第五十七章~今宵は鍋パーティー~
「今日は鍋だ!遠慮せず食ってくれ!」
可成の言葉に皆が歓声を上げる、今日は長可が持ち帰った猪を使った鍋をメインにした宴会が開かれていた。
勿論メインディッシュは猪を使った鍋だが、それだけではなく酒や美味しそうな野菜等の料理がずらりと並んでいる。
「遠慮せずに食べて下さいね」
五郎はおっとりした女性から声を掛けられると、頭を下げる。
「あ、えいさん!わざわざありがとう御座います」
「ふふふ、畏まらなくていいのですよ」
「そういう訳には……」
「いいから存分に食べて下さい、いつも長可の相手をして下さるのは長秀殿位なものですから」
「あ、あはは……」
「それに娘も懐いているようですし、ご迷惑をお掛けしてなければよいのですが」
「いやいや!俺は全然構いませんよ、子供の相手をするのは好きですし」
「宜しければこれからも相手をしてあげて下さい」
「……勿論です」
えいは深くお辞儀をすると、来客達に丁寧に応対しながら広間をゆっくり去っていく。
五郎は、『本当にいい奥さんだな』と思いながら可成を見る。
「可成さんの奥さんとは思えないほどおっとりしてるし、何より優しい雰囲気を常に纏ってるんだよねぇ」
一人でうんうん頷いていると、袖が引っ張られてる事に気が付く。
誰だろうと振り返ると、まだ5歳位の女の子が五郎を見上げていた。
「おや、うめちゃん、どうしたんだい?」
「おじたん、こっち」
くいくいと袖を引きながらまだ舌足らずな喋り方で五郎に話しかけてくる。
「え~っと、付いて行けばいいのかな?」
「うん!」
五郎の返事に笑顔になると、うめは立ち上がった五郎の着物を掴んだまま奥に連れて行く。
そこには森家の子供達が大集合していた、但し長男である可隆は上座に座って可成や来客の相手をしている為に居なかったが。
五郎が来たことに気づいた子供達は足もとに群がってくる。
「お、お~い、動けなくなるから座らせくれ~」
その声に子供達は大人しく席に戻ると五郎が座るのを待つ。
しかし例外は長可だった、何時の間にか五郎の背後に回っていた長可は勢い良く飛び乗る。
「へへ~!」
「ちょ、ちょっと!危ないよ長可!!」
「何だよ~、今日は宴会だぜ~、いいじゃんか」
「本当に長可は落ち着きが無いんだから……」
「褒めても俺の分の肉はやらないぜ?」
「いや……褒めてないんだけど……」
ご機嫌な長可に呆れていると、隣でうめが長可を羨ましそうに見ている。
このままだと、うめだけじゃなく他の兄妹達も飛び掛ってくるかもしれない。
五郎は長可を背中に引っ付けたまま席に座ると、長可に告げる。
「長可、皆みたいにちゃんと行儀よくしないと、後で可成さんに報告するぞ」
「親父に知られたら怒られるだろぉ!」
「それが嫌なら、背中から降りて席に着きなさい」
「ちぇ~、利政みたいな事言うなよ~」
「いいから、お兄ちゃんだろ?」
「分かったよ!」
長可は不服そうに席に戻ると、ムスッと腕を組んで顔を背けた。
五郎は苦笑すると、隣に居るうめにも声を掛ける。
「うめちゃんも席に戻ってね」
「うん」
「…………」
うめは五郎に返事をした後、自分の席に戻るかと思ったのだが、五郎の膝の上に座ると嬉しそうに身体を揺らしていた。
仕方ないなぁと頭を撫でようとした時、視線を感じる。
気になって視線を感じる方へ目を向けると、兄妹達がうめを羨ましそうに見て、それから五郎を見ていたのである。
「おーけー、分かった、順番に座っていいから」
仕方が無いと五郎は順番に子供達の相手をする事にした。
とにかく、折角の料理が冷めたら勿体無いと、子供達に食べようと声を掛ける。
五郎の合図に皆もそれぞれ料理に箸を伸ばす、時折おかずを巡って喧嘩しそうになるのを宥めながら様子を見守る。
子供達は入れ代わり立ち代わり五郎の膝に乗ってくる、その上で暴れないように面倒を看る必要がある、正直料理を堪能する暇もない。
「ちょっと、鍋を楽しみにしてたんだけど、そんな暇が無い……!」
