第五十八章~信長様の気晴らし~
「信長様、丹羽長秀で御座います」
「入れ」
襖を開けてスッと足を入れる、今日は珍しい事に信長一人の様だ。
こうやって城に来るのは久しぶりのような気がする、何せ森家で雑務や鍛錬をこなすようになって城に呼ばれる事も少なくなっていた。
信長なりの気遣いなのだろうが、五郎は密かに城で信長と雑談するのも満更では無かった為、今日は嫌な予感半分、嬉しさ半分である。
「お久しぶりです」
「やめんか、気色悪い」
「酷い!?」
「ちょっと顔を合わせなかっただけではないか、畏まるな」
「いやいや、気をつけないと後で怒られるのは俺なんですよ!」
「それは大変だな」
「……そうですね、信長様はそういう人でした!」
「くくく」
「はぁ……」
一頻り笑った後、信長は扇子で膝の上を叩きながら、暫く何も言わずにぼーっと外を眺めている。
五郎は、今日はテンションが低いなと思ったが、同じように外を眺める事にした。
今日は天気が良い、きっと野原を散策しながら昼寝なんてしたら最高だろう。
最近は忙しいので中々出来ないが、時間の都合がつけば町の子供達を連れて近くまでピクニックに行ってもいいかもしれない。
「……五郎」
「?はい、なんでしょう?」
「今日はいい天気だな」
「??……は、はい」
「出掛けるぞ」
「へ?」
「出掛けると言ったのだ!」
「いや、それはいいんですが……お忙しいのでは?」
五郎がそう言うと、信長は上座から立ち上がって五郎の前まで歩いてくると、五郎に顔をぐぐっと近づける。
「ち、近い近い!」
「毎日毎日毎日、平手ばぁさんの小言を聞きながら仕事などしていられるか!」
「ちょっと!それは言っちゃ駄目なやつでしょ!」
「知らん!松平との同盟もまだ暫くは時間が要るだろう、それまでは安易に美濃の様子を探る事も出来ん!」
「いや、そこは偵察……斥候や忍び衆を送っているのでしょう?」
「阿呆か!それじゃ気晴らしが出来ないだろうが!」
「気晴らしなの!?」
信長の発言に開いた口が塞がらずにいると、信長は五郎の肩に置いた手に力を入れると……。
「もう我慢ならん、抜け出して遊びに出掛けるぞ!」
「え”っ!」
「五郎、その為にお前を呼んだのだ、付いて来い」
「えぇ……」
「何だ、その嫌そうな顔は」
「だって、絶対怒られるじゃないですか!」
「くくく」
「あっ!笑いましたね!……まさか、俺を巻き込むために今日は朝から呼び出したんじゃ……」
「断る事など出来んぞ?んん?」
「うぐっ……」
「主君である俺の命だぞ、それに可成の下に就けたのは誰のお陰だ?」
「……うぅ」
「諦めて、今日は俺に付き合え、よいな?」
「分かりました!分かりましたよ!」
「よし!ならばまず城から抜け出すぞ」
五郎の返事に満足した信長は、五郎を連れてある一室に連れて行く。
信長の行動に黙って従っていた五郎は、信長が何をするのか理解できずに見守る。
「おい、五郎!お前はこれを着ろ」
「は、はい」
渡されたのはちょっと派手な着物である、こんな物を着たら明らかに目立ちそうだが……。
「あ、あの信長様」
「ん?」
「これを着て外に?」
「??……問題があるのか?」
「目立ちますよ!こんなんじゃすぐ見つかるでしょ!?」
「何?今まで誰にも気づかれた事などないぞ?」
「エェェエエエエエエ!」
驚愕しながら信長の顔をマジマジと見るが、どうやら本気で言っているようだ。
五郎はもう一度着物を見る、どう考えても目立つ服である。
確かに何度か町でこのような格好をした若者を見たことはある、所謂『傾奇者』とでも呼べる者達だろう。
「兎に角!これは止めましょう、俺がこんな格好したら怪し過ぎるでしょ?」
「……確かにお前には似合わんな」
「……自分で言ってなんですが、もうちょっと優しく……」
「まぁいい、どうせ若い時に着ていただけだからな」
「それを着るつもりだったの!?」
「なに、昔は俺も好き放題暴れていたものよ」
ふっと笑いならがら。信長が過去の思い出に浸っている横で、『今でも好き放題でしょ!』と突っ込みたくて仕方が無い五郎は必死に耐えていた。
ともかく、こんな派手な着物を着ている所を見られたら黒歴史である。
「もっと、出来れば町民達に近い着物は無いんですか?」
「う~む、これなんかどうだ?」
「おぉ、見事は意匠!これが南蛮渡来の輝きですな!……って町民からかけ離れているでしょ!!?」
