第三十六章~生き残りをかけて、強敵出現~
五郎が新しい挑戦者を倒した時、五郎の隣に座った男は五郎の肩に手を回すと愉快そうに笑った。
「頑張るじゃないか、長秀~。儂も混ぜろ、いいだろ?」
「勿論いいですよ~、可成殿も沢山飲みましょう!」
「よし、お前等、どうせ一対一でも勝てるかわからんのだ数人で掛かって来い」
可成の言葉に躊躇する挑戦者達であったが、このままでは全滅しかねないと五郎の前に数人で座り込むと勝負を挑んだ。
五郎がにお酌をすると、可成も盃を差し出す。
「長秀、お前の初陣に乾杯だ!」
「ありがとうございます、乾杯!」
挑戦者達も釣られる様に乾杯すると、五郎の様子を窺いながら酒を飲み始める。
「うめぇな!やっぱ大勢で飲む酒は一味違う!」
「そうですねぇ、俺もこんなに沢山の人と飲む事なんて初めてで、これほど楽しいと思いませんでした、ははは」
「「「「…………」」」」
談笑しながらグイグイ飲み続ける二人を見ると、挑戦者達は赤ら顔を歪ませる。
可成はまだしも、あれ程の相手と飲み比べたはずの五郎が全く変わらないのだ、しかし皆も意地がある少なくとも隣のライバルより先に潰れるわけにはいかないのだ。
その様子を見ながらにやにやする可成は、五郎の状態を確認しながらお酌し始めた。
「根性見せろ、儂の注いだ酒が飲めないなんて言わないよな?ん?」
「おっとっと……すみません可成殿、俺もお返しを」
「気にするな、いいからどんどん飲め、お前らもだ」
「は、はい!」
「あ、ありがたき幸せ……」
可成自らがお酌してくれた事に萎縮する、逆に言えば可成のお酌で潰れるわけにはいかないのだ、意地の見せ所である。
「可成殿は当然だが、丹羽殿がここまでの男とは……!」
「このままでは此方が持たんぞ」
「しかし、丹羽殿は平然と飲んでいるぞ、打つ手がない」
五郎はペースを衰えさせずに飲み続けているのだ、それに比べて自分達は一杯飲み干す度に辛くなっている、限界が近いのだ。
お互い出し抜く腹積もりだが、まず五郎を追い詰めねばそれも叶わないだろう。
「~♪~~♪」
上機嫌で鼻歌を歌う五郎をちらりと窺う、五郎は可成の肩を抱きながらお酌していではないか。
「無礼講とはいえ、なんという度胸」
「可成殿にあそこまで馴れ馴れしく接するとは恐るべし……」
「見てる此方が恐ろしいぞ!」
ごくりと唾を飲み込むと挑戦者達は意を決して盃に手を伸ばす。
既に飲み終えている目の前の二人はじっと見守っている。
「うっ……やはり、無理だ!」
一人が口を押さえてふらふらと立ち上がろうとするが、可成がその手を掴まえると邪悪な笑みを浮かべて座らせる。
無理無理と首を振る男の口に盃から酒を流し込むと、仰向けに倒れこんでしまう。
「敵前逃亡は、許さんぞぉ~、わっはっは」
可成はにたりと笑っているが目が本気にしか見えない、仲間の犠牲によって退路を断たれた挑戦者は必死に飲み干そうとしたが、結局一人、二人と続けて倒れこんでしまうのであった。
成政は盛り上がる会場の声を聞きながら利家を引き摺ると席に戻る。
「全く強そうに見えないんですがね~、利家、起きろ」
成政は皆と同じように五郎の酒豪っぷりに驚きながら利家を起こそうと声をかける。
利家はすっかり夢の中なのだろう、暴れているのか時折雄叫びをあげながら腕を振り回している。
普通に声をかけるだけでは無理だと悟った成政は、利家の後頭部に照準を合わせると扇子の柄を叩きつけた。
カーン!と心地よい音を響かせると後頭部を抑えた利家はのた打ち回る、暫く転がりまわった後に頭を上げると成政に気づいて吼える。
「いってぇ!成政、てめぇなにしやがる!」
「いつまでも寝てるからだ、全く相手に合わせず調子にのって飲み続けるから潰されるんだよ。いつもそれで一益に負けている癖に学習しろ」
「はんっ!小細工なんかいらねぇ、相手が潰れるまで潰れなきゃいいんだよ!」
