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第五十九章~木下藤吉郎との出会い~

城を抜け出して数十分、二人は男を見失って仕方なく城下町を歩いていた。


「猿め、何処に行ったのだ」

「猿って……信長様、その呼び方はあんまりじゃ……」

「そうか?猿の顔を見ただろう、瓜二つではないか」

「い、いやぁ……そうですけど」


確かに、信長の言葉に納得する風貌だったので五郎は言葉に窮する。

それにしても、城下町に来てから信長の喜びようである。

彼方此方の店に入っては、店主に怒られて追い出される事や幾度か。

相変わらず悪戯好きな殿様である、幾ら町民の身なりをしているとはいえ堂々とし過ぎではないだろうか。


「のぶ……こほん、よしさん!もうちょっと大人しくして下さいよ~」

「十分、大人しくしているではないか」

「いやいや、店に入って勝手に品物を食べたり、使ったりしなでくださいよ……」

「並んでいるだけでは、良い物か分からんだろう?」

「大胆に触りすぎですよ……」

「ふん、店主共の器が小さいだけよ」


信長の返事に頭が痛くなった五郎は手で押さえると嘆息する。

もうちょっと目立たないようにしないと、すぐ城から信長を連れ戻しに、誰が来るか分からないのだが。


「とにかく、もうちょっと静かに……ん?」

「どうした、五郎」

「いや、子供達が今日は元気がいいなと」

「なんだ、子供か」


信長は興味を失くしたのか、五郎から視線を外すとふらふら~っと懲りもせず店を覗きに行く。

五郎も仕方なく後を追いかけようとしたのだが、下半身にドン!と衝撃を受けると呻き声を上げる。


「はぅ!……うぅ」

「ご、ごめんなさい」

「い、いいんだよ……って、おつるちゃんじゃないか」

「あ!長秀おじ……」

「ちょ、ちょっと!」


五郎が慌てて口を押さえる、傍から見れば誘拐犯のようである。

おつると呼ばれた少女は不思議そうに五郎を見上げると、ジッと見つめてくる。


「おつるちゃん、おじさんは今お忍びで来てるんだ、静かに出来るかな?」

「……(こく)」

「よし、じゃ手を離すからね」

「おじちゃん、今日は内緒で遊んでるの?」

「う、うん……そうなるのかな……」

「そうなんだ、でも信長様があそこで騒いでるよ?」

「え”っ!?」


おつるが指差した先では、確かに信長が店主と何やら言い合っている。


「ど、どうして信長様って分かったんだい?」

「え~、だって信長様はいつもあんな感じで遊んでるよ?皆知ってるもん」

「…………(呆然)」


おつるの言葉に呆然としている五郎、丁度傍にいた町民が五郎に声を掛けてくる。


「長秀様、お忍びならもうちょっと気をつけた方がいいですぜ」

「……分かりやすかった?」

「分かりやすいも何も、あれだけ堂々としてたら気づかないはずがありませんぜ」


五郎は肩を落とすと、『ばればれじゃねぇか!』と心の中で叫んだ。

しかし、町民達の度胸も凄いものだ、お忍びとはいえ殿様に怒鳴って店を追い出す事が出来るとは。

あの応対を見る限り、何度も同じような事をしてきたのだろう、どうりで洗練されたコントの様に信長が追い出される訳である。


「これじゃ、お城に連れ戻されるのも時間の問題だろうなぁ」

「ははは、それは大丈夫ですぜ、皆きっと信長様がお忍びで来て下さるのを喜んでますから」

「へぇ~」

「ほら、見てくだせぇ、あの店主の顔」

「んん?」


町民に言われて先程信長を追い出した店主の顔を見てみる。


「……なんだろう、凄く達成感のある顔をしている……!!」

「それだけ皆、信長様を慕ってますから」

「それじゃ……」

「誰もお城になんて伝えないでしょうぜ~、もっと信長様に居て欲しいでしょうし」


町民は嬉しそう言うと、五郎に一礼して信長を見ながら去って行った。

五郎が感心しながら頭を掻いていると、おつるが五郎の着物を引っ張ってくる。


「あぁ!ごめんね、おつるちゃんはどうしたの?」

「遊びに行くの!おじちゃんも行こ?」

「あ~……それはちょっと……」

「良いではないか!」

「ぬわ!?」


五郎がどうしたものかと考えようとすると、横からぬっと顔を出した信長が『さぁ行くぞ!』と五郎の肩を掴む。


「吉さん!ちょ、ちょっと」

「ん?何だ、子供を待たせるんじゃない」

「このまま行く気ですか?」

「問題があるのか?」


『子供に正体がばれたらどうするんですか!』と喉元まで出てきたが、言っても聞かない可能性の方が高いと思うと溜息が出る。

これだけ行く気になっているのだ、恐らく子供達に混ざって遊ぶ気満々なのだろう。


「……おつるちゃん」

「?」

「一緒に遊ぶけど、皆に信長様を『吉さん』って呼ぶようにお願いしていい?」

「分かった!」


こっそりおつるに御願いすると、にこっと笑ったおつるは元気よく返事をくれた。

