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第五十二章~森家、訪問~

「ふぅ~、緊張するなぁ……」


岡崎の一件から既に2ヶ月は経っただろうか、思った以上に事が進まないのか、それとも時間をかけて交渉しているのかわからないが……五郎は暇だった。


「少しって言ったのに、いつまで揚羽殿に冷たい目でみられる生活を続けろって言うんだ」


勿論、勉強や鍛錬はそれなりにやっているが、家人の皆が汗水たらして働いている中で一人ぼへ~っとするのは流石の五郎でも心苦しい。

何か手伝おうとすると『旦那様はゆっくりしていてくだせぇ』と断られるのである。

このままでは本当に揚羽に屋敷から叩き出されると思った五郎は、何度も信長に嘆願した結果……。


「それにしても、ここが可成さんの屋敷か~」


そう、五郎は信長の命によって森可成の屋敷に来ているのである。

信長も色々考えてはみたが、妙案が浮かばず困り果てた挙句に森家で暫く面倒を看てもらおうと考えたのだ。


「よし、入ろう」


五郎は深呼吸をして気合を入れると、大きな声で声をかけると誰かが出てくるのをジッと待つのであった。

暫くすると、小姓人らしき人物の案内で屋敷の中に入る、それから屋敷内の一室に連れて行かれる。


「丹羽様、此方で旦那様がお待ちで御座います」

「あ、はい」

「では、私はこれで失礼致します」

「ありがと~」


案内を終えた小姓人は五郎のお礼の言葉に微笑んだ後、お辞儀をして去ってしまった。

五郎は小姓人の姿が見えなくなるまで見送って襖越しに声を掛ける。


「丹羽長秀です、入っても宜しいですか?」


五郎が緊張しながら尋ねると、気だるそうな声が返ってくる。


「おう、長秀か。さっさと入って来い」


家主の許可にそっと襖を開けて入ると、そこには寝転がっている可成が欠伸をしていた。

その姿に一瞬目を見開いた五郎だったが、一つ咳をして可成の前まで歩いて座る。

それからゆっくり頭を下げると、可成に向かって告げた。


「可成殿、丹羽長秀……信長様の命によって与力としてお世話になります」

「あ~、はいはい。儂は構わんぞ、適当にやってくれ」

「…………あ、あの~」

「ん?」

「こんな適当でいいんでしょうか……」

「どうせ誰も見ておらん、殿の前ならまだしもお前と儂しか居らんのだ、気にするでない」

「は、はぁ……」


可成はそこまで話して身体を起こすと、五郎に眠そうな目を向ける。


「で、今日はそれだけ言いに来たのか?」

「え~っと、それもありますけど……何かやる事はないかなと」

「……ははぁ~、長秀、お前揚羽に色々言われてるんだな?」

「うっ……!」

「気にせず堂々としてりゃいいんだよ、お前が当主なんだ」

「あ、あはは」

「俺なんて息子達に任せてるから、戦以外は退屈で死にそうだ」

「息子さんですか」

「おう、そういや紹介した事無かったな」

「そうですね、今初めて聞きました」


可成は五郎の言葉に考え込むと、顎をさすりながらうんうんと唸っている。


「どうしたんです?」

「いや、丁度あいつらは出払っちまってるから、どうしようかと思ってな」

「なるほど……」

「まぁいいか、いずれ会うだろ」


可成はかっかっかと笑うと、五郎の肩をバンバンと叩く。

それから小姓人を呼ぶと、酒とつまみを持ってくるように頼むと再び身体を横たえる。


「長秀、折角来たんだゆっくりしていけ」

「は、はい」


五郎は可成の言葉に頭を下げると、緊張していた身体の力を抜く。

それから五郎も足を崩すと、ぼけ~っと部屋の中を見渡す。

特に目新しいものは無いが、可成の背中には立派な槍が置いてある。

五郎がジッと槍に視線を向けていると、可成が声を掛けてきた。


「どうした、俺の槍が気になるのか?」

「可成さ……可成殿は」

「堅苦しいのはいらん、殿やら様やら痒くなるからつけるでない」

「こほん、可成さんは槍を使われるんですか?」

「…………」

「…………」


五郎の問いに黙り込む可成を見て五郎は地雷を踏んだのかと息を呑む。

暫くドキドキしながら可成の動向を窺っていると、気のせいか可成の身体が僅かに震えているように見える。

見間違いかと思ってよ~く見ようとした瞬間、可成は大声で笑い始める。


「あっはっは!そうか、戦場で俺を見た事が無いのか!」

「は、はい……桶狭間ではそんな余裕が無かったので……」

「俺は槍の扱いには自信がある、攻めの三左と言ったら儂の事よ」

「てっきり、槍じゃなくて刀かと思ってました」


五郎は可成と初めて対峙した時のイメージが強すぎて、刀を持つイメージしか頭に無かった。


「そういや、立会いで会った時は刀だったな」

「はい」

「まぁ、幾ら儂でも女子供相手に本気を出すわけにはいかん」

「可成さんも一応気を遣うんですね……」


五郎が感心していると、可成は槍を手にとって五郎に差し出す。

恐る恐る槍を手に取ろうとすると、可成が急に手を離す。

支えを失った槍は五郎の手にドン!と落ちてくると、そのまま持ちきれずに畳に腕ごと叩きつけられる。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです……」

