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第六十章~信長の無茶振り~

「そういえば……信長様!」

「ん?どうした」

「藤吉郎君に何か用事が?」

「そうであった、おい猿」

「は、はい!」

「今まで何処に行っておったのだ?肝心な時に居なくなりおって」

「の、信長様~あんまりですよ~」

「あんまりだと?お前には清洲城の普請を命じておったであろう?それなのに暫く姿を見せなかったではないか」

「いや……さっき出奔したとか言いふらしてたせいじゃ……」

「五郎、お前は黙っていろ」

「……はい」

「それとも本当に逃げ出しておったのか?んん?」


信長が顔をグッと近づけながら藤吉郎に尋ねると、気の毒なほど焦りを見せた表情で藤吉郎は口を開いた。


「そ、そんな訳ありませんよ~!」

「なら、どうしたというのだ」

「信長様~お忘れになったんですか~?」

「えぇい!その情けない顔をやめんか!」

「ひ、酷い……信長様が『うむぅ……おい、猿!南蛮渡来の菓子が少なくなってきた、堺まで買いに行って来い』と仰ったんじゃありませんか~」

「……はて?」

「そ、そんな……!お忘れになって!?」

「記憶に無いな」

「うぅ……そんなぁ」


両手両膝をついて項垂れる藤吉郎、その会話を聞いていた五郎はあまりの不憫さに泣きそうになる。


「信長様、自分が命じておいてあんまりですよ……」

「仕方あるまい、それ所ではなかったのはお前も知ってるだろう?」

「それは……そうですけど」

「猿、幾ら堺まで使いにやったとしてもだ、時間を掛け過ぎだろう?」

「徒歩で、更に路銀も僅かで放り出されたんですよ?」

「!?」

「……そうだったか?」

「そうですよ~『今月は帰蝶の目が厳しいから、これだけしか出せん』と仰ったじゃないですか~」


藤吉郎が涙ながらに話すが、信長は『そうだったか?』と首を傾げている。

一体この人はどれ位の資金を藤吉郎に渡したのだろうか、もしかして彼の服装がボロボロなのもそれが原因なのでは……。


「で?」

「……へ?」

「この際、帰りが遅かった事は許す」

「あ、ありがとうございます」

「それで、頼んであった品はどうした?」

「ずっと門前払いを受けたので家に……」

「そうかそうか!良くやった!」


藤吉郎の報告に機嫌を良くした信長は藤吉郎の肩をバシバシと叩く。

五郎は藤吉郎に同情しつつ、自分もいつ同じような無茶を言われるか考えると心中穏やかではない。


「信長様、そろそろ子供達も仲良く遊んでますし、また町でものんびり見て回りませんか?」

「む……?そうだな、帰りに藤吉郎の家でも寄る事にして、先に町を見て回るとしよう」

「お、お供いたします!」


五郎の提案を採用した信長は、お供を願い出た藤吉郎に許可を出すとさっさと歩き始める。

その後を追いかける前に子供達に手を振ると、元気な声でまた遊んでと叫んでいる。可愛いものだ。

五郎は藤吉郎の背中をポンポンと叩いて歩き出すと、ご機嫌な主君の後姿を追いかける事にした。

ご機嫌な信長の後ろを藤吉郎と二人でのんびり着いて行っている間、そわそわと落ち着きが無い藤吉郎に話題を振ろうと話しかける。


「藤吉郎君、いつも信長様に無茶な命令を……?」

「い、いえ!いつもは普請や台所等の奉公を頂いてます!」

「へぇ~」

「偶に……そう偶に自分の手に負えないような事を命じられたりはしますが……」

「……そうかぁ」

「……もしかして、長秀様も信長様に?」


感慨深げに相槌を打つ五郎の様子に何かを感じ取ったのか、藤吉郎が尋ねてくる。

五郎はふっと笑うと、遠い目をしながら藤吉郎に答えた。


「突然、無茶苦茶な事を……ね」

「長秀様……!」

「いいんだよ、何も言わなくて……」

「はい、はい……!」


妙な事で通じ合った二人はがしっと肩を掴み合うと、うんうんと頷きあう。

五郎は藤吉郎に親近感を感じ、ある提案をしてみる事にした。


「藤吉郎君」

「なんでしょう?」

「俺達は似たような思いを持っているようだ、堅苦しいのは抜きにしよう」

「は、はぁ……」

「俺の本当の名は五郎なんだ、是非五郎と呼んでくれないかい?」

「いや、しかしそれは……」

「正直、畏まって呼ばれるのが苦手なんだ、それに藤吉郎君とはいい友人になれそうだし……駄目かな?」

