第五十四章~いざ!狩りへ!~
「おい!起きろ~五郎!」
「ぐえぇ……!」
心地よい眠りに浸っている五郎に突然の衝撃が襲う。
「何時まで寝てるんだ!狩りに行くぜ~狩りに~!」
「ぢょ、ぢょっど……」
「ん?」
五郎に圧し掛かって起こしたのは部屋から出て行ったはずの長可だった。
呻きながらも自分の上から退いてくれる様に必死に伝えようとするが、長可はお構い無しに五郎の上で暴れる。
口から色々なものを噴き出しそうになってきた五郎は口を手で押さえながら身体を起こす。
「うわ!」
五郎が身体を起こした為に転げ落ちた長可は叫び声を上げると、壁に頭をぶつけて痛そうに押さえている。
「長可!だ、大丈夫?」
「こ、これ位なんともないやい!」
「けど、頭にたんこぶが……」
「しゃーーー!」
「触らない!触らないから!威嚇しないで!!」
さすってあげようと手を伸ばした五郎に長可は威嚇して頭を庇う。
流石に噛み付かれたくはないので大人しく手を引っ込めた。
五郎はやれやれと頬を掻くと、横で寝ていた成利の様子を窺う。
どうやら気持ちよく寝入っているのか、先程の騒ぎで起きそうな気配はない。
「それで、長可はどうしたの?」
「そうだった!五郎、狩りに行こうぜ!猪でも仕留めに!」
「い、猪……大丈夫なの?」
「猪くらい簡単だぜ!」
「う~ん……」
大した事ないぜと胸を張る長可を前に腕を組んで考える。
普段から狩りに行っているのか、長可は自信満々だが五郎はそうではない。
素人も素人で更に言えば未だに得物の扱いにも慣れていないのだ、いきなり襲われたら上手く対処できる自信が無い。
野生の獣と話し合いをする訳にもいかないし、出来れば家で遊ぶように説得を……。
「長可、やっぱり今日は……」
「ん~?」
「利政殿が忙しい時に手伝わないといけないから、家で遊ぼう?ね?」
「……ふん!成利には構って、俺の相手はしてくれないんだな!」
五郎がやんわり猪狩りを断ろうとしたので長可は拗ねてしまったのか顔を背ける。
まだまだ歳相応の可愛げがあるのはいいのだが、ここで折れてしまうとドキドキハラハラの狩りが始まってしまう。
五郎は困った顔でなんとか長可の機嫌を取ろうと試みてみたのだが。
「五郎の馬~鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!けっ!」
「長可~……」
「五郎が一緒に狩りに行ってくれなきゃ、今日はずっと屋敷の中で暴れてやる!」
「えぇ……そんな事したら利政殿が卒倒しちゃうよ~」
「知るもんかい!五郎が成利ばかり相手にするからだ!」
「い、いや別に成利ばかり構ってるわけじゃ」
「ふ~んだ!」
膨れっ面で五郎を睨む長可は微笑ましいのだが、まだ小さいとはいえ『あの森可成』の息子である、幼い頃からの鍛錬や指導のお陰か既に五郎よりも強いのだ。
実際、森家に世話になってから何度か鍛錬相手を務めたのだが、見事に気絶させられたのである。
そんな長可が暴れたら、屋敷が壊れないはずが無い。
「御願いだから、暴れるのは止めよう?ね?」
「……(ぷいっ)」
「この前も利政殿が長可と成利の喧嘩で壊れた屋敷の修繕で頭を悩ませてたんだよ?それに可成さんに怒られたでしょう?」
「…………」
「長可……」
頑固な長可は中々機嫌を直してくれそうに無い、五郎は大きな溜息をつくと肩をがっくり落として長可に告げた。
「分かった!分かりました!……付き合います、付き合えばいいんでしょ!」
「……本当か?」
「本当だよ、その代わり勝手に他所に行かないようにね」
「任せておけって!」
「不安だなぁ」
長可が胸を張ってドンと叩くが、五郎には嫌な予感しかしなかった。
しかしこんなに嬉しそうな長可の顔を見ると『しょうがないなぁ』と思ってしまう。
何だかんだで五郎に逸早く懐いてくれているのだ、森家に馴染んだ切っ掛けを作ってくれた存在とも言えるだろう。
「はぁ、猪突猛進な所をもう少し抑えてくれればな……」
