第六十一章~出番~
「さて、今日皆を集めたのは他でもない……」
上座にどっしりと座った信長は普段より真剣な声色で口を開く。
五郎が岡崎へ書状を持っていって、半年以上が過ぎた。
今日、朝から集められた家臣達の緊張した面持ちを見れば、そろそろ松平との同盟についての進展を知らされるのではないだろうか。
皆の雰囲気に中てられて、五郎は落ち着きなく身動ぎしている。
五郎は何気なく隣に座っている可成を見る、きっと今日ばかりはあの可成もビシッとしているのではないだろうか。
「!?」
そこにはこっくりこっくりと舟を漕ぐ可成が居た。
思わず目を見開いた五郎は、ハッとすると慌てて可成に声を潜めて話しかける。
「よ、可成さん……もう信長様の話始まりますよ」
「ん?あぁ、そうか」
「そうかって、唯でさえこんな上座で目立つのに、堂々と寝ないで下さいよ~」
「昨晩、えいと張り切り過ぎてな、がっはっは」
「朝から最悪ですよ……」
「すまんすまん、さて真面目に聞くとしよう」
「御願いしますよ……」
信長から視線を感じる気がしたが、気のせいだと思う事にする。
どうりで自分にも殺気のような視線を感じると思った訳だ。
それにしても、こんな雰囲気で居眠りなんて……恐ろしい人である。
五郎は『朝から胃が痛い』と思いながら、信長の話に集中する。
「それで、前々から進めていた松平との同盟を決行する時がきた」
信長の言葉にどよめきが走る、そのどよめきが落ち着くまで信長は黙ると、静まり返った頃合を見て再度口を開く。
「この同盟が成れば、たとえ今川が息を吹き返しても松平が居れば問題がない、そして我が軍は美濃攻略を進める事が出来るだろう」
信長の話を聞いた五郎は岡崎で知り合った榊原康政との会話を思い出た。
彼も同じような事を言っていたはずだ、この同盟が上手く行けば、織田・松平両方にとって損は無いと。
つまり、織田は松平・今川の侵攻を気にせず美濃を、松平は織田からの侵攻を恐れずに今川の領有する駿河・遠江へと足を伸ばせるという事だろう。
この半年の間、今川に目立った動きは見えない……いや、見えないのではなく家中の統制が未だに執れていないのかもしれない。
そのお陰で松平は順調に三河の支配を進めているようだ。
「そこで、松平の当主、松平元康との交渉の結果……当主自らこの清洲城に足を運ぶ事となった」
再度、広間にどよめきが走る、先程より大きなどよめきは中々静まりそうにない。
五郎も元康が清洲城を訪れる事を知り、別の意味で心配になる。
(元康君……じゃなかった、元康様が来るのかぁ……迷子にならないといいんだけど)
どうしても子供のような元康のイメージが消えない五郎は、つい子供が迷わないように心配する親のような心境になる。
五郎は見当違いの心配をしていると、可成が肘で突いてくる。
「な、何ですか?」
「五郎、他の奴らを黙らせろ」
「え”っ……」
「このままだと、殿が暴れだすぞ」
「でも……そういうのは俺じゃなくて勝家さんや可成さんが……」
「勝家はまだ戻れんのだ、仕方あるまい」
「なら可成さんが一言……」
「何を言っている、これからお前も皆を仕切らねばならん時がくるぞ?今の内に慣れておけ」
「……えぇ~」
真剣な表情で五郎に話す可成は、五郎の背中を軽く叩くと、発言を促す。
嫌々ながらも、可成に催促された五郎は深呼吸をすると口を開こうと……。
「の、信長様!松平の当主殿はいつ清洲に来るのですか!」
一際大きな声で下座から声が響いてくる、その声の主は藤吉郎であった。
口を開きかけた五郎は言葉を飲み込むと藤吉郎を見る。
藤吉郎は皆の視線を浴びながらも臆することなく信長を見ている。
信長は藤吉郎の発言で皆が静まり返った事を確認すると、一度目を閉じて息を吐く。
「恐らくそう遠くはないだろう、残念だが日取りは決まっておらん」
信長の言葉を聞いた皆は各々思案顔になる、しかし五郎は『いつ来るかわからないのか』とのんびり考えていた。
皆が難しい顔をしている中ぽけ~っとしている五郎に気づいた信長は少し意地悪な顔になると。
