第二十四章~丹羽家を継ぐ者~
「どうした?そんな事じゃ丹羽長秀の後など継げんぞ?」
「まだです!」
「そうそう、その調子で来い!」
信長が見守る中、揚羽は薙刀を可成に向ける、立会いが始まってから数分が経つ。
しかし、可成は揚羽の攻撃を受け流し、挑発を繰り返すのみである。
揚羽も必死に薙刀を振るうのだが、一歩も動かず立っている可成は軽くその攻撃を弾く。
「てぇええい!」
「あらよっと!」
キン!キン!と金属音が響く、その光景を見ている家臣の中には薄笑いを浮かべている者も居た。
丹羽家が衰えればそれだけ織田家の中で立身する事も可能なのだ。
可成や勝家のように単騎駆けで功をあげる事が出来る者は尾張にはまだ少ない、ならば如何に信長に取り入るか。
そんな浅い考えを持つ家臣が丹羽家が消えるのを待ちかねているのだ。
「やれやれ、このままじゃ時間の無駄だな。どれ、もう少し覚悟を見せてもらうか」
可成は殺気を滲ませると、手に持った太刀の刃を返す。
信長は止めに入ろうとする勝家を手で制止すると、大人しくしろと言った。
(可成の腕は確かだ、揚羽に大怪我はさせまい)
多少の怪我を覚悟せずなんとするか、この先家督を継げば戦場に出る事になるだろう、戦場では男も女も関係ない、殺すか殺されるかなのだ。
揚羽もその覚悟なしに立会いに挑んだわけではないだろう。
「骨の一本や二本、折れても恨むなよ?」
「っ……!その程度、覚悟の上です!」
「いい返事だ!」
可成が間合いを縮める、揚羽は薙刀のリーチから外さないよう可成の動きを視界に捉えると、出方を見る。
(押し潰されそうな程の圧迫感です……)
先程までと違う重圧に薙刀を持つ手が震えそうになる、表面上は飄々としているのに、可成がいつ飛び込んでくるのか気が気でない。
じりじり、じりじりとお互い間合いを押し引きする。
揚羽がその緊張感に薙刀を握りなおそうと一瞬力を抜いた瞬間。
「ふん!」
「あうっ!」
可成は避ける事を念頭に入れてないとしか思えない程真っ直ぐ直進すると、薙ぎ払いを揚羽に放った、辛うじて薙刀の柄で受けた揚羽だったが、見た目以上に重い攻撃に身体ごと弾かれる。
それでもよろよろと立ち上がると、揚羽は薙刀を構えた。可成はにやりと笑うとちょいちょいと指で挑発する。
その挑発に乗らず、ひとつ深呼吸すると、揚羽は小さく薙ぎから突きを放ち可成を間合いから押し出そうとする。
「ほう、あれを受けてもまだ冷静さを失わないか、流石鬼秀の娘よ!」
「……父上は鬼ではありません!」
「ははは!悪い悪い!」
可成の全く悪いと思っていないであろう謝罪を受けながら、揚羽は慎重に可成の間合いを見ようと足を運ぶ。
(鬼は可成殿の事ではありませんか!)
可成はいつでも来いと言わんばかりの、楽な構えで揚羽を待っている。
だが、少しでも可成の間合いに入れば重い一撃を放ってくるだろう。
それにその威圧感は時間が経つほどその重さを増している。
「疲れてきたか?もう、終わりにしてもよいぞ」
「まだやれます!こんな事では終われません!」
「なら、好きなだけ来い。儂はいつでもいいぞ?」
「言われなくても、そのつもり……です!」
摺り足から一歩踏み込むと、薙刀のリーチを生かして身体ごと押し込む。
『むっ!』と可成が薙刀を払いのける、しかし予想外の突きだったのか、その体勢が僅かに崩れた。
(今です!)
