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第五十五章~迷子~

「森は静かだなぁ……」


そよ風に吹かれて木々がなびく、そんな穏やかな風景に囲まれて五郎は静かに寝転んでいた。

森林浴をしているかのようなリラックス気分を味わいながら数十分。

空には美味しそうなボリューム感のある雲が悠々と揺蕩っている、このまま眺めていると気持ちよさに眠くなりそうだ。


「いやぁ、まさかこんな事になるなんて」


遠い目をしながら今の状況までの経緯を思い返してみる。

そもそも一緒に来たはずの長可が何時の間に居なくなったのだろうか、確かに山に入る前は居たはずなのだが。

ちょっと目を放した隙に影も形も無かったのである。

先に進んだのかもしれないと気をつけながら奥へと進んだのだが……。


「あれほど勝手に離れないでって言ったのに……」


開幕から危惧していた事が起きたのである。

しかも適当に進んだせいで絶好の昼寝ポイントを見つけた代償に全く現在位置が分からない。

つまり…………迷子になったのである。


「やっぱりこうなるんだよね!知ってた!だから来たくなかったんだあああああ!」


空に向かって一頻り叫ぶと、また寝転んで大の字になる。

心配なのは長可ではなく自分自身である、正直なところ自分より遥かに強いのだ。

並大抵の事じゃ怪我もしないのではないだろうか。


「それに比べて……俺はどうしたら」


得物はあるが果たして凶暴な野生動物に遭った時に対処できるのか、とても不安である。

自分が軟弱なのは自覚しているのだ、だからこそ猪狩りなんて無茶な事はしたくなかったのだ。

だが、あそこまで長可に強請られては面倒見のいい五郎としては断れない。


「その結果がこれだけど……」


やはり無理にでも狩りは止めた方が良かったのかもしれない、主に自分の為にだが。

何だかんだで利家は五郎の意見に耳を貸してくれるので手綱を握りやすいのだが、まだまだ遊び盛り、動きたい盛りの長可にはそれが通用しない。


「はぁ……どうしよう」


空を眺めながら溜息をつくと、五郎はこれからどうするか考えるのであった。




「いねぇな~」


その頃、長可は一人で山の中を走り回っていた。

五郎と山に入ってからすぐの事だ、獲物になりそうな影を見た瞬間一直線に突撃したのである。

逃げる影を追いかけて走り続けたが結局見失ったのだ。


「そうだ、五郎は何処だろう」


辺りを見回すが五郎の姿は無い、てっきり自分の後を追いかけて来ていると思っていたが、どうやら違ったようだ。


「しょうがない奴だなぁ~」


自分の事を棚に上げてやれやれと顔を左右に振ると長可は五郎を探すか獲物を探すか迷う。

本来の長可ならば迷わず獲物を探すのだが、そもそも五郎を気に入って一緒に色々したく無理に誘ったのだ。


「まだこの辺詳しくないって言ってたし、俺が居ないと迷子になって何かに襲われるそうだし」


獲物より五郎を探す事を優先しようと決めた長可は森の中を縦横無尽に駆け回りながらついでに獲物が居ないか気配を探る事にした。




一方、五郎は軽く転寝していた、心地よさについ夢の国へと入国していたのである。

本来、昼寝や転寝が趣味と言えるほど好きなのだ、こんな絶好の環境で眠くならないはずが無かった。


「はっ!危ない危ない……余りの気持ちよさに熟睡するところだった」


比較的周囲を警戒しやすい場所とはいえ、流石にこの場所で寝るのは勇気が要りそうだが、それが出来るようになったという事は五郎がこの世界に慣れてきた証拠かもしれない。

悲しきかな、妙な所だけは段々逞しくなっているようだ。

五郎は取り敢えず身体を起こすと、軽く身体を伸ばす。

何時までもこうやってのんびりしていると本当に日が暮れるまで寝てしまいそうだ。


「だけど、あんまり動くと余計に迷いそうなんだよなぁ」


唯でさえ山に慣れてもいないのに、初めての山の中で動き回るのは得策ではないだろう。

せめて人が通っていそうな道らしき所があればいいのだが、どうやらそう上手くはいかないようだ。


「ま、幸い近くに熊とか居そうにないし、のんびりするか」


そもそも今日は利政に付いて色々と皆を纏めるにはどうするればよいか、そして当主として何が必要となっていくのか可成のやっている仕事ぶりを聞いて勉強する予定だったのだ。

