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第三十四章~宴はまだまだ終わらない~

「どこへ行く?」


その声にギギギと顔を向けると、にやりと笑った勝家がしっかりと五郎の肩を掴んでいた。

五郎が何か言う前に輪の中に放り込まれると、五郎はその熱気に冷や汗を流す。


「今回の戦、良くやったな!」

「い、痛いです!勝家殿!そっちは怪我してる方……」

「大した怪我じゃないのだろう?大丈夫だ、唾でもつけておけば治る!」

「無理でしょ!?」

「わっはっは!」


怪我をした方の肩を叩かれて涙目になった五郎を笑うと、勝家と一緒に飲んでいた周りの者達も大笑いする、皆顔が薄っすらと赤くなっている所を見ると大分飲んでいるのだろう。

成政がその中でのんびり食事を取っていれるのは、恐らく上手くかわしているに違いない。

五郎が救援を求めて視線を向けるが、成政は残念そうに首を軽く振った。

(見捨てられた!?)

ショックから抜けきれない五郎が呆然としていると、勝家は続けて言った。


「五郎、初陣で生き残った事を乾杯しよう。……丹羽長秀としての初陣でもあるしな」

「勝家さん……」

「あいつも今頃お前の無事と活躍を喜んでいるだろう」

「そうだと……いいんですが」

「心配ない!そういう男だ」


勝家は五郎の背中をバシバシ叩くと、空になった盃に酒を注ぎなおす。

五郎は嬉しそうな表情を浮かべているはずの勝家が少し寂しそうな気がすると、それはきっと長秀が居ないからなのだろうと思った。

そんな勝家を見ていた五郎だったが、遠くから声が聞こえてくる。


「?」

「どうした?」

「いえ、あっちから声が……」

「あん?」


二人で視線を向けると、利家が信長に引き摺られて此方に歩いてきている所であった。

しんみりした雰囲気で酒を呑んでいた二人は似た様な表情を浮かべ、見合ってから溜息をついた。


「楽しんでいるか?」

「はっ!」

「そうかそうか、五郎!お前も此処に居たか!」

「は、はい」

「よし、なら俺もここで飲むとしよう」


信長は利家をぽいっと放ると、ドカッと腰を下ろす。


「信長様!いきなり放り投げるなんてあんまりです!」

「いいからお前は大人しく飲んでおれ」

「へ~い」


利家の抗議を軽くいなすと、信長はのんびりと酒を飲み始めた。

五郎は信長が酒を上機嫌で飲むところを見たことがなかったので、ついまじまじと眺めてしまう。

その視線に気づいたのか信長は五郎に話しかける。


「五郎、楽しんでいるか?」

「はい、美味しい食べ物を堪能しました」

「そうか」


信長は満足そうに笑うと、五郎の肩を叩く。怪我している肩をだが。


「痛い痛い!何で皆怪我してる方を叩くんですか!」

「大した怪我じゃないんだろう、気にするな」

「気にして欲しいんです!」

「全く、仕方のない奴だ」

「えっ!俺がいけないんですか!?」


五郎をからかって遊ぶ信長はくくくと笑うと、盃に酒を注ぐ。


「五郎、ちゃんと飲んでいたのか?」

「実はあんまり強くなくて……」

「ほう?」


信長は五郎の言葉に目を細める、その表情を見て五郎は寒気を感じる。

にやにやと笑いを浮かべた信長は勝家を呼ぶと耳打ちしている。

勝家は一瞬こめかみをピクっと動かすと、無言で席に戻る。

(……きっと何かろくでもない事が!)

五郎が危険を察知して厠に立とうとするが、腕をがっしり掴まれると有無を言わさず座らせられる。


「か、勝家さん……ちょっと俺、厠に――」

「駄目だ」

「い、いや漏れそうなんですけど」

「大丈夫だ、本当に危ないなら来る途中に行ってるだろ?」


逃すつもりがないのだろう、勝家は五郎の肩に手を回すと力を込める。

五郎は『だから、何故皆怪我してる方を……!アイテテ!』と呻くと、顔をしかめながら信長を見る。

信長は立ち上がり、盃を掲げると上機嫌に語りだす。


「今回の戦は今後を左右する重要なものになった!皆、本当に良くやった!あれ程脅威だった今川家だが、今頃義元を失った事による後処理でごたついておろう、それ程に義元を討ったのは大きい!」


