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第二十六章~丹羽長秀襲名~

「皆、集まったようだな」


信長の声に家臣一同は頭を垂れる。

大広間に集められた家臣は静かに顔を上げると、信長の話を黙って待つ。

その息苦しい空気の中、五郎は勝家の隣に座らされていた。

(どうして勝家さんの隣に……うぅ、凄く見られてる気がする)

今朝の事である、信長に今日の集まりに出るよう言われていた五郎は、朝早くやってきた勝家に『起きていたか、行くぞ』捕まり連行されたのだ。


「……勝家さん、何で俺、こんなに前なんですか?」


声を潜ませて勝家に尋ねる、ちらりと五郎を見ると勝家は少し間をおいて答える。


「いいから、じっとしてろ。じゃないと目立つだけだぞ」


その答えに頭を傾げる、今までこれ程の集まりに呼ばれる事はなかったのだ。

その上、まだ顔も見たこと無い人物も沢山居るので、奇異の視線を感じるのは気のせいではなさそうだ。

(お、お腹が痛くなりそうだ。居心地が悪いよ……)

皆が好奇の視線を五郎に向けるのも当然かもしれない、何せ両隣にあの柴田勝家と森可成が座っているのだ。

そんな猛将に挟まれて縮こまっているのが、そこいらの農民に負けそうな身体の男なのである。

その落差は家臣の視線を集めるのに十分だった。

五郎が既に精神をガリガリ削られていると、信長は皆に告げる。


「今日は、皆に言う事がある!」


その言葉に視線が集まる。


「国境の村々が襲われ、鎮圧に時間が掛かったが、そろそろ今川へと攻め込む頃合だろう」


その言葉に家臣にどよめきが起こる。

信長は扇子を二、三回鳴らすと皆を黙らせる。


「だが、その騒動の間に今川義元が東南の桶狭間に進軍しているとの報告がある」


再度どよめく家臣の中で、五郎だけは真剣な表情で考え込んでいた。

(これって……桶狭間の合戦が起こるって事なのか?)

なんとか自分の記憶から引き出そうと思うが、信長が奇襲をかけて義元を討ち取る程度しか思い出せない。

暫く思案していた五郎だが、結局少しも有益な情報を思い出せずに溜息をつく。


「よいか!近々義元の首を取りに行く!長秀の弔い合戦と心得ろ!」


信長の鼓舞に家臣達は雄叫びをあげると、場の空気は最高潮に盛り上がる。

その熱気についていけない五郎はますます身体を縮こまらせる。

皆は興奮気味に話を交わす、その光景に圧倒されて五郎は息を呑む。

(皆さん、凄く盛り上がってらっしゃる。それに……怖い)

五郎は今更になって自分が場違いな存在なんだなと実感させられる。


「勝家さん、勝家さん」

「ん?何だ五郎、死にそうな面してるぞ」

「いつ合戦になるんですか?」

「今川軍の動き次第だな、もし今川義元がこのまま突出するならば迅速に討って出る事になるだろう」

「つまり……?」

「臨機応変に動けって事だ、お前も準備を怠るなよ」

「えっ!」


思わず五郎は大声を出す、その声に周囲の視線が五郎に集まる。

五郎は『何でもありません、あははは』と誤魔化すと、勝家に必死の表情で尋ねる。


「俺も行くんですか!?」

「わからんが、信長様なら突然お前を連れて行くといい出しかねんぞ」

「……ワー、アリソウダナー」

「まぁ、連れて行かれる可能性の方が高いだろうが」

「へ?勝家さん最後が良く聞き取れなかったのですが……」


勝家が呟いた言葉が聞き取れなかった五郎は、聞き返したのだが、勝家はなんでもないと話を打ち切る。

どうすればいいんだ、可能性があるだけとはいえ、自分が合戦に?まだ小太刀すら上手く扱えないのに?

五郎は思わず、自分が合戦に出る状況を想像してみるのだが……。

(自分が生き残る姿が想像できない!?無理に決まってるじゃないか!)

思わず頭を抱え込みたくなる、もし戦場に出ればまともに戦える自信など皆無だった。


「大丈夫、大丈夫だ。大丈夫に決まってる……」


五郎が意識をどこか遠くへ飛ばしている時、信長は勝家に目配せする。

その視線を受けて勝家は呆けている五郎に声を掛ける。


「おい、五郎。呆けてないで信長様の下へ行け、お呼びだ」

「え、あ……はい」


ハッと五郎が条件反射で答えると、五郎は恐る恐る信長の前で膝をつく。


「五郎、顔を上げろ。それより後ろを向け、いいな?」

「はぁ……」


信長が何をしたいのか?全くわからない五郎は大人しく指示に従う。

後ろを向いてみると、大勢の家臣達がまだ話を交わしている光景が目に入る。

その迫力にびびっていると、信長が皆に声を掛ける。


「静まれ!」


その声に家臣がピタっと動きを止める、信長は静かになった家臣を見回すと続けた。


「実は、もう一つお前達に伝える事がある」


家臣の視線が一斉に信長に集まる、しかし一番大変なのはその間に座らされた五郎である。

皆の視線が信長に集まると、途中に座らされた五郎にも視線が飛ぶのだ。

(こ、こえぇぇぇ!)