五郎が初めて長可を見たときに感じたのは、『このまま大きくなったら利家殿みたいになるんじゃ』という危惧だった。
一人でも大変なのに二人に増えたらと思うだけで五郎の胃が痛くなる。
せめて成利までとは言わないが、もう少し落ち着いてくれれば将来が物凄く楽しみなのだが……。
「五郎!早く!」
「はいはい……って、それ!可成さんの槍でしょ!?何時の間に持ってきたの……」
「何言ってるんだよ、親父の槍と一緒にすんなよ~」
「え?」
「よく見ろよ~、格好良い銘が彫ってあるだろ?」
「え、え~っと『人間無骨』?」
「どうだ、格好いいだろう!之定の打った槍なんだぜ!」
長可が五郎に大身の槍を見せつけるように差し出すと、確かに可成の槍に似ているが少し違うようだ。
しかし一番恐ろしいのは長可がこの槍を軽々と持っている事である、まだまだ育ち盛りの長可が現時点でこの人間無骨を振り回せるのだ。
これから成長したら一体どんな化け物になるやら、五郎は荒っぽく猪突猛進な性格のまま大きくならない事を祈るしかない。
「之定って凄い人なのかい?」
「何言ってんだよ~、名匠と呼ばれている人だぜ~?」
「あはは、可成さんにも言ったけど、俺はその辺り全然知らなくて」
「ふーん、でも戦に出るなら五郎も名匠の得物を使ったほうがいいぜ」
「名匠か~、でもまだまだ得物の扱いが下手だから譲り受けた刀だけで十分だよ」
「ならいいや」
「あはは……」
話に飽きたのか長可は人間無骨を見ながら機嫌良さそうに部屋から出る。
五郎は静かに襖を閉めながら長可の後に続いて出て行った。
それから通りかかった小姓人に握飯と水筒を頼むと、庭で槍を振り回しながら今にも山へ駆け出しそうな長可を眺める。
可成が息子の中で一番やんちゃな奴だと笑うだけあってその動きは洗練されている。
きっとあの利家ともいい勝負が出来るだろうなと槍捌きを見て思わされる。
「性格も結構近いし、きっと気が合うんだろうなぁ」
五郎は二人が意気投合して自分にちょっかいを掛けてくる事を想像して急いで頭を振る。
自分の精神衛生の為にも二人を極力会わせない様にしようと決意するのであった。
暫くすると小姓人が二人分の食料を持ってきてくれたのでお礼を言って長可に声を掛ける。
「長可!ほら、握飯と水筒取りにおいで」
「やっと来たのか」
「いや、いきなり言ったのに感謝しようよ」
「へいへい、それより早く行こうぜ!日が暮れちまう」
「そうだね、出来れば夜になる前に帰りたいし」
長可に急かされるように屋敷を後にする、二人は近くの山にのんびり徒歩で向かう。
五郎はまだこの辺りの地理に詳しくない為、長可の後を付いて行くしかない。
どうせ数時間もしない内に飽きるだろうと暢気に考えながら目的の山まで景色を楽しみながら歩き続けるのであった。
「今日はでっかい猪を仕留めて鍋にしようぜ!」
長可は楽しそうに五郎に話しかけてくる。
五郎が一緒に行くと決めてから長可の機嫌は分かり易いほど良い。
苦笑しながら相槌を打つが、ふと考えると仕留めた猪はどうやって持ち帰る気なのだろうか。
「長可、もし猪を仕留めたら……どうやって持ち帰るんだい?」
「どうやって?抱えていけばいいじゃん」
「誰が?」
五郎の問いに長可は自身と五郎を指差す。
その動作に一瞬呆然とする、まさかこの子は仕留めた猪を二人で運ぶと言うつもりなのだろうか。
「いや、猪ほどの大きさを二人で抱えれないでしょ?」
「え?」
「……え?」
「五郎、猪くらい持てないの?」
「無理だよ!!」
全力で突っ込むと長可はしょうがないなぁと言いたげな顔をする、それから五郎に一言。
「成利にも負けてたし、そんな弱っちくてよく今まで生きてこれたな」
「ぐはっ!」
遠慮の無い言葉に傷ついていると、長可は顔を手で覆って悲しむ五郎に寄って来ると。
「へへ、大丈夫大丈夫!暫く家に遊びに来るんだろ?俺が鍛えてやるよ!」
「うぅ……遊びじゃなくて、一応仕事……」
「どうせいつも利政の後に付いて回るだけだろぉ?」
「はうっ!」
山に付くまでの間、こんな調子で長可に弄られ続ける五郎であった。