「い、いえ!とても嬉しいです!」

「それじゃ、藤吉郎君……いや、藤吉郎!宜しくね」

「はい!……じゃなかった、おう!五郎さん、宜しく!」

「あっはっはっは」

「ははは」


二人は肩を組みながら笑うと、信長が店から追い出される瞬間を目撃して目を合わせると、一段と大きな声で笑いあった。

勿論、店主と一戦交えてきた信長に見つかって怒られたのだが。

それから三人で町を見回っている間に、藤吉郎と苦労話という名の信長の無茶振り話に花を咲かせる。

堂々と原因である信長の近くで話す二人だが、信長は信長で久しぶりの城下町を堪能しているのか道行く人々を眺めては嬉しそうにしている。

一つだけ言うならば、興味を惹かれた店に入って店主と喧嘩するのは止めて欲しいのだが……。


「また行っちゃった……」

「あ、あはは……」

「もうちょっと穏便に出来ないのだろうか、家の殿様は」

「無理だと思いますぜ、それに信長様が大人しくなさったら気持ち悪いと思いませんか?」

「確かに……」

「流石に洒落にならない悪戯は勘弁して頂きたいですが」

「だよねぇ、俺もよく……」


二人が苦笑していると、戻ってきた信長が告げた。


「おい、五郎と猿、飯屋に行くぞ」

「そういえば、朝から何も食べていませんでしたね」

「俺の馴染みの店がある、ついて来い」

「「はい」」


信長に連れられて暫く歩いていると、小さな佇まいの飯屋らしき建物で止められる。

先に信長が店に入って一言二言喋ると、外で待っていた二人を呼ぶ。


「何をしている、早く入らんか」


二人が暖簾をくぐると、少々狭いがどこか味のある雰囲気の店内が目に映る。

信長が席に着くと、二人に早く来いと催促する。

すると店の奥から若い女性と店主らしき御爺さんが姿を見せた。


「信長様、いつもありがとう御座います」

「なに、偶にはここで飯を食べたくなるのだ、気にするな」

「ありがたいお言葉です、今日は何をお作り致しましょう」

「周蔵が作る飯に不味い物はない、任せる」

「ふぉふぉ、腕によりをかけてお作り致します、ゆっくりお待ち下さい」

「うむ」


周蔵は深く一礼すると奥の台所へ姿を消した、その間にお茶を用意していたのだろうか、若い女性が三人の前に丁寧にお茶を置いていく。


とよも大きくなったな、元気でなによりだ」

「ふふふ、ありがとうございます」

「そうであった、紹介しておこう。この二人は五郎と猿だ」

「よ、宜しく」

「信長様!?せめてここは藤吉郎と……!」

「まぁ……」

「すまんな、キーキー騒がしいだろう?」

「面白い方じゃありませんか」

「くくく、そうか面白いか!」


ご機嫌そうだな~と五郎が思っていると、藤吉郎は涙目になりながら、信長に縋り付く勢いで嘆願している。

妙齢の女性に猿と紹介されるのは確かにあんまりだ、豊と呼ばれた女性は信長の冗談だと分かっているようだが。

それにしてもいい雰囲気の飯屋だ、漂ってくる匂いは実家の台所を想起させるものがある。


「落ち着くなぁ」

「いい店だろう?」

「信長様が通う気持ちが分かります」

「安心しろ、料理も大変美味だぞ」

「楽しみにしておきます」


それから料理が到着すると、信長は騒いでいた藤吉郎を一叩きして大人しくさせる。

信長の言うとおり、料理は凄く美味いものであった。

どこかホッとする味付け、何より満足感を味わえたし、素材の旨みもしっかり活かされていた料理は元の世界でも中々味わえないものだった。

数十分で料理を平らげると、信長は酒を三人分頼んで満足そうにしている。


「信長様、とても美味しかったです」

「帰りに周蔵に言ってやれ、きっと喜ぶ」

「はい、勿論です……ね?藤吉郎」

「うぷ……も、勿論です」

「猿……お前は食い過ぎだ……」

「あ、あはは……美味しかったですから」

「面目ありません~」

「全く、さて今日は付き合わせた礼だ、遠慮せず酒も飲め」

「頂きます」

「い、いただきまふ」


三人は酌を交わし合うと、日が暮れるまでのんびり過ごすのであった。

その結果、城を抜け出した信長と共犯者である五郎、そして何故か藤吉郎も巻き込んで、政秀のお説教が待っているとはこの時は全く思っていなかった。

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