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第六十二章~再び岡崎へ~

「いや~、着いた着いた!」

「五郎さん、元気ですねぇ」

「藤吉郎は疲れたのかい?」

「全然、これ位で泣き言を言ってたら堺まで何日掛かるか……」

「そうだったね……」


二人して遠い目をして空を眺める、今日は嬉しい事に見事な青空だ。

旅の途中は雨に降られる時もあったが、特に人は野生の動物に襲われる事もなくこの岡崎に着く事が出来た。

何より藤吉郎の存在が五郎にとって頼もしく、今回の二人旅は実に快適だった。

勿論、前回の一人旅も楽しいものであったが、初めて岡崎まで行くのに一人だった為、色をつけて貰った路銀とはいえ、慣れない金銭感覚でやりくりしながらの旅だったのである。


「本当、藤吉郎が居て助かったよ」

「五郎さんは、もうちょっと店を吟味した方がいいですぜ~」

「あっはっは!……面目ない」

「まぁ、資金管理は俺に任せてくださいな」


頼もしい言葉に五郎は頷く。

正直、二人旅の路銀としては前回よりも少なく感じたのである。

しかし、藤吉郎に管理を任せておけば五郎が悩んでいる間に宿、食事等の予定を藤吉郎が決めてくれたのだ。

五郎は今まで流れに任せて選んできた為、手ごろな値段で満足できる宿や食事処を見つけてくれる存在がどれだけありがたい事か実感したのである。


「最初は二人分だと渡された路銀を見て心配だったんだよね」

「五郎さん、よく今まで生きてこれましたね……」

「あ、あはは……よく言われる……」


苦笑する藤吉郎に五郎は頭を掻いて苦笑いを浮かべる。


「それで、これからどうしようか?」

「迎えに行くんじゃないんですかい?」

「お城に行って取り合ってくれるのかなぁ……」

「相手にとって大事な使いですぜ?流石に門前払いなんて……」

「よし、行ってみるか」


二人は先に岡崎城を訪ねる事にすると、のんびりと岡崎の町を歩き始めた。

五郎にとって数ヶ月ぶりの岡崎だが、雰囲気はちっとも変わらない。

寧ろ前回よりも活気が増している気がする。


「活気があるよねぇ」

「着々と松平の統治が広がっているんでしょうね」

「それにしても、相変わらず怖そうな人が歩いてるな……」

「そうですかい?」

「だって、明らかに喧嘩っ早そうな人が……」

「清洲にも居るじゃないですか」

「いや、清洲……というか尾張に暮す人達より強靭というか」

「何を言ってるんですか、尾張だって負けてませんぜ」


藤吉郎が聞き捨てならないと五郎に熱弁をふるう。

五郎が『あ、もしかして地雷を踏んだんじゃ』と思った時には既に遅く、藤吉郎は城門着く迄ずっと尾張の人々の強さを語るのであった。


「藤吉郎、そろそろ着くから話は止めよう、ね?」

「……仕方ありませんね」

「さ~て、身分を明かして誰か呼んで貰えばいいかな?」

「それはまずいですよ、一応まだ小競り合いを続けている場所もあるんですから」

「そうか……下手したらその場で斬り合いに?」

「間違いなく」

「……そ、そうだ!康政殿に用があると言ってみよう」

「面識が?」

「前回来た時にね、少しお世話になったんだ」

「なるほど、それならいいんじゃないですかね」


藤吉郎の同意を得た五郎は、城門に立つ門番に声を掛ける。


「あ、あの~」

「む、ここに何用だ」

「えっと、私『染井五郎』と申す者です、榊原康政殿にお取次ぎを御願いしたいのですが」

「どの様な用件だ?」

「え~っと……」

「? どうした、用件を聞いている」


用件と言われて困った五郎は藤吉郎にひそひそと話しかける。


「ね、ねぇどんな用件がいいんだろう」

「……なんでもいいから、それらしい事を言えばいいのでは?」

「例えば?」

「…………」

「…………」

「………………頼まれていた商品を持ってきたとか」

「何も持ってないけど……」

「ある人物から言伝を預かっているとか」

「怪しまれないかな?」

「…………」

「…………」

「もう、どうしてもお伝えしたい事があると言えばいいんじゃないですか」

「投げ槍になった!?」