揚羽は好機と見るや一気に間合いを詰める、しかし可成の間合いに踏み込んだ瞬間怖気が走った。
「甘いわ!」
可成の殺気に足が竦んだ揚羽は、可成が繰り出した斬撃……ではなく、蹴りをまともに受けて飛ばされる。
だがその蹴りの衝撃をまともに受けて息が詰まる、可成は息が整う前に太刀を眼前に止める。
しかし揚羽は可成をまるで親の敵のように睨むと、眼前に突き出された刀への恐怖に震える身体を必死に動かそうとする。
(頑固というか、やれやれ、あいつの娘だねぇ)
可成はくくくと笑うと、揚羽に簡潔に言う。
「もう終わりだ、諦めろ」
「まだです!まだやれます!」
「おいおい、これ以上無理してどうする、それより大人しくどこぞの嫁にでも行った方が幸せだぞ」
「く……!」
可成は揚羽の目を見る、その目は全く死んでいない。身体が動けば直ぐにでも襲ってきそうだ。
(鬼の子は鬼だな、長秀の奴は儂と違って子供に恵まれてやがる)
可成が感心していると、周りが騒がしい。
どうやら今の状況を見た家臣の一部が信長にここぞとばかりに進言しているようだ。
全く、弱い奴はピーピー五月蝿いと嘆息すると、可成は再度揚羽に言う。
「もう身体もぼろぼろ、もしかしたら骨くらい折れてるかもしれんぞ?これ以上無理したら長秀が泣くぞ」
「ここで終わっては、それこそ丹羽の名が泣きます!」
「仕方ない、軽く気を失ってもらうか」
「……!」
最後まで睨み続ける揚羽に、『やれやれ』と可成は嘆息すると。
軽く峰打ちしようと刀を振り上げた。
「待って!待ってください!」
突然の声に視線が集まる、そこに居たのは息を切らしてへとへとになった五郎が居た。
「五郎!」
信長が驚いていると、隣に居た勝家はもっと驚いていた。
五郎は躓きながら可成の前に立つと、可成に言う。
「こんな若い女の子相手に、立会いなんて酷いじゃないですか!」
一瞬キョトンとした可成は、真剣な表情で話す五郎を見る。
それからジロジロと五郎を見ると、笑いながら答えを返す。
「何を言うかと思ったら、お前か、変な男ってのは」
「うっ……!」
「ふーん、ほーう」
不躾にぶつけられる好奇の視線にむず痒さを感じて身をよじる。
五郎は頭を振ると、可成に僅かに震える手で小太刀を構える。
「――何のつもりだ?」
「揚羽殿がこんな目に合わされて、黙ってるわけにはいきません。もしこれ以上揚羽殿に何かするのであれば、俺が相手になります」
「お前が?そんな頼りない構えで、俺の相手にか?」
「そ、そうです!」
「……」
信長は可成に啖呵をきる五郎に頭を抱える。
(あいつは何をしている、馬鹿者が)
家臣達は突然の乱入に呆然としている、その中で五郎を良く知る者は信長と同じように頭を抱えているようだ。
そんな五郎を見て表情を変えず、可成は黙って五郎を見ている。
「――可成め、ちゃんと加減してくれよ」
信長は溜息をつく、きっと可成は表情は変えていないが、内心面白そうな玩具でも見つけた気持ちになっているのだろう。
先程までの雰囲気と違って、可成から感じる威圧感は薄くなった。
「おい、名前はなんだって?」
「五郎です、染井五郎と言います」
「ほー、五郎か。そうか、あいつは面白い男を見つけた……なっ!」
「……えっ?」
勇気を出して揚羽の前で可成と対峙した五郎だったが、話の途中で打ち込まれた可成のなぎ払いを貰って一撃で気絶してしまった。
あまりに気持ちよく吹っ飛んだ五郎を見て、信長は苦笑するしかなかった。
「五郎殿!」
慌てて揚羽が声を掛けるが、五郎は蛙の様にピクピクと痙攣していた。
その様子を見て、頭を掻いた可成は信長に振り返ると。
「信長様、これ以上やっても無駄です、立会いは終わらせるぞ」
「む……決着はついておらんぞ」
「まぁ、邪魔も入ったし。皆も興が失せたろう」
簡単に言う可成に、信長は家臣共々溜息をつく事になった。
可成は揚羽に近寄ると、小さく耳打ちする。
驚いた表情をする揚羽にぽんぽんと頭に手を乗せると、信長に言った。
「信長様、この娘はあいつの子らしい強さを持っているぞ。――俺は長秀の後を継がせるのに異論はない」
その可成の言葉に家臣達にざわめきが走る、そんな家臣達を可成はじろりと睨むと、大きく溜息をついて言う。
「お前ら、文句を言うなら少しは儂に刃向かってからこい。どいつもこいつも儂にまともに物も言えないだろうが!」
そう一喝するとしんと静まり返る。
信長は苦笑すると、皆に向かって声を放つ。
「可成の意見はわかった、文句がある者は俺か可成に直接言え!」
その言葉に誰も口を挟むことはなかった、思っていても可成が放つ威圧感の前に声がでない者が多かったのである。
「今日の立会いは終わる!決定ではない……が、丹羽家は存続させる、よいな!」
信長はそれだけ言うと、勝家に家臣達を解散させる。
その様子を見ていた可成が信長だけに聞こえるように言った。
「あの男、馬鹿で面白いな。鬼秀に似て目敏いようだし、面白いからあいつに継がせたらどうだ?」
可成は言うと、わっはっはと笑いながら去って行った。
信長は可成にしては珍しい評価をするものだと思いながら、その背中を見送った。
「五郎をねぇ、ふむ。――面白そうだな」
その可成の一言は信長の悪戯心に火をつけたのであった、この家臣にこの主君有り、である。
後日談ではあるが、その後暫く五郎は『鬼が、鬼が襲ってくる!』とうなされる事になる。折角抜け出した悪夢から新たな悪夢へと、五郎の気が休まる日は中々訪れない。




