第二十五章~信長の悪巧み~
それは立会いから戻った時の事である。
信長は勝家を呼んで、これからどうするか話し合っていた。
「まぁ、可成があそこまで言った以上、一部の家臣も暫く大人しくなるだろう」
「私は見てて頭が痛かったんですが、全く」
「いいじゃないか、可成相手にあそこまで覚悟を見せたのだ」
「……はぁ」
「勝家、最近溜息が増えたな、年より臭いぞ」
「信長様といい、可成殿といい、思いつきで暴れるからでしょう!」
「それはすまんな」
とても気にしている風ではない信長の返事に勝家は嘆息する。
その信長は話こそしているが、先程の立会いの結果からどう家臣達を纏めるか考えているのだろう。
珍しくその表情は悩ましそうに見える。
暫くその様子を見守っていた勝家だが、信長がにたりと笑みを浮かべて目を輝かせるのを見ると、物凄く嫌な予感がする。
「勝家」
「……何でしょう?」
「丹羽家を揚羽に継がせるのは反対か?」
「反対、とまでは言いませんが……」
「実は可成が、面白い事を言ったんだよ」
「はぁ、面白い事ですか。物凄く聞きたくないのですが」
「いいから聞け!――五郎を揚羽の婿にして継がせるなんてどうだ」
『は?』と思わず表情を呆然とする勝家、信長は懐から書状を取り出すと勝家に読ませる。
その書状は長秀が信長に宛てた、五郎についての嘆願が書かれていた。
「五郎を丹羽家に預けて暫くしてからだ、長秀からいずれ五郎を養子にしたいと頼まれた、あの長秀からだ」
「……」
「あいつがあそこまで気に入るのは珍しい、そう思わないか?」
「長秀は面倒見がいいですが、深入りする事は稀ですからね」
書状には丁寧に五郎の様子、人柄などが長秀視点で書かれていた。
『そこまで五郎を気に入っていたのか、長秀の奴め』勝家は呟くと、書状を真剣に読み進める。
「俺は五郎を丹羽家に一時的に預けておくつもりだった、長秀が亡き今、俺の下につけようとも思ったが……」
「五郎をこのまま丹羽家に?」
「あいつは武芸一般、学術共に秀でるものは無いと五郎を評した。だが、長秀がそれでも五郎を気に入ったのはあいつの目敏さよ」
「目敏さですか」
「うむ、可成が俺に言ったのだ。五郎は長秀に似て目敏いようだと」
「可成殿が?」
勝家は驚いた、まさかあの可成が五郎を軽くぶっ飛ばしておきながら、意外な評価を与えた事に。
てっきり『あんな弱い奴を入れるなんて、信長様も何を考えているのだ』位に言うと思っていたのである。
確かに五郎は不思議な男だ、利家や若い武士達が五郎を仲良く談笑している事も増えていた。
たまに見せる行動や意見はどこか長秀と似ていると思った事もあった。
「本当に不思議な男だ、この前まで妙な奇行を繰り返していたのに、あの可成に啖呵をきるとはな」
「見事にやられましたが」
「可成に勝てる奴はそうおらん!そうだろう、勝家?」
「可成殿は、戦いに限っては修羅のようですから」
「その可成が継がせてみたら面白いかもしれんと言ったのだ、このまま揚羽に家督を継がせるよりいいだろう?」
どう答えるべきか、勝家が逡巡していると、可成が襖を勢いよく開けて入ってきた。
「殿、あの五郎とかいう男に継がせる話、さっさと決めたか?」
「丁度、その話を勝家としていた所だ」
「そうかそうか!さっさと決めてしまえ、駄目なときは死ぬだけだ。悩むだけ無駄よ」
勝家は『これだからこの人は』と頭を抱えるが、長秀が存命中は勝家もその仲間だっただけ、長秀の苦労が窺えた。
信長は可成の言葉に頷くと、可成と勝家を手招いて近寄らせる。
「五郎も理由はわからんが、元に戻ったようだし驚かせてやろう」
「……」「面白そうじゃないか」
「揚羽も、相手が五郎なら文句は無いだろう、長秀が嬉しそうに話していたしな」
とんでもない事を言い出した信長に勝家は呆れ、可成はにやりと笑みを浮かべる。
勝家は五郎が揚羽に躾けられている光景を思い出すと、当主なんて継がされたらどうなるか想像する。
(五郎は相当運が悪い奴だな、信長様に目を付けられた時点で仕方ないが)
勝家が遠い目をして、五郎に同情していると、信長と可成はどう驚かせるか盛り上がっている。
「長秀、今程、お前が居てくれたらと思った事はないぞ……」
大きく溜息をついて、盛り上がる二人を見守る勝家であった。
「鬼が襲ってくる!鬼が!」
ガバっと起きた五郎は身体を振るわせる、全身にじっとりと掻いた汗のお陰で気持ちが悪かった。
慌てて立ち上がろうと思った瞬間、脇腹辺りに痛みが走る。
「アイテテテ、凄くイタイ」
じわりと痛む鈍痛に涙目になると、五郎は何があったか記憶をたぐる。
(そうか、俺は長秀さんから助けてもらって急いで揚羽殿を……)
悪夢から覚めた五郎は、揚羽が立会いをして丹羽家の相続を認めさせるという話を聞いて、慌てて向ったのであった。
「今になって思い出すと、あの人凄い怖かったような」
身体をぶるっと震わせると、今更寒気が走る。あの時は必死だったからつい啖呵をきったが、もしかしたら殺されていたかもしれない。
