんですけど、又吉さんは本当に大丈夫なんですか?」
「なぁに、いつも朝早いんで大丈夫でさぁ」
「それじゃぁ……今日は宜しく御願いします!」
五郎が深くお辞儀すると主人……又吉は『いいってことよ』と言いながら笑った。
「くくく、美味しい団子の極意を掴んでやる」
気合を入れた五郎は又吉の教えを真剣に聞きながら台所で悪戦苦闘するのであった。
誰にも言ってはいないが、五郎は密かに菓子作りの鍛錬を行おうと計画していた、その切っ掛けが又吉の作る団子である。
この世界に来て趣味であったゲームをする事が出来なくなった五郎は、茶屋などで大好物の甘味を食べるのが趣味になっていたのだ。
しかし五郎はお金の管理を揚羽に任せている為、お小遣いがそう多くは無い。
「ついつい食べちゃうと、すぐ無くなるんだよね……」
最初は外出の度に食べていたせいで暫くお小遣いを貰えない事もあった。
それにこうやって旅先で知った美味しい甘味を食べる事はもっと簡単ではない。
「だからこそ、少しでもその美味しさの秘密を持って帰ろう!」
幸運な事に又吉は五郎を気にいってくれているのか、学ばせてもらえないかと相談したら二つ返事で引き受けてくれたのである。
又吉の懐の大きさに感謝すると、五郎は意気揚々とやって来たのだ。
初めての挑戦だが、もし上達すれば自分で作れるようになる。
勿論、本職には勝てないだろうが材料があれば好きな時に食べる事が出来る。
「上手く材料費を抑えれば、きっと沢山食べる事が……むふふ」
想像しただけで心が躍る、五郎がにやにやと笑みを浮かべていると又吉は声を掛けてきた。
「お~い、兄ちゃん」
「あ、はい!」
「笑ってないで、さっさとしな!厳しくいくぜぇ」
「は、はい!」
怒られた五郎は又吉の監視の下で作業を始める、本来は生地を作るところから始める予定だったのだが、既に又吉が用意してくれていた。
まず又吉が生地から千切って丸める作業の実演を見せられる、それから自分も挑戦してみるのだが……。
「お、おう……なんて歪な団子なんだ」
「最初はそんなもんだ、どんどん作ってみな」
「わ、分かりました!」
又吉に指示を受けながら何度も何度も作ってみるのだが、五郎が作った団子はう不思議な形をしており大きさもばらばらである。
又吉のように手早く、そして均一の大きさの美しい曲線の団子と比べると不味そうに感じてしまう。
自分で食うから問題ないと思っていた五郎だったが、こうも違いが出ると妥協したくない気持ちが出てくる。
どうせ食べるなら美味しそうな物を美味しく食べたいに決まっている。
「まず大きさを均一に……」
形よりも先に大きさに気をつけて生地から千切っていく、大き過ぎず食べやすい大きさになるように感覚を覚える為に千切って千切って千切り続ける。
一心不乱に千切っていると、又吉が五郎の手元を覗き込んで一言。
「少しはましになったじゃねぇか」
「え、そうでしょうか?」
「後は感覚を覚えな、あんまりちんたらやってると客に出すまで時間が掛かるぜ」
「は、はい!」
五郎は店を開くつもりはないのだが、又吉が熱心に教えてくれるものだから頷いてしまう。
しかし、一度拘り始めると夢中になってしまいついつい熱が入る。
暫くの間、感覚が馴染む様に繰り返していると……。
「こ、この感覚だ!」
又吉のような均一な大きさとは言えないが、初めの頃の様な酷いばらつきはなくなっている。
この感覚を忘れないようにすれば、もっと均一に出来る様になるかもしれない。
手応えを掴んでグッと拳を握ると又吉に向かって声を掛けようと顔を向ける。
「なんだと……っ!?」
又吉の目の前に広がっている、美しい団子を見て驚愕する。
五郎の記憶が間違っていなければ、そこには五郎が千切っていた不揃いな団子が置いてあったはずだ。
しかし又吉の前にある団子は美味しそうな形をしているし、大きさも均一になっている。
「ん?どうした兄ちゃん」
「又吉さん、それ……俺の千切った団子ですよね?」
「おう!どうでぇ、美味しそうだろ」
「……すげぇ」
五郎は又吉の凄さに感嘆すると、一つ手にとって眺めてみる。
つやつやと丸い団子はそのままでも食べれそうな程である。
『ほえ~』と呟きながら眺める五郎に苦笑すると、又吉は五郎に声を掛ける。
「兄ちゃんも頑張れば出来るようになるぜ、その気になればだけどな」
「本当ですか!」
「その代わり、何度も作って覚える事だ」
「何度も……」
「俺が教えれるのは少しだけだ、その後は兄ちゃんが続けれるか次第だぜ」
又吉の言葉を頭に刻み込んでいると、店内の方から声が聞こえてくる。
どうやらいつの間にか朝になっているらしい、又吉は五郎に待ってるように言うと店内に向かっていった。
「意外と難しい……」
何度も自分と又吉の作品を比べる、誰が見てもどちらが美味しそうか分かるだろう。
口に入れば一緒!……とまで言わないが、ある程度不恰好でもいいやと思っていたが、なんとなく負けた気がする。
「手は……抜けないな」
珍しく朝から客が来ているようだし、又吉も忙しくなるかもしれない。
「厚意で教わってるんだ、何か手伝えないか聞いてみよう」
五郎は深呼吸をすると、又吉が戻って来るまで休憩する事にした。




