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第五十三章~五郎の奮闘~

「丹羽様!丹羽様~!どちらにいらっしゃるのですか~!」

「は、は~い!」

「おぉ、こちらに……」

「それで、俺に何か?」

「可成様を見かけませんでしたか?」

「……またですか?」

「……はい」

「利政殿が居なかったら森家はどうなってたやら」

「いや、自由奔放な方ですが、重要な仕事はキッチリやられる方なので……」

「………………重要な仕事だけですけどね」

「は、ははは…………はぁ」


五郎は森家の家臣で皆の纏め役である二見利政ふたみとしまさと困った表情で話をしていた。

森家で研修のような日々を過ごして数週間、五郎が一番学んだ事は自由人である可成の下で皆を纏める役目を担うのは凄く大変だという事である。

確かに重要な案件はしっかり済ませてからいつの間にか姿が消えるのだが、その他の細かい些事は全て利政が消化しているのであった。


「利政殿がちゃんと御願いすれば、可成さんは聞いてくれるんじゃないんですか?」

「そうかもしれませんね、ですが可成様も色々と考えておられる方なのです、可成様が自由に動けるようお手伝いする事が私の役目でもありますので」

「利政殿……」

「ですが!」

「うわ!」

「あ、失礼しました」

「いえ、それより続きを……」

「ですが、丹羽様には決して真似をして頂かないようお願い致します」

「……可成さんの真似なんてしてたら俺は屋敷からすぐ追い出されます」

「それでもです、是非丹羽様には可成様のよい所だけ学んで欲しいと思っております」

「が、頑張ります」


真剣な表情で五郎に語りかける利政に苦笑しながら頷く。

色々と苦労話を聞いた事はあるが、それでも可成に対する信頼は篤いのだろう。

今でこそ反面教師にするよう話してはいるが、普段は可成が居ない森家を目立たずに支えてきた利政にとって、可成が掛替えの無い存在だと言葉の端々から感じる事が出来た。


「可成さんはいい人を捕まえたなぁ」


五郎がうんうんと頷く、利政は五郎と年齢も近い事もあって森家で話し易い人物なのだ。

その利政がこの森家を取り纏めている事に感嘆する事しか出来ない。

それ以上に可成が有能な部下からここまで慕われている事が驚きでもあり、納得できるような気もした。


「仕方ありませんね、丹羽様……今日も私に付き合って頂けますか?」

「是非、色々教わってますから、どんどんお手伝いさせて下さい」

「ははは、大した事は教えて差し上げれませんが……」

「いやいや、色々学ばせて貰っていますよ」

「それならば良いのですが」


利政が困った顔で笑う、森家の中でも物静かな人なのだ、血気盛んな森家の皆を良く纏めれると五郎は尊敬している。

他には可成の息子の一人、成利も大人しい人物だが、基本的に森家は前田利家のような活発な若者が多いのだ。

特に可成の子供達は……。


「あ!居たぞ~!」

「本当です!」


五郎がしまった!と表情を変えると、後ろを振り向こうとした瞬間に視界が真っ暗になる。


「ふが!」


顔に張り付いた何かを剥がそうともがくが、しっかりと張り付いた何かはびくともしない。


「おい、成利!お前も続け~!」

「嫌です、それより遊べないじゃないですか。早く五郎から離れてください」

「何だと!俺の命令が聞けないのかよ!」

「兄だからと言って命令を聞くつもりはないです」

「生意気な~!」

「…………(ぷいっ)」


ワイワイと騒がしくなった五郎の周囲、その原因である兄弟は五郎に張り付いたまま喧嘩を始めてしまう。

そのままエスカレートするかと思われたが、困り顔の利政が仲裁に入る。


「長可様、成利様。丹羽様が困っておりますよ、まず長可様から丹羽様から降りて下さい」

「むぅ~、利政が言うなら仕方ねーな!」

「…………」

「後、喧嘩は程々に御願いします。この間も壊れた部屋を修繕したばかりです、出来れば暴れるなら庭で御願いします」

「へ~い」

「…………(こく)」


利政のお説教を二人は対照的な態度で大人しく聞いている。

少し不満げな長可と、特に表情を変えず静かに頷いている成利。