ここ数日、五郎が見る限り可成は利政と自分の息子である長男・可隆よしたかに留守を任せて何処かに出かけている事が多い。

利政に聞いた話によれば、遊びに出かけているわけではなく、ちゃんとした政務をこなしているとの事。


「如何にも戦が俺の生きる場所!って人なんだけどなぁ」


桶狭間でも森家を率いて大暴れしていたと聞かされている。

五郎の前で見せる顔の殆どは酒を飲んでご機嫌な顔か、信長の様に何か面白い事を思いついた時に見せる悪戯っ子のような顔ばかり。

唯一、可成を恐ろしいと思ったのは揚羽の立会いで対峙した時だけである。

得体の知れない寒気を感じながら必死に震える手足を動かそうとした記憶がある。


「……長可からも偶に同じ雰囲気を感じるんだよねぇ」


血は争えないのだろう、鍛錬で垣間見せる表情や雰囲気はとても良く似ている。

きっと可成が小さな頃は長可のようなやんちゃな子供だったのではないかと五郎は推察している。

ただ悪戯好きというか、自分を見つける度に悪い笑みを浮かべて近づいてくるのはやめて欲しいものだ。


「でも、成利や他の兄妹達は意外と大人しいんだよな」


可成は意外な事に子沢山だった、可隆・長可・成利以外にも弟や妹が三人ずつ居るのだ。

既に五郎は顔を合わせているのだが、何時如何なる時も五郎に飛び掛ってくるのは長可だけである。

勿論、相手をするのが嫌じゃないのだが、兄弟の中で飛びぬけて武芸に明るい長可の奇襲は時に生命の危険を感じる時があるのだ。


「気をつけないと、刃物が襲ってくるんだよな……」


何度か、長可が振り回す刀が目の前を掠めて気絶しかけた事もあった。

そのやんちゃ振りは事欠かないほどある、そこが長可の魅力なのかもしれないのだが。

森家の皆は『今日も長可様は元気だ』と笑っているが、そのパワーの矛先が自分に来ると思うと偶に逃げたくなるときもある。

もうちょっと成利みたいに思慮深くなってくれれば、五郎も安心して相手をする事が出来るのだが。


「きっと、無理なんだろうなぁ」


今回の狩りといい、一度言い出したら此方の言う事を聞くことが殆どない。

もし、少しだけでも耳を傾けてくれたら……今頃屋敷でのんびり出来たかもしれないが。

五郎は大きく溜息をついてから、目を閉じて心地よいそよ風を感じていると。


「ん?音?」


ガサガサ!と何かが茂みを動くような音が聞こえて身構える。

いつでも逃げれる準備を完了すると、何処から聞こえてくるか集中する。

まだそんなに近くないようだが、油断をすると何が起こるかわからない。

この山には凶暴な熊が出ると聞いていたし、猪の可能性もある。

もし相手に出来ない存在と遭遇した場合を想定して、逃走ルートを考えて警戒していると、目の前の茂みが大きな音を立てながら揺れ動く。


「……ごくり」


唾を飲み込んで茂みを見つめていると、茂みから何かが飛び出して来た。


「!?」


咄嗟に小太刀を抜いて後ろに下がる、後ろを見て逃げ出せる体勢を作りながらその何かを確認すると。


「長可!」

「あ、五郎じゃん。こんなとこに居たのか」

「……長可が居なくなるから探して、迷ったんだよ」

「ちゃんと付いてこないからだぜ」

「気づく前に居なくなったらどうしようもないよ」

「へへ!ごめんよ!」

「でも、良かった。このままじゃどっちに進めば帰れるのかも分からなかったから」

「それより猪は?」

「いや、見てないよ?」

「おかしいなぁ、こっちに来たと思ったんだけど」


長可はおかしいなぁと首を傾げる、どうやら猪らしき影を追ってここまで来たらしいが……。


「結構ここに居たけど、何も見なかったけどなぁ」

「むぅ」

「まぁまぁ……とにかく合流出来たんだし、ご飯にしよう?」

「……分かった」

「長可もお腹空いたでしょ?さ、こっちに座りなよ」


長可はぶつぶつと呟きながら五郎の隣に座る、苦笑しながら包んでもらった握飯を開いて渡す。


「ほら、そっちも俺が開いてあげるから、先にこっちを食べな」

「ありがと!」

「うんうん、ご飯になるといい子になるよね……」


五郎の声も既に聞こえていないのか長可は美味しそうに握飯を食べ始める。

走り回ってお腹が空いたのだろう、あっという間に握飯が長可の口の中に消えていった。

長可は物足りなさそうに五郎の握飯に視線を向ける。


「食べるかい?」


苦笑しながら聞いた五郎に勢いよく頷くと、差し出された握飯を頬張っている。

まだまだ子供な所があるから、邪険に出来ないんだよなぁと微笑ましく見守りながら食事を続けるのであった。

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