長可は下の弟達に猪をどうやって持ち帰ったか自慢話をしているようだが、いつ暴れだすか分からないから一番気をつけなければならないだろう。
しかし五郎には妹達が引っ付いて離れないのだ、五郎は何故か子供にはモテモテである。
「あ、まつちゃんそれは熱いから気をつけて!」
「ふーふー、する?」
「ちょっとふーふーしようね」
「うん!」
「うめちゃんは何を食べたいのかな?」
「……あれ!」
「ほほう……あれは美味しそうな野菜だ」
「ん!ん~!」
「あ~、はいはい、おじさんが取ってあげようね~」
自由気ままな子供の相手は大変である、今は二人の女の子を相手にしているだけでいいが、やんちゃな男の子達が暴れだすと手が付けられない。
まぁ大人の話を聞いていても面白くないのはなんとなく分かるが、このままだと自分だけ美味しい鍋料理を食べ損ねる事になりそうだ。
「おじさま、これあげる!」
「ありがとうまつちゃん……」
五郎は『なんていい子なんだ』と感激して目を潤ませると、まつが差し出した料理を小皿に受け取ろうとする。
しかしまつは首を振ると、一生懸命身体を伸ばして五郎に食べさせようとしているようだ。
「……あ、あ~ん」
「えぃ!」
「ふごっ!あ、あちち!」
「おいしい?」
「お、美味しいよありがとう」
「えへへ」
五郎の返事に満足したのか、まつは嬉しそうに料理を食べ始める。
ホッとした五郎はうめの頭に手を乗せると、ゆっくりと撫でる。
うめはどうやら眠かったらしく、気持ち良さそうに五郎の膝で寝ている。
「うーん、向こうに負けないくらいカオスだな」
可成を含め大人達は、酒が進むのか、顔を赤くしている者が段々増えているようだ。
この様子では、可成に酔い潰される人が出てくるのも時間の問題だろう。
「でも猪鍋なんて初めて食べたけど、豚肉に似てるんだな」
初めて見た猪の肉は赤身が濃いが、思った以上に歯応えも軟らかい。
臭みも特に気にならないし、予想外の美味しさに頬が緩む。
それに味付けも味噌をベースにした濃厚な味わいが満腹感を与えてくれる。
久しぶりにがっつり肉を食べる事が出来た五郎が余韻に浸っていると、成利が隣で五郎を見上げていた。
「どうしたんだい、成利」
「五郎、美味しかった?」
「初めて食べたけど、美味しかったよ」
「それじゃ、これもどうぞ」
「成利はもう食べないのかい?」
「今日は遊んでもらったから、お礼です」
「成利……ありがとう」
成利の頭を撫でるとくすぐったそうに身をよじらせる、そんな成利を微笑ましそうに見守ると、五郎は長可達に視線を向ける。
「全く、相手にしていて飽きない位、賑やかな兄妹達だよ」
嫌々ながら、長可と狩りに行って良かったかなと思う。
勿論、可成も美味しそうに鍋を食べ、酒を飲んでいるようだし、子供達も幸せそうに食べていた。
一つだけ言えるのは、恐らく……いや、猪を狩るのに自分が付き合う必要が全く無いほど長可が強かったという事だろう。
「もう行きたくないけど、もし行く事になったら頑張ろうかな……」
小さな猪なら自分でもなんとか捕まえられそうな気がする。
それに、こんなに子供達が喜ぶなら頑張る価値はあるかもしれない。
どうせ長可の事だ、狩りに付き合わされるのはそう遠くない予感がするのだ。
「でも、熊とかは流石に言い出さないよな……」
長可の性格を考えると、『熊!熊狩ろうぜ!』と言って五郎を引き摺って山に行きそうな可能性も十分ある。
五郎は嫌な想像を振り払うと、まだまだ盛り上がる大人達の賑わいを聞きながら、子供達が疲れて眠るまでお守りをするのであった。
因みに、子供達が寝てしまった後で、可成に朝まで付き合わされて二日酔いになった五郎は、丹羽家に戻った際に揚羽に正座した状態で説教される事になる。
「付き合わされただけなのに……」
「五郎殿!聞いていますか!」
「は、はい!一字一句聞き逃しておりません!」
がっくり項垂れた五郎が解放されたのは、それから数時間後であった。