五郎は喜ぶおつるの手を握ると、その様子を見た信長がにやにや笑っているのを気にしないように歩き出した。

鼻歌を歌いながら歩くおつるを二人で見守りながら歩いていると、少し開けた場所に出る。


「ついた!」


おつるが手を離して走っていくと、そこには子供達と遊んでいる男が居た。


「あっ!」

「どうした」

「の……じゃなくて、吉さんあれですよあれ!」

「うん?……猿ではないか」

「どうしてこんな所に……あ、ちょっと!吉さん」


信長はすたすたと男に近づくと、無防備に晒されている頭部に一撃を入れた。


「ぐおおおおおお!」

「猿!貴様、こんな所で何をしている!」

「誰だよ!いきなり殴ってきやがって!それに猿って呼ぶんじゃねぇ!」

「ほう……俺にそのような口を聞けるとは、命が惜しくないようだな?ん?」

「なにぃ!」


男は信長に振り向くと、怒りで赤くなりかけていた顔色が一瞬にして青白くなる。

遠目から見ても可愛そうなほど身体を振るわせ始めると、大量の汗を噴き出している。


「の、信長様……?」

「そうだ」

「ほ、本物ですか?」

「そうだ」

「……も、申し訳ありません!!」


見事な土下座である、頭が地面にめり込む勢いで信長の前に土下座している。

信長は腕を組んだまま男を見下ろすと、こちらに視線を向けてきた。

(こっちに来いって事ですよねー)

いつまでも突っ立ってる訳にもいかないので、信長の隣までゆっくり歩く。

それから信長は必死に謝る男に声を掛けた。


「謝罪はもういい、猿、顔を上げろ」

「は、はい!」

「お前に紹介しておく奴がいる」

「はぁ……」

「ごろ……おほん、丹羽長秀だ。お前も知らせは受けているのだろう?」


信長の言葉に目を見開くと、男は五郎を上から下まで見ると口を開いた。


「え、え~っとこのお方が?あの長秀様の後を継いだのですか?」

「そうだ」

「うひゃ~、とてもそうは見えな……あっ!も、申し訳ありません!」

「えぇい!うっとおしい!いいから最後まで聞け!」

「ひゃい!」

「お前もこれから会う機会が増えるだろう、困った事があれば頼るがいい」

「は、ははぁ~」


信長はそこまで言うと、五郎の肩に手を置いて男を紹介した。


「五郎、この男は藤吉郎という名だ、俺は猿と呼んでいるが、お前も呼ぶか?」

「お断りします!」

「ふん!なら好きにせい」

「そんな拗ねなくても……」


面白く無さそうに顔を背ける信長、自分のつけた愛称が受けなかったのがお気に召さなかったのか、子供達に近寄ると話に混ざったようだ。


「シュールだ……」

「あ、あの!」

「あ、はい」

「俺は木下藤吉郎と申します!信長様に奉公させて頂いております!お見知りおきを!」

「此方こそ、丹羽長秀と申します」

「長秀様はあの長秀様の後を継いだ凄い御方だと聞いております!」

「あ、あはは……」

「是非、今後この藤吉郎を宜しく御願い致します」


丁寧にお辞儀する藤吉郎に困った五郎は、苦笑しながら答える。


「まぁ、そう畏まらないで下さいよ」

「で、ですが」

「同じ信長様に仕える仲間でしょう?」

「……長秀様はお優しい方ですな」

「いや~、そんな事はないけどね」


藤吉郎の尊敬の眼差しに思わず後退りする、今まで子供達位しかそんな眼差しを五郎に向けた事が無かったので身体がむず痒くなる。

それにしても、信長がわざわざ紹介するとは思えないほどのボロボロの着物を着ているが、一体どうしたのだろうか。


「藤吉郎君、今朝清洲城の城門に居たよね?何してたの?」

「え、見ていらっしゃったのですか?」

「う、うん」

「お恥ずかしいところを……」

「まぁまぁ」

「実は数日前になんとか清洲に帰ってきたばかりで、信長様に会おうと何度も訪ねたのですが……」

「ん~?でも、信長様に仕えてるんだよね?」

「それが知らぬ存ぜぬと取り合えってくれないのです」

「おかしいねぇ……」


二人で顔を傾げていると、話が聞こえていたのか信長が口を挟んできた。


「そういや、面白いと思って猿が出奔したと皆に話していたのであったな」

「「!?」」

「何だ、冗談のつもりだったが……皆本当だと信じておったのだな」

「ひ、ひでぇ……」

「信長様~~~」

「がっはっは!!」

「駄目だこの人……!」

「あんまりですぜ~……」


信長が大笑いしている間、二人はがっくり肩を落としたまま立ち尽くしていた。

子供達は笑う信長を突いたり、よじ登ったりして遊んでいる。逞しいものだ。

五郎は出会ったばかりの藤吉郎の扱いに共感を覚えると、いい友人になれそうな気がした。

きっと藤吉郎も信長に振り回される事になるのだろう、他人事と思えず空を眺めて目を閉じた。

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