「まだまだ鍛錬不足だな、そろそろこれ位持てると思ったが」

「これ位って……確かに長秀さんに持たされた槍はもう少し短かったですけど……」

「どうせ直槍だろ?それに鍛錬用に用意したんじゃ二間半柄位しかないんじゃねぇのか?」

「それでも持てなかったんですっ!」

「しょうがない奴だな、暫く槍の扱いも鍛えてやるとするか」


五郎が初めて持った槍は穂先を含め5m程の槍である、可成の槍は穂先が十文字になっており、五郎が初めて持たされた槍とは造りが違うのか不思議な感覚がする。


「ん?どうした」

「いえ、立派な槍だなぁ……っと、うぅ~ん!」

「お、頑張って上げてみろ、立てるなよ」

「ぬぬぬぬ!」

「気をつけろよ、部屋を壊したら怒られるのは儂だからな」

「はぁ、はぁ……気をつけます……」

「切れ味もいいからな、しっかり持たんと手がスパッと飛ぶぞ」

「…………そんなに凄いんですか?」

「名刀匠兼定の作品だ、知らんのか?」

「兼定……いえ、全くその方面に疎くてさっぱり分からなくて」

「本当に面白い奴だな、その内色々教えてやる必要がありそうだな」


可成は情けない声を上げる五郎からヒョイっと片手で槍を取ると、軽々と元の場所に戻す。

それから大きな欠伸を一つすると、酒が来ないなと口から漏らす。

その様子を眺めていた五郎はこれからどうしようか考える。

のんびりすると言ってもこのまま可成とだら~っとして帰ったら揚羽にどう説明すればいいやら。

五郎が腕組をしたまま考え込んでいると、可成の待ち望んでいた酒とつまみが届く。


「きたか、よ~し、飲むぞ!」


可成は杯に酒を注ぐと一気に呷る、それから五郎の前にドン!と酒を置くと告げた。


「おし、今日は祝いだ!お前も鱈腹飲め!」

「え!俺もですか!」

「当たり前だろう、どうせ今日は暇なんだろう?」

「だから何かする事を……」

「なら、儂に付き合って酒を飲む仕事をやろう!」

「えぇ~……」

「言っておくが、儂が許すまで帰さんからな?」


可成の恐ろしい一言に一瞬意識が飛ぶ、ハッと気づいたときには並々と酒が注がれた杯を持たされていた。

どうしようかと視線を彷徨わせる、何か理由を作って帰ろうかと思っていると。

目の前に居たはずの可成がいつの間にか五郎の肩に手を回している。


「可成さん!いつの間に横に……」

「さぁ、グイッといけ!さぁ!」

「……ハイ」


可成の圧力に負けた五郎は深呼吸をしてから杯の注がれた酒を呷る。

『げぷっ』と月賦をすると、お腹をさする。

五郎の飲みっぷりを見た可成は満足そうに頷くと、物凄い勢いで酒を飲み始めた。

五郎が冷や汗を垂らしながらその様子を見ていると、可成が『お前も飲め』とジェスチャーしてくる。


「はぁ……帰ったら揚羽殿に何て言われるか……」

「儂に付き合ったと言えばいいだろう!がっはっは!」

「うぅ……胃が痛いよぉ」

「いいから飲め!飲めばそんな事気にならなくなる!」


五郎の肩をバシバシと叩きながら可成はご機嫌な様子で笑う、酒が入って機嫌が良くなるのはいいのだが、五郎の肩は力の入った打撃によって地味にダメージを受けている。


「痛い!可成さん!痛いです!!」

「がっはっは!飲め飲め~!」

「駄目だ!この人聞いてない!!」


五郎の言葉に耳を貸すどころか、五郎にドンドン酒を飲ませようと迫ってくる。


「今日、屋敷に帰れるのかな……」


五郎が諦めに似た境地で背中を丸めていると、可成は家人を数人呼んで酒盛りを続けるのであった。

結局五郎はその日、森家に泊まり見事に二日酔いになってしまう。

勿論、屋敷に戻ると修羅と化した揚羽にお仕置きされる事になるのであった。

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