第二十七章~桶狭間の合戦へようこそ~
皆さん、もし自分が戦場に立っていたらどうしますか?逃げますか?
俺は逃げ出したいです、出来るなら今すぐにでも。
つまり……
「ひぃいいいいい!誰か助けてくれえええええ!」
桶狭間に連れてこられました。
五郎が丹羽家の家督を継ぐことが決まってから数日。
結局、五郎は揚羽と慌しく祝言を挙げ、揚羽は丹羽家の為にと五郎と夫婦になる事を不承不承受け入れた。
不思議と丹羽家の家人達からは反対もなく、一番心配していた揚羽はいつもの様に表情を変える事なく、淡々と祝言を済ませると、五郎に一言『父上の名を汚さぬよう、死ぬ気で働いて下さい』と言っただけだった。
「嫌われては、いないんだろうと思いたい」
五郎は慌しいこの数日を思い返して独り言を呟いた。
「五郎、五郎ってば!」
そんな五郎に声を掛ける若者が肘で突いてくる、前田利家である。
利家は五郎がこれからどうしようと今更になって考え込む姿を見て、声を掛けたのである。
「五郎、ぼけーっとしないで話を聞いておかないと、後で困るぞ」
「困るって、勝家さんの話だと、俺は清洲で待機する事になるだろうって聞いたよ?」
「五郎は相変わらず平和だね~、今川がそこまで来てるんだぜ?このままだとこの清洲まであっという間に攻めてきちまうぜ」
「えっ!それって、結局俺も戦う可能性が高いって事?」
「戦うどころじゃないぞ、ちゃんと覚悟してないと死んじゃうぜ?」
「OH!NOー!」
「おー?のー?何だって?」
「あ、気にしないで」
「変な事言う奴だな相変わらず」
利家が白い目を向けると、五郎はあははと誤魔化し笑いをする。
現在、五郎は利家と共に会議に参加していたのだが……その会議は紛糾している、清洲城で篭城するか、此方から打って出るべきか意見が分かれたのだ。
皆、険しい表情を浮かべて声を荒げている、その様子を見ているはずの信長は皆の声に耳を傾けているはずだが、黙ったままである。
どれ程の時間が経ったのだろうか、勝家や可成を筆頭に会議は平行線を辿っていた。
「信長様!物見からの報告です!」
突然の声に信長は扇子を鳴らすと、伝令に続きを促す。
伝令は信長の前に頭を下げ、息を切らしながら続けた。
「今川義元は沓掛城を出発!桶狭間方面から大高へ向う模様!」
その情報に信長は目を瞑って何事か考えると、皆に聞こえるよう声を張る。
「このまま今川義元を大高に行かせるわけにはならんな……勝家!可成!奇襲をかけるぞ!速やかに準備せい!」
「「はっ!」」
「よいか、奇襲は少数で行う。残りは大高にいる松平をなんとか抑えよ!」
信長の命令に各々が返事を返すと、信長はすぐに早馬を走らせる。
勝家と可成は早々に部屋から出て行った、五郎は一人きょろきょろと挙動不審になっていると。
「五郎!おい、何やってんだ!準備するぞ!」
「あ、ああ……」
「しっかりしろよな、そんなんじゃ戦場ですぐやられちまうぜ」
利家が溜息をつきながら五郎を連れ出そうとした時、信長が呼び止める。
「五郎!こら!お前は待て」
信長に呼び止められた五郎は顔を向ける。
「五郎、お前は運がいい、良く聞け」
嫌な予感しかしなかった、五郎の経験上、信長に呼ばれて無茶振りが無かった時は3%もないはずだ。
五郎が嫌そうな顔を見せるが、信長は告げる。
「お前の初陣だ、活躍しろとは言わんが……死ぬなよ?」
「―――――」
口をぱくぱくさせて声が出ない五郎に、利家が肩を叩く。
「五郎、死ぬなよ」
そう言って去ろうとする利家だったのだが……。
「おい、犬!お前もだ」
「俺もですか?」
「そうだ、本来まだ帰参を許すつもりなどなかったのだ。存分に働いてみせろ」
「……はっ!存分に力を揮わせて頂きます!」
「よし!五郎を頼んだぞ!」
「――え?」
「犬、五郎を死なせたら……わかっているな?」
信長はにやりと凄むと利家はがっくりと肩を落とす。
『あんまりですよ、信長様』と情けない声を出すと、利家は五郎へ向きなおす。
「五郎、仕方が無いから俺から離れるなよ」