大勢の視線に晒されるのも堪ったものではないのに、屈強な武士達の視線をガンガン突き刺された五郎は滝のような汗を流した。


「この間、皆に立会いを見てもらったと思う。丹羽家をどうするか、立会いの結果を含めて俺は悩んだ。しかし、丹羽家の一人娘は可成を相手に怯む事無く立ち向う強さを見せた」


そこで信長は一呼吸置くと、真剣な表情で皆を見回すと。


「あの娘なら長秀の後を継ぐ資格があると思っている。だが、皆の心配も分かるつもりだ、まだ家督を継ぐには若い」


信長は五郎を見てにやりと笑うと、声を大きくした。


「そこでだ!ここにいる五郎を丹羽家の養子として継がせる事にした!」

「へぁ?」


思わず五郎は間抜けな声を出す、家臣も皆ぽかんと此方を見ている。


「実は長秀たっての願いだで、この五郎、丹羽家へ養子にやる事が決まっていた。残念な事に長秀が生きている内には叶わなかったがな……。しかし、揚羽を娶り五郎が丹羽家の家督を継げば、男だ女だと、若すぎるだなんだと心配しなくてよいだろう?」


不思議な事に、信長の話に誰も異を唱える事はなかった、一部の家臣達は顔に不満が見えているが、動く気配が無い。

最近仕えた出自不明の男にあの丹羽家を継がせるというのにだ。


「文句がある者は居ないようだな?確かにこの五郎は腕っ節は無いが、よく気が利く。それに長秀のように場の流れを読むのが上手い。その才能に俺は期待している」


トントン拍子に進む話に五郎の頭がついていかない、まるで夢の中にいるような浮遊感が五郎を包む。

五郎の目が生気を失くしていくのを見た勝家は溜息をつく。

横を見てみれば可成がにやにやと笑いを堪えている。

(肝が小さいのを知っててこういう事するんだから、困ったものだ)

しかし勝家が予想外だったのは、皆が大人しく聞いているという事だ。

もっと異を唱える者が殺気立つと思っていたのだが……。


「……そういうことか」


勝家はこの前まで反対していた一部の家臣達が、可成の近くに集められていた事に気づいた。

きっと彼等が異を唱えようと動いた瞬間、可成が殺気で脅しているのだろう。

『可哀想に』と呟くと勝家は信長に目を向ける。


「五郎!」

「はい!」


信長の声に思わず返事をする、五郎はビクっと跳ねると信長を振り返る。


「いいか、お前は長秀が認めた才能を持っている。その才能を生かし、あいつの意思を継いで俺に仕えろ」

「俺の才能……ですか?でも俺は得物すらまともに……」

「そこは安心しろ、可成もお前に興味があるらしい。存分に世話になれ、すぐに死なない程度にはなる」

「げっ!」

「そう嫌そうな声を出すな、俺も長秀が認めたお前の才能に期待しているんだ」


その声色に拒否をさせないニュアンスを感じると、五郎は言葉が出ない。


「皆も良く聞け!今日からこいつには丹羽長秀に名を改めさせる!」


信長は立ち上がると、五郎の肩に手を掛ける。


「丹羽長秀にはこの先、俺を支えて貰わねばならん男だ。五郎、お前が長秀の意思を継いで新しい丹羽家の当主になれ」

「……」

「もう一度言うぞ、丹羽長秀となれ!そして揚羽と丹羽家を守れ」


信長の目を見た五郎はハッとする、先程まで笑っていたはずの信長の顔は射抜かれそうなほど真剣な目をしていた。

信長にも分かっているはずだ、五郎のような男に当主の重圧に耐えれないかもしれない事は。

それでも長秀が残した意思と丹羽家を救う為に無茶な提案をしているのだ。

五郎は震える手をぎゅっと握り締めると返事をする。


「やります、俺が長秀さんの後を継ぎます!」

「そうか!」


信長はよく言ったと肩を叩くと、皆に改めて告げる。


「いいか、今日からこいつが丹羽長秀だ!」


その言葉に皆が頭を垂れると、信長は満足そうに腰を下ろした

この日、五郎は丹羽長秀の名を襲名する事になった。

因みに後で知ることになるのだが、五郎が丹羽長秀として丹羽家を継ぐ事になったのは森可成の入れ知恵である事を知る。

可成は『面白そうだから、名前も長秀を名乗らせよう』と笑いながら言ったという。

勿論、可成にも考えがあっての事だが、その真意を聞けるのは大分後の事である。

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