周りの者達は静かにその話を聞き入っている。


「それに松平軍も暫くは派手に動くまい、あの元康がこの隙を逃すわけもないだろう。今川が家中の混乱を治めるのが先か、元康が動くのが先かまだわからん!だが今勢いのある我等を相手に無鉄砲に戦を仕掛けてこないだろう!」


皆は信長の言葉に頷くと、次々に杯を掲げる。

その光景に五郎は慌てて自分の杯を掲げると、信長は大きく深呼吸をして声を発した。


「いいか!目指すは美濃だ、道三亡き美濃を取りに行く!その為に三河と駿河を抑える、幸先の良い勝ち戦だった!この先も油断は出来んが今日だけは思う存分に飲み食いして暴れろ!」

「「「「おう!!!」」」」

「いい返事だ!そして……おい、五郎!こっちに来い」

「え”っ!」

「いいから来い!」

「は……はい」


五郎は突然呼ばれておどおどと信長の傍に寄ると、信長に背中をパン!と叩かれる。


「いてっ!」

「そしてこの長秀が初陣にもかかわらず見事な手柄を上げた!そんな男が静かに酒を飲んでるのは……寂しいだろうお前等!」

「「「「勿論だ!」」」」

「…………」

「今日は目出度い宴よ、遠慮はいらん!皆で潰れるほど飲ませて祝ってやれい!」


信長の言葉に歓声がわく、五郎は目を血走らせる(酒で充血しているだけである)者達をぐるりと見渡す、誰もが五郎と酒を酌み交わそうと互いを牽制しあっている。

皆の盛り上がりに満足したのだろう、信長は怯えて固まる五郎を勝家の所まで運ぶと小さく耳打ちした。


「五郎、今日は宴だもっと楽しめ……お前が選んだ道は思った以上に辛いものだぞ」

「――信長様」

「くくく!皆に言っておくが、生き残った奴が勝ちだ、五郎を潰した奴は一番槍として褒美を取らす!だが最後まで潰れなかった奴にはもっといい褒美を考えておくぞ!」


信長からの褒美と聞いた者達はその盛り上がりを更に高める。

五郎に次々と酒を飲ませようと向ってくる者達、しかしその前に立ちはだかる男が居た。


「一番槍と聞いちゃぁ、黙っていられねぇ!それにこの戦は本当に強い奴だけが生き残ればいいんだ!もしこの先に行きたいなら、この前田利家を倒してからにしやがれ!」


前田利家は名乗りを上げるとドン!と酒を目の前に置くと、指で挑発する。

『あの人……回復早いな』五郎は顔を引き攣らせながら驚愕していると、利家は次々と挑戦者達を潰していく。


「本当に化け物だ……」

「犬は潰してもすぐ回復するからな、この調子だとここに来るまで大分削れるだろう」

「…………」


有り難い事だが、その利家と酒の飲み比べをする事になるんじゃ?と考え込む五郎。

信長の前で逃げるわけにもいかないだろう、それ以前に隣で静かに酒を飲んでいる勝家が『逃げるなよ?』といった雰囲気を纏っている。


「長秀殿、覚悟!」

「うわぁ!」

「さぁさぁ!飲んで飲んで!」


いつの間にか傍に来ていた男は五郎の前に座ると、お互いの眼前に置かれた盃になみなみと注ぐと、睨み合うように視線を合わせて一気に呷る。

普段酒を飲むとすぐ酔う五郎は一気飲みでどっきりした胃の辺りを手で押さえると額に脂汗を掻く。


「げぷっ……」

「ほほう、見た目と違って意外と……」


男は意外そうな目を向けると、間髪入れずに酒を注いで準備する。

その繰り返しを何度しただろうが、目の前に座っていた体格の良い男はうつ伏せに倒れていた。


「五郎、意外と飲めるのか」


勝家が顔を赤くした五郎に声をかける。


「い、いえ……もう無理かも」

「はっはっは、次の相手が来たらやられそうだな!」

「と、利家殿!頑張って……うっぷ」


勝家は笑いながら利家を見る、五郎の期待通り頑張ってはいるが利家もあれだけの人数を相手にしたら持たないだろう。

五郎はもうグロッキーだし、このままならば最後はあの男と自分が最後に飲み比べる事になりそうだ。


「今日は、お前の分まで飲ませて貰うぞ。長秀」

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