「と、利家殿について行けばいいんだよな?」
「だね、直ぐに準備しちまおうぜ、のろのろしてたら首刎ねられちまう」
「わ、わかった!」
五郎は利家に言われるがまま、戦の準備に取り掛かる。
それから総大将・織田信長率いる軍勢は早々に清洲城を出発した。
その知らせを受けた織田軍の前衛は意気を上げ、松平軍の足を止める働きを見せる事になる。
大高で今川義元の到着を待つ松平軍は、意気高揚した織田軍の有力武将を討ち取る事に成功したが最期まで粘り強く抵抗され、その勢いを削がれる事になる。
「雨か!間が悪い!」
桶狭間に到着していた今川義元は突然の雨に声を上げる、それはスコールのようは激しい雨だった。
突然の豪雨に足止めをくらい、義元は仕方が無く桶狭間の山中に身動きを封じられる。
「こう酷い雨では身動きが出来ん!」
信長は物見の報告を受けて桶狭間に義元の軍勢を確認すると、好機と見て号令を掛ける。
「よいか!狙うは義元の首だ!決して逃がすな!」
「「「「おう!」」」」
「かかれー!!」
信長の号令に一斉に駆け出すと、桶狭間は怒号に包まれた。
信長軍の奇襲に浮き足立った義元軍は兵力こそ僅かに勝っていたが、その勢いに押され次第に戦場は拮抗していった。
そしてその戦場に五郎も居たのである。
「利家殿!利家殿!矢があっちから!そっちからも!うわぁー」
「五郎!ちょっと黙ってろ!気が散るだろうが」
「いやいやいや!落ち着いてられないよ!」
「いいから振り落とされるなよ!油断したら死ぬぞ、自分の身はしっかり守れ!」
「が、頑張ります……!」
五郎は必死に利家に掴まっていた、情けない事に馬に乗れない五郎は利家に乗せられ戦場を駆けていた。
利家は五郎を乗せながらも片手で馬を操り、愛用の大槍で次々に今川軍を打ち倒す。
(やっぱ化け物だ、この人……)
自分より年下の若者が単騎+おまけという条件でありながら戦場を縦横無尽に駆け回る姿に驚嘆せざるを得ない。
五郎は必死に周りを見渡し、身を守るのに必死である。
「五郎!俺は目の前の敵を倒すのに忙しい!大将を探してくれ!」
「た、大将!?え~と……誰だろう」
「名前しか……」
「仕方ねぇ!手当たり次第探すぞ!怪しいと思ったら教えてくれ!」
「わ、わかった!」
利家は返り血で染まった槍先を振ると、五郎を振り落とさないよう気をつけながら馬の速度を上げる。
ずり落ちそうになりながら五郎は利家に掴まると、周りに目を向ける。
戦場は相変わらず拮抗しており、どちらも戦意を失っていない。
(それにしても、何かおかしい)
五郎は妙な違和感を感じると、再び戦場を見渡す。
「あっ!」
「どうした!」
「利家殿、騎馬です騎馬!」
「騎馬?騎馬がどうしたんだ?」
「奇襲を掛けた時に比べて随分騎馬が減ったと思いませんか!」
「そりゃ……」
「もしかしたら、大将は騎馬で逃げているのかもしれません!」
五郎は利家にそう説明すると、目を凝らす。
「きっと何処かに……」
「本当か~?……あ~考えてもわからんねぇ!兎に角、見つかるなら何でもいい!しっかり頼むぜ!」
「見つけてみせます!――のわぁ!」
「おい!大丈夫か!?」
「危うく頭に矢が……」
「何度も言うが、自分の身は自分で守れよ!」
コクコクと頷く五郎に利家は前を向くと、出来る限り矢が飛ばぬ場所を狙って馬を走らせた。
それから数分後、五郎が声を上げる。
「利家殿!あそこ!」
「居たか!」
「あの騎馬隊だけ、妙じゃありませんか?」
「動きも統率が取れていやがる、間違いねぇ!」
利家は近くに居た騎馬に信長への伝令を頼むと、一直線に騎馬隊に向う、五郎を連れたまま。
「利家殿!ちょっと!一人じゃ危ないって!」
「大丈夫大丈夫!軽く挨拶するだけだ!」
「げっ!」
五郎が利家の表情を見て声を出す、利家の目は得物を見つけた狼のような鋭さを放っていた。
「し、死にたくないーーーー!」
五郎は悲鳴を上げながらも、利家に振り落とされないよう必死にしがみつくのであった。