「――――本当にお前は馬鹿だな」
「なにぃ!?」
呆れたように頭を振る成政にカチンときた利家は睨みつけ、成政に掴みかかろうと手を伸ばす。
「そんなフラフラな状態でまともに喧嘩も出来ないだろ……そろそろ勝家さんが動くぞ、後片付けを手伝え」
成政の言葉にピタっと手を止めると、利家は五郎に視線を向ける。
「五郎はまだ頑張っているのか、意外だぜ」
「変な人だな、あの見た目だけだ、一人か二人で潰れると思っていた」
「面白い奴だから俺は気に入ってるぜ……それにしても勝家さんが動くのか、巻き込まれないようにもうちょっと離れようぜ」
「大丈夫だと思うが、可成殿もおられるし――巻き込まれるのは長秀殿の周囲までだろう」
「後始末、大変そうだな」
「いつもの事だ」
成政の言葉に利家はうんうんと頷くと、身体を伸ばして肩を回す。
それから近くにある食事をつまみながら勝負の行方を見守る事にした。
「勝家さん、きっと五郎を逃がさないだろうなぁ……可哀想に」
この後の地獄絵図を頭に浮かべる利家であった。
可成と五郎が一緒に飲み始めて数十分、挑戦者はあと僅かになっていた。
五郎は顔色が赤みを増し、流石にきつくなってきたのかたぷたぷになってきた御腹をさすっている。
挑戦者達は今こそ!と息巻くが、そこに真のボスが現れる。
「さて、そろそろ俺も混ぜてもらうぞ?」
静かに酒を飲んでいた柴田勝家である、最初から勝家と宴を楽しんでいた者の記憶によれば……ここまで全くペースを変えず酒を飲んでいたはずだった。
しかしその顔は普段と変わらない、薄っすらとも赤くなっていないのだ。
部下の間では鬼柴田は酒の席でも鬼だと恐れられている、勝家が潰れた所を見た者が一人として居ないのである。
「もう数も少ない、そろそろ皆で生き残りをかけて飲むとしようか」
「そうだな、このままじゃ夜が明けちまう」
勝家の提案に可成は賛成すると、五郎を中心に円形状に座らせる。
観客にお酌を頼むと、順番にルールを説明する。
1、酒は一気に飲み干す
2、少しでも酒を零したら失格とする
3、棄権は認めない、潰れるまで飲み続ける事
可成の説明に一同はしっかり頷くと、各々が気合を入れて目の前の盃を見つめる。
準備が出来た事を確認すると、可成は信長に合図を頼んだ。
「よいか!勝負に勝つという事は生き残る事が全て!ここからが正念場よ!」
信長の発破に野太い声が響く、最後まで残った武士達を見回すと号令をかける。
「最後の大勝負だ、始めよ!」
信長の合図に観客の盛り上がりは最高潮に達する。
しかし当事者達はそれぞれ真剣な面持ちで酒を飲み始めた。
まずは平行線、誰も脱落する事もなく一杯、二杯と飲み干していく。
序盤は誰もが一定のペースで飲み干しており、そのまま順調に勝負は続いていった。
問題は回を重ねるたびに蓄積されるその酒量である。
これまで相当の酒を飲んできた彼等にとって、一気飲みのルールは後半になればなるほど辛いものになる。
「うっ!げほっ!」
「失格!!」
「む、無念……」
許容量を超え、酒を零し始める脱落者がぽつぽつ増え始めたのだ。
そんな中、実は五郎も大分参っていた。
「お腹がきつい……」
どれだけの酒を飲んだか既に五郎はわからなくなっていた、ただ勧められるがままに飲み続けていたのだ。
気を散らそうと隣の一益に目を向けると、一益は眠そうな目をふらふらと彷徨わせている。
今度は逆隣に居る可成を見る、若干顔を赤らめているが体中から闘志を溢れさせている可成はまだまだ元気そうだ。
折角ここまで残ったのだ、五郎も負けたくない気持ちが生まれていた。
「よーし、まだまだ頑張るか」
気合を入れなおすと五郎は盃に手を伸ばす。
勝負は終盤へ、生き残るのは一体誰になるのか……観衆達が固唾を飲んで見守る中、男達の戦いは続く。