「ふふふ……この意匠の良さが分かるとは、お前はやはり見込みが……」
「こんな事してたら、出掛ける時間が無くなりますよ!」
「む……それもそうだな」
五郎の言葉に本来の目的を思い出した信長は、暫く無言で部屋中を漁る。
信長が様々は衣服をばら撒く光景を見ていた五郎は、後で絶対怒られるなと頭を抱える。
「よし、これなら文句あるまい!」
「お、おお……」
信長の手にした着物は確かに町民が着ている物に良く似ている。
これならば余程聡い者でない限り気づかないかもしれない。
「信長様、それじゃ着替えましょう」
「うむ、お前はこれだ」
「……これは着ないって言ったでしょ!」
「なんだ、つまらん」
「いやいや!一緒に派手な着物着た男が居たらもっと怪しいでしょうが!?」
「ほれ、これだ」
「もう……体力を使わせないで下さいよ……」
「久しぶりに思う存分からかえるんだぞ?お前も嬉しいだろ?」
「……ハイ、ソウデスネ」
抵抗するだけ無駄だと悟った五郎は、大人しく信長に返事をすると着替える。
二人は手早く着物を着こなすと、襖から外を窺う。
「今日は、やけに静かですね?」
「くくく」
「何笑っているんですか……」
「今日は抜け出す為に、一部の者達には昼までゆっくりするよう通達してある」
「……俺を付き合わせるのは決まっていたんですね」
にやりと笑う信長に物凄い脱力感を感じると、五郎はやれやれと外を窺う。
道理で朝から人が少ないと思っていたのだ、いつもは信長の待つ部屋まで通る間に城に勤める者達と朝の挨拶を交わすところだったが、今日は一人か二人程度だったのである。
確かに今なら城から抜け出すには頃合いなのかもしれない、五郎は先に部屋から出ると周囲を慎重に探りながら信長に合図を送る。
二人は慎重に、そして時に大胆に外へ向かって進む。
「さて、ここからどうするんです?」
「今なら許す、居眠りしておらんか?」
「いやいや……大問題でしょ……」
二人でじっと見ていると、何やら城門が騒がしい。
門番が誰かと大声で話しているようだ、二人は顔を見合わせるとそっと近くの植木に隠れながら近づいてみる。
「駄目だ!大人しく帰れ」
「なんだよ!いいじゃないか!」
「えぇぃ!しつこいぞ!」
「信長様にお会いしたいんだ!」
「貴様の様な怪しい風貌の男に会う暇など信長様にはない!帰れ!」
「ちょっと訳があってこの格好なんだよ!ちょっと位いいだろ!」
「この……!死にたいのか!」
「ち、ちくしょう!また来るからな!」
門番が槍を構えて威嚇すると、大声で叫びながら若者は飛び跳ねるように逃げて行った。
「……暇など無いそうですよ」
「何だ、何か文句があるのか?んん?」
「いえ!ありません!」
二人が言い合っていると、門番は元の位置に戻り見張りを続けているようだ。
どうしたものかと五郎が考えていると、信長は五郎に呟くように言った。
「五郎、あいつを追いかけるぞ」
「え?あの男が気になるんですか?」
「そうか、お前には紹介していなかったか」
「……駄目ですからね」
「まだ何も言っておらん」
信長が逃げていった男を見送りながら答える、やれやれと頭を振ると、このまま隠れているわけにもいかないので五郎は話を戻す。
「どうしますか?」
「ふむ、五郎……お前が門番の注意を引け」
「……ですよね」
「その間に俺が抜け出すから、お前はその後来い」
「ハイ、ワカリマシタ」
段々罪状が増えている気がするが、信長に捕まった時点で避けられないと悟った五郎は門番に近づくと声を掛ける。
「お疲れ様です」
「はっ!これは丹羽様……どうなさったんです?」
「あはは、信長様が『貴様にはこれが似合っておるわ、がっはっは!』と言い出してね……」
「ははは、丹羽様は相変わらず人が良い御方ですな」
「まぁ、断ったら怖いしね」
「今日はお帰りなのですか?」
「うん、信長様が満足したから屋敷に戻ろうと思って」
「なるほど、道中お気をつけ下さい」
「ありがとう、お勤めご苦労様」
五郎が門番と談笑を始めると、信長は忍び足で門を抜ける、その際に五郎に突き刺すような視線を送ったのは気のせいと思いたい。
横目で信長の姿が見えなくなったのを確認すると、門番を労って城外へ歩き出した。
信長が消えた方へ足早に向かう、人気の少ない路地で合流した二人は、城下町に消えていった男を追いかけた。