「まぁ、これ以上時間を掛けるつもりはない、少なくともこの一月の間に行うつもりだ」
そういって皆の視線を集めると、五郎に扇子を向けて招く。
五郎は嫌な顔を浮かべて首を振って抵抗してみたが、一瞬殺気を放って脅してきた信長に抵抗を止めておずおずと信長の前に正座する。
「正式な日取りは決まっておらん……が!当主自ら赴くのだ、我が方からも案内人を出す」
その言葉に嫌な予感がする、既に信長の前に呼ばれた時点で避けようがないが……。
「そこで、長秀に案内役を任せる事にした」
「やっぱりぃぃぃぃ!」
「静かにせい!」
「はぃ……」
「……こほん、もう一度言うぞ、長秀に案内役を任せる。異論がある者は居るか?」
信長は異を唱えるものが居ないか、暫く間を取る。
是非とも誰か反対してくれないかなと思っていた五郎だが、信長の様子を見る限り誰も反対する気配がないのだろう。
五郎が虚ろな目になりかけていると、信長は上座に戻ると。
「誰も異論はないようだな、では長秀に大役を任せる」
信長の言葉に『はっ』と一斉に頭を垂れる中、違う世界へ旅立とうとしていた五郎は信長の視線を感じて現実に戻ると、慌てて周囲を見てから頭を垂れる。
それから出来る限りはきはきと声を上げた。
「その役目、謹んでお受けいたします」
「うむ」
五郎が頭を上げると、信長は満足そうに頷く。
それからふーっと長い息を吐くと、最後に解散を告げた。
「よし、今日はここまでだ!皆、各々の役目に戻れ」
その合図を受けて皆が一斉に動き出す、五郎も同じように立ち上がろうとするが……。
「五郎、待て」
いつものパターンである、案の定信長に呼び止められると、何も言わずに信長の前で座る。
それから信長はもう一人、意外な人物を呼ぶ。
「猿……じゃなかった、藤吉郎!話がある、こっちへ来い」
「は、ははははい!」
呼ばれた藤吉郎は驚いた表情で恐る恐る五郎の後ろに座る、五郎がその表情を窺うと、藤吉郎は顔色が青白くなっている。
その姿に自分を重ねると、五郎は声を掛けた。
「大丈夫だよ、藤吉郎」
「ご、五郎さん~」
五郎が安心するよう話しかけていると、信長は二人以外が居なくなるのを確認すると、二人に話しかけた。
「猿、そんな死にそうな顔をしてどうした?」
「いや、あんな大声で呼んだら何かしたのかと思うんじゃ」
「も、申し訳御座いません!」
「……落ち着け」
「は、はい」
信長は藤吉郎に落ち着くように告げると、五郎に顔を向ける。
「五郎、前々から言っていた出番だ、しっかり頼むぞ」
「とほほ……」
「重要な役目だ、もっと喜ばんか!」
「でも、今度は案内役ですよね?それって護衛も兼ねてるんでしょ?」
「勿論だ」
「俺の実力を知ってるでしょ!?無理ですよ!」
「くくく、元康だけ戻ってくるかもしれんな」
「縁起でもない事言わないで下さいよ!?」
「安心しろ、向こうも腕の立つ護衛を連れてくるだろう」
「はぁ……」
五郎がしょんぼりすると、信長は肩を扇子で叩きながら笑いかける。
それから後ろで畏まっている藤吉郎をチラッと見ると、五郎に告げた。
「それに、お前にはそこの猿を付ける」
「へ?」
「お、俺ですか?」
思わず藤吉郎を顔を見合わせる、暫くそのまま互いを見ていたが視線を信長に戻すと、少し真剣な表情になった信長は頷く。
「お前達も分かっているだろうが、表立って反対する者はいないが、松平との遺恨がある者もおる」
「えっと、信長様と元康様のお父上は宿敵でしたっけ」
「そうだ、もしかしたらお前を狙う者がいるかもしれん」
「……うへぇ」
「そこで藤吉郎を付ける、よいな?」
「は、はぁ……」
五郎が情けない声で返事をすると、信長は藤吉郎に声を掛ける。
「猿、いいな?」
「は、はい!喜んでお受け致します!」
「お前なら五郎を守れるだろう、働き次第では褒美をやろう」
「はっ!」
藤吉郎は五郎と違い先程と打って変わって元気になると、深く頭を垂れる。
その姿を満足そうに見た後、未だにしょんぼりしている五郎を見て溜息を付く。
対照的な二人を見て苦笑すると、信長は暫く二人に話し相手をさせる事にしたのであった。