この二人は森家当主、森可成の息子達である。

この子達の他に兄弟はまだ居るが、特に五郎に懐いているのは長可と成利であった。


「……様?……丹羽様!」

「あ、はい!」

「今日は申し訳ありませんが、私一人で用事を済ませようと思います。すみませんがお二方の面倒を看て頂けますか?」

「……分かりました」

「申し訳ありません……何せ放っておくと暴れまわってしまいますので……」

「…………ですよね、俺もここでお世話になってすぐ目の当たりにしました」

「はは……元気が良いのは今後が楽しみなのですが」

「お世話は大変ですよねぇ」


しみじみと話し込んでいると、くいくいと裾を引っ張られる。

視線を落とすと、どうやら成利が五郎の裾を引っ張っているようだ。


「どうしたんだい、成利」

「五郎、今日も何処かに行きたい」

「外に?」

「……(こくこく)」


しゃがんで成利に目線を合わせて会話をしていると、背中に圧し掛かってきた長可が文句を言う。


「成利だけずるいぞ!五郎!山で猪でも狩ろうぜ!」

「痛い!髪を引っ張らないで!禿げるから!」

「いいから俺と狩りに行こうぜ~!」


ぐいぐいと髪を引っ張られ、涙目になりながら五郎は長可を宥める。

二人が五郎を取り合うように引っ張るので、五郎はどんどんあられもない姿になっていく。

このまま辱めを受けるのは避けたい五郎は成利を抱えると急いでその場から離脱する。


「利政殿!すみませんが、行きます!」

「お気をつけて~!」


心配そうに手を振って見送ってくれる利政を背に廊下を走る。

この森家ですんなり受け入れられた五郎は唯でさえいじられキャラなのだ、こんな姿を見られたら何て呼ばれるか……。


「うおおおお!」

「お~!結構、速いな!」

「……楽しい」


さっきまでの争いは何処に行ったのか、暢気に会話する兄弟を抱えて走る五郎を見た者達は『今日も丹羽殿は元気だな』と思ったという。

そんな事も露知らず、五郎は自分が森家に泊まる際に使わせて貰っている部屋に駆け込むと二人を降ろす。


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

「大丈夫か?」

「疲れた?」

「ちょ、ちょっと……待ってね……」


息を整えたい五郎は何とか二人に返事をすると、暫く手を着いて四つん這いになった。

その瞬間に背中にずしっと圧力が掛かる。


「ぐぇえええ!」

「行け~!一番槍だ!」

「長可じゃ殺されちゃうだけだと思う」

「ぐぬぬぬぬぅ!」

「走れ~!」

「五郎が震えてる」


兄弟は五郎に圧し掛かると好き勝手に喋っている。

子供とはいえ二人分である、ひ弱な五郎が必死に体制を保っていると成利が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「五郎、辛そう」

「ぐぐぐ」

「…………(ひょい)」


五郎の表情を窺った成利は五郎から降りると、五郎の正面からじっと見つめる。

成利の心遣いにちょっと感動したのも束の間、長可は広くなった五郎の背中で身体を跳ねさせる。


「おらおら~!掛かって来い雑魚共~!」

「ちょ!暴れないで!げふっ」


油断していた所に断続的に加わる重圧に身体がくの字に折れていく。


「根性がないぞ~、どうした~!」

「も、もう無理……」

「あれ?」


バタンと突っ伏した五郎から退いた長可は静かになった五郎を突く。

反応が無くなった五郎を見た長可は、つまらなそうに何かを呟くと一度部屋から出て行った。

部屋に残された五郎だったが、まだ近くに居た成利が布団を敷いて引き摺りながら寝せると、気絶した五郎に添い寝して寝息を立て始める。

五郎が目覚めたのはお昼頃だろうか、お腹に抱きついて寝ている成利が気持ちよさそうにしていたので起こすわけにもいかず、腹が空いた状態で成利が起きるのを我慢するのであった。


「成利はまだ可愛げがあるんだけどなぁ」


優しく頭を撫でると嬉しそうに顔を綻ばせる、その寝顔を見ながら五郎も、もう少しだけ寝る事にした。

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