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第三十五章~酒の陣、総大将五郎の戦い~

突然開始された酒飲みの戦に、五郎はフラフラながらも生き残っていた。

しかし真っ赤に茹で上がった顔はもう一息で潰れそうにも見える……見えるのだが。


「中々頑張るな」


勝家は感心すると、五郎の前で返り討ちになって潰れた敗者を眺める。

利家という門番をすり抜けて挑戦して来た者はおよそ6人程、確かに五郎が来る前からそれなりに飲んでいた者達だがまさか五郎に潰されるとは。

挑戦者達は五郎の様子を見ると目を光らせ勝負を急いだ、その結果自滅気味に潰れていったのである。


「おい、五郎?大丈夫か?」

「あい!大丈夫です!私はまだまだ若い者には負けません!」

「そうか、ほれ……水でもいるか?」

「水ぅ?はっはっは、勝家さん~水じゃなくて酒です酒!酒をくださいよ~」


急にテンションを上げた五郎をまじまじ見ると、勝家は頭を掻いた。

(五郎の奴、酔ってからしぶとい奴だったか……)

見た目にはもう少しで倒れそうだが、これは手強い……いや、暴走しなければいいがと思いながら五郎に酒と嘘をついて水を渡す。


「んぐっ!んぐっ!」


勝家から貰った水を一気飲みする五郎は凄く気分が良かった、頭の中がふわふわしているし、身体はぽかぽかと暖かい。


「今の俺は負ける気がしないぜぇ~」


ビクついていた五郎はすっかり出来上がり、むしろ誰でもウェルカムな状態になっていた。酒の力は偉大である。

気が大きくなった五郎はそわそわと挑戦者が現れるのを待っているようだ。


「長秀殿、料理でも食べてのんびりしましょう……ヒック」

「おぉ!一益殿!ようこそ、ささっ、こちらに!」

「……失礼します」

「いやー料理も美味しいし、酒も美味しい!宴会は最高ですね!」

「……(コクコク)」


いつの間にか横に立っていた一益を座らせると、五郎はお酌する。

一益は静かに盃を飲み干すと、五郎に返盃する。

穏やかに酒を酌み交わしていると利家から文句が聞こえてくる。


「五郎!一益!俺が頑張っているのにのんびり酌み交わしてるんじゃねぇよ!」

「ははは、一益殿見て下さい。利家殿が顔を赤くして何か言ってますよ」

「……犬はよく吼える、気にしなくていいのれす」

「て、てめぇら……!」


あいつら仲いいなーと勝家がのんびりしていると可成が隣にドカっと腰を下ろした。


「あいつら楽しそうだな」

「可成殿も混ざったらどうです?」

「儂が混ざったら終わっちまうだろうが、折角面白そうな事になってるのに勿体無かろう?」


苦笑する勝家ににやっと笑いかけると、可成は特注なのだろうか、皆より一際大きい盃に酒を注いで呷る。

あっという間に飲み干し口を拭うと、勝家に尋ねる。


「で、長秀はどれ位持ちそうだ?」

「一益と似て酔ってからが強いようです、意外と生き残るかもしれません」

「ほーう、どうでもいいが無礼講なんだ、敬語をやめんか?」

「……」

「ほれほーれ、お前はそんな殊勝な男じゃなかろう?鬼秀が亡くなってから大人しくなりおって」

「――はぁ」

「儂の前で堂々と溜息つきおって、第一、今更敬語なぞ気持ち悪いぞ」


可成も大分出来上がっているなと勝家は適度に相槌を打つ事にすると。

段々増える観客と酒飲み達を見回す、どうやら反対派だった一部の者達も混ざっているようだ。

勝家は信長に視線を向けると、勝家に気づいた信長は邪悪な笑みを浮かべた。


「信長様の狙いはそこか」

「かかか、利家も反対派の者を五郎に少しずつ通してたみたいだからな」

「立会いよりは穏便……か」

「大丈夫だ、侮っていた相手に殿の前で数人潰されたんだ、認めざるを得まい」


可成は目を細めて五郎を見ると、盃を置く。


「不思議な男だな、あいつは」

「最初は怪しいだけでしたが」

「だがいつの間にか馴染んでおる、あの利家と一益があれ程懐いておるのだ」

「あの二人も一癖も二癖もありますからね」