「生きてて良かった……!良かった!」
身体は痛いが、生きている事を確認して、五郎は感動した。
その時五郎のお腹が鳴る、良く考えたら数日間まともに食事を取っていない。
このままでは餓死してしまう、五郎は何か食べ物を調達しに行動する事にした。
「それにしても、妙な違和感があるなぁ。一体どれくらいあの夢を見ていたんだろう」
何となくふわっとした浮遊感を感じながら、五郎は屋敷を歩く。
その原因は夢ではなく、ほぼ水だけで数日間生きながらえた影響なだけである。決して何か凄い力に目覚めたわけではない。
「……あ」
五郎が思わず声に出すと、その視線の先には揚羽が美味しそうな食事を運んでいる最中だった。
思わずお腹が鳴る、手をお腹に持っていってさすると余計に空腹感が増した気がした。
揚羽がそんな五郎に気がつくと、その表情に笑みを浮かべて近寄ってきた。
そして五郎の目の前で立ち止まると、静かに口を開いた。
「五郎殿?何をぐずぐずしているのです?」
いきなりの笑顔の一言に、頭に金タライが落ちたかのような衝撃を受けた五郎は肩を落とす。
「揚羽殿~、いきなり酷いですよ……」
「酷くなんてありません!全くいつまでも寝たまま、働かざるもの食うべからずですよ」
「ハイ、スミマセン」
幸か不幸か、揚羽は長秀が亡くなっても五郎にいつもと変わらぬ態度で接してきた。
五郎は複雑な心境だったが、自分より揚羽はもっと複雑だろうと思うと頭を切り替える事にした。
食事を運ぶ揚羽を慌てて追いかけると、そこは五郎の部屋だった。
「五郎殿?何をなさっているのです?早く入ったらどうです」
「あ、はい!」
「まともな食事をしてないのです、倒れる前にしっかり食べて下さい」
ふん!と顔を逸らす揚羽を感激した顔で見る五郎。
心なしか少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた揚羽に感謝すると、五郎は久しぶりの食事を堪能する。
「美味しい!やっぱ美味しいご飯を食べる瞬間は幸せですね!」
五郎は色彩豊かなおかずに手を伸ばし、ご飯をかきこむ。
その素材の味をしっかりと生かした自然な旨みにお腹の中はお祭り状態だった。
どれ程お腹が空いていたのだろう、『もっと!もっとだよこせ!』と騒ぎ続けるお腹がやっと静かになると、揚羽が淹れてくれた茶を啜る。
「いやぁ、ありがとうございます」
「これからもしっかり働いてもらう為ですから、父上の為にもしっかりして貰わないと困ります」
「……頑張ります」
しんみりした雰囲気にお互い黙り込む、暫く静かな時を過ごすと、揚羽がぽつりと呟く。
「五郎殿、父上は貴方の為に死にました。丹羽長秀の娘としてお願いです、どうか父上が守った命を大事にして下さい」
「はい、約束しましたから」
「……約束?」
「いや、全くおかしな話ですが、夢の中でも長秀さんに助けて貰ったんです。そこで約束させられました、自分の目的を果たすまで生き残る事を」
その話に揚羽は驚いた表情を浮かべると、目を瞑って『父上』と呟いた。
きっと父は五郎が心配で助けに行ったのだろう。
「父上は元気そうでしたか?」
「普通でした、いつもと変わらない長秀殿でしたよ」
「そうでしたか、きっと五郎殿が情けないあまりに心配したのでしょうね」
「あ、あはは……面目ない」
冷や汗を垂らしながら愛想笑いをする五郎。
その様子を見て溜息をつくと、姿勢を正して揚羽は言った。
「五郎殿、昨日はありがとうございました」
「へ?」
「そのせいで怪我を……」
揚羽は五郎の脇に目を向ける、自分を庇って派手に吹っ飛んだ五郎は骨は折れていなかったが、ひびが入ってるかもしれないと言われたのだ。
「い、いやぁ~気づいたらこの様です」
はっはっはと笑うと五郎はがっくり肩を落とす、その姿にくすりとだけ笑うと五郎に気づかれぬよう表情を整えた。
コホンと一つ咳をして、揚羽は五郎に視線を戻すと言った。
「これから丹羽家がどうなるか、信長様の決定次第でしょう。それまでは私が父上の代わりに責任を持って面倒を見ます」
「あ、はい……」
「暫くはゆっくり休んで下さい、怪我が治ったらまた、ビシバシ働いて貰いますから」
「ワカリマシタ」
揚羽の話を聞いた五郎は、天国の後に地獄が待っているんじゃないかと思った。
兎も角、先に怪我を治す事が最善だなと決めると、大人しく揚羽の申し出を受ける事にした。
ただ五郎が、今思い返すと凄く気になっている事がある、それは揚羽を守る際に対峙した男が、五郎を吹っ飛ばした時に何故かにやりと笑った様な気がした事である。
(あの笑い方、何処かで……あ゛!信長様が悪戯する時の笑い方だ!)
嫌な予感がする……!嫌な予感がするっ!!!
五郎は大丈夫だ、大丈夫と自分に言い聞かせながらもう一眠りする事にした。
その様子を眺めていた揚羽は頭に?を浮かべて困惑していたのであった。