藤吉郎が考える事を放棄した事にショックを受けていると、訝しげに此方を見ている門番に愛想笑いを浮かべる。

思案の結果、取り合えず取り合ってくれなくてもいいやと思った五郎は藤吉郎の案を採用する事にした。


「え、え~っと」

「何だ」

「どうしても榊原殿にお会いしたいのです、何とかお取次ぎを御願いできないしょうか?」

「……少し待つがいい」


門番はそう言うと、城内に姿を消した。

ほっと一安心した五郎は門番が戻る迄手持ち無沙汰になったので藤吉郎に声を掛ける。


「もしかしたら、すぐに岡崎を発てるかな?」

「あんな訝しげに俺達を見てたんですぜ?本当に取り次いでくれるんですかね」

「……そんな不安になるような事言わないでよ」

「一応、逃げる準備しておきましょう」

「えぇ……」


藤吉郎が真剣な表情で言うのもだから、五郎は少し怯えてしまう。

岡崎で何度も屈強な男達に絡まれたのだ、出来れば追いかけられるのは勘弁してもらいたい。

五郎が門番の帰りが気になってそわそわしていると、先程の門番が姿を現した。

(よ、よかった!一人だ!)

五郎が安心して胸を撫で下ろしていると、門番が告げる。


「すまんが、榊原様は火急の用件で手が離せぬとの事、日を改めてくれ」

「は、はぁ……」

「以上だ、何時までもうろちょろせずに立ち去れ」

「明日なら、お取次ぎ出来るのでしょうか?」

「それは明日にならんとわからん」

「……分かりました、失礼します」


五郎はさっさと切り上げると、門番に一礼する。

それから藤吉郎を促してそそくさと城門を後にした。

城下町に戻ってきた二人はぶらぶらと歩きながら今後について話し合う。


「そう簡単には行かないか~」

「怪しまれてましたしね、仕方ないでしょうぜ」

「うーん、明日また訪ねるしかないかなぁ」

「それなら早めに宿を決めましょう」

「そうだね、そうしよう」


岡崎に来てから歩きっぱなしである、確かにゆっくりする場所に行きたい。

藤吉郎の提案を受けて宿を探す事に決めた二人は、早速行動に移す事にした。

五郎は前回泊まった宿を藤吉郎に教えたのだが、藤吉郎は宿の主人と話すと言って五郎を置いて行ってしまった。

置いてきぼりにされた五郎が頬を掻きながら外で待っていると、藤吉郎が思案顔で宿から出てくる。


「どうしたの?」

「五郎さん、ちょっとこの宿は高いんで他を探しましょう」

「え、そうなの?」

「えぇ」

「全然、そう思わなかったけど……」

「同じ値段でもっといい宿があるかもしれませんし、俺が探してきますよ」

「あ、俺も行くよ」

「五郎さんはお疲れでしょう?どこかでゆっくり休んでいいですぜ」

「う、う~ん……だけどなぁ」

「これが俺のお役目ですから、気にせずにのんびりしてて下さい」

「わ、分かった」


藤吉郎の迫力に押され頷くと、藤吉郎は人の流れに消えて行った。

五郎は『どうしよう』と呟くと、一人ぽつんと宿の前で立ち往生する。


「……仕方ない、少しだけ茶屋に……」


折角岡崎に来たのだ、あの美味しい団子を食わずに帰るわけにはいかない。

予定では藤吉郎を誘って行くつもりだったのだが、先に軽く訪ねる事にしよう。

無いとは思うがあの子が居るかもしれないし……。


「流石に無いよね~」


あっはっはと笑いながら歩き始める、数十分程歩いて狭い路地を抜けると懐かしい茶屋が見えてきた。


「おぉ……いかん、涎が」


じゅるっと口から垂れた涎を啜ると、五郎は鼻歌を歌いながら茶屋に入る。

しかし五郎の目に一番に飛び込んできた光景に思わず吹き出した。


「ぶぅーーーー!!!」


吹き出した五郎の姿に気づいた茶屋の主人が驚いた表情を浮かべると、五郎に近寄ってくる。


「久しぶりじゃないか、兄ちゃん」

「は、はい……それであれは……?」

「千代助か?朝からずっとそわそわしてるんだ」

「な、なるほど」


もしかして康政の火急の用件って元康の捜索じゃないだろうかと五郎は冷や汗を垂らす。

思わぬ再会になりそうだが、ここも思い出の場所である事を考えると悪くない。

五郎は主人に団子を頼むと『千代助』に向かって歩き出すのであった。

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