「何を言っておる、殿の家臣に――いや織田軍に癖の無い奴など要らん」


困った事に信長も似た様な事を言うのだから否定できない。

癖のある者達が多い中で長秀は上手く纏め役として重要な役目を果たしていた。


「五郎なら大丈夫かもしれない……か」

「なぁに、何かあれば儂等が助ければいい」


可成の言葉に頷くと勝家は一益と笑いながら酒を酌み交わす五郎を見た。




「ち、ちくしょう!流石にそろそろ限界だ……」


利家がうつ伏せに倒れこむと歓声が上がる、しかし利家が潰した挑戦者達は相当数倒れている。

その屍を越えて五郎の下に詰め寄ると、挑戦者達は五郎に名乗りを上げて挑戦する。

五郎は笑みを浮かべて挑戦者を見ると、酒を注ぎ始める。


「ささっ……!どんどん飲みましょう!」

「長秀殿……倒させていただきますぞ!」

「かかって来なさーい」


五郎が挑戦を受けてどれ程だろうか、ドンと挑戦者が倒れると観衆に歓声とどよめきが走る。

何せ、にこにこと笑いながら次々と挑戦者を潰していくのだ。

観衆からは『長秀殿は今にも潰れそうなのに、何故挑戦者が潰されるのか』と話している声が漏れてくる。


「ま、参った……げぷっ」

「え、もうですか?おーい」

「…………」

「ありゃ、反応が無い」


五郎がまた一人挑戦者を潰すと、後ろに控えている挑戦者達の表情も険しさを増す。

自信のある猛者達とはいえ、目の前でどんどん倒れていく仲間の姿を見ると五郎の強さに腰が引けそうになる。

圧倒的にこちらが有利だと言うのに、五郎は笑ったまま表情を変えずに酒を呷るのである。


「ぷはー!あれ、次の方どうぞ~」


その言葉に脂汗を掻いていた挑戦者が恐る恐る座る。

五郎はご機嫌な様子で酒を注ぐと、『乾杯!』と言ってぐいぐい飲み干す。

慌てて挑戦者も飲み干して盃を置くと、五郎はすばやく酒を注ぐ。

既に五郎の盃はなみなみと酒が注ぎ終わっており、挑戦者が飲み干すのを待っていたのだ。


「む、むぅ」

「さぁさぁ!飲みましょう!」

「ま、負けんぞ!」


もう少し、もう少しだと酒を呷る。相手はもう少しで潰れるはずだ。

挑戦者は意地を見せるように、一気に飲み干すと『どうだ!』と五郎を見る。


「!?」


しかし驚愕したのは挑戦者の方だった、五郎は既に飲み終わりこちらにお酌しようと待ち構えていたのだ。

全く表情を変えない五郎を見て挑戦者はその笑顔が悪魔のように見えてくる。


「さぁ……飲みましょう?」


その五郎の言葉を合図に酒を呷ったが、酒を飲み干せず挑戦者は潰れてしまう。

五郎は『ありゃま』と顔をキョトンとさせると、次々と挑戦者を呼ぶのであった。




勝家は五郎が挑戦者を酔い潰していく光景を眺めながら、可成と話をしていた。


「予想外と言っても、これは中々……」

「見ろ、気圧されてるぞ」

「酒には滅法強いか」

「今度からあいつもつき合せれそうだな!」

「……可成殿は程々にして下さい」


可成も言ったが、一向に潰れない五郎に挑戦者達は気圧されてしまっている。

利家さえ潰せば後は楽勝だと思っていた表情は既に無い、甘く見れば返り討ちになるのは自分だと目の前に広がる屍が告げているのだ。

信長の前で良い所を見せようと息巻いてた者達は、いつの間にか五郎を潰す事に集中し始めていた。




信長は盛り上がる会場に満足すると、五郎の奮闘に笑いが止まらない。


「あやつらに潰されるかと思ったが、逆に返り討ちにあわせてやがる!くくく!」


五郎が積み上げた屍を見ると、酒も美味しくなる。

あれだけ五郎を甘く見ていた一部の家臣も意地があるのだろう、飲み比べであろうとも負けまいと必死になっているようだ。

本当は酒が弱いと聞いた時、いっそ皆と潰れるまで酒を酌み交わさせれば少しは馴染みやすくなるだろうと思っただけであったが。


「予想外の結果にはなったな」


くくくと笑いながら酒を呷る、信長は五郎がいつまで持つか楽しみながら勝負を見守る事にした。

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