第二十三章~丹羽長秀の最期~
揚羽が目を覚ますと空がうっすらと明るくなっていた。
「父上」
枕元に置いた形見の小太刀を手に取る、きっと心配性の父はわざわざ夢の中に会いにきてくれたのだろう。
揚羽ぎゅっと小太刀を抱くと、『見ていて下さい』と呟いた。
立会いの朝だというのに、前日まで重圧に震えそうだった身体は楽になっていた。
揚羽は大きく息を吐いて、気を引き締めると、今日の立会いに向けて出来る限りの支度を始めるのであった。
「また…か……」
五郎は未だに悪夢から抜け出せていなかった、何度この夢を繰り返したのだろう。
最早考える事すら苦痛になってきた五郎は、どうにか悪夢を終わらせようと動いたが結末はいつも同じ。
夢の最後は恨めしい声を出して、自分を掴んでくる村人や喜助、雪、庄吉。死んでしまった皆が、口を揃えて怨嗟の言葉をぶつけてくる。
「何で俺、生き残ってしまったんだろう……」
五郎の精神は擦り切れそうだった、悪夢を繰り返す度、次第に前回どうな結末だったか鮮明に覚えているようになった。
夢はいつも同じ一日ではない、決まっているのは結末だけ。いつも気が狂うほどの恐怖に耐えれず意識を失うという一点だけだ。
「もう楽になりたい」
これでも夢を終わらせようと、皆を助けようと何度も行動した。
しかし、突然村の雰囲気が一遍するのだ、気づけば五郎は死に絶えた人々に周りを囲まれてしまう。
五郎は生気を失いかけた目を左右にふらつかせると、部屋で膝を抱える。
「誰とも会いたくない、一人で居れば何も見なくてすむ」
そんな最後の抵抗も空しく、襖が開けられる。そこには笑顔で五郎を呼ぶ雪の顔があった。
しかし五郎にとって今や雪の笑顔は恐ろしく映り、その表情にまるで生気を感じられなくなっていた。
「五郎さん、朝餉、出来ましたよ?」
その言葉一つ一つが、感情がこもっていない気がして五郎は耳をふさぎたくなる。
「五郎さん?どうしました?」
「――今日は食欲がないので、皆で食べてください」
「あら、お身体の調子が悪いのですか?」
「……」
「仕方ありませんね、でも少しでも食欲が出たら食べに来て下さいね?」
首を振るだけで返事をした五郎を心配そうに見て、雪は部屋を出る。
こんな時でも暢気に身体は食事を求めてくる、駄目だ駄目だ!と首を振ると五郎は目を閉じて俯いた。
「神様でもなんでもいい……、助けてくれ!」
助けを求めて叫ぶ、この悪夢から抜け出せるなら、信心深くない五郎でさえ神様に祈りを捧げてもいいと思った。
それが神様ではなく、悪魔だったとしても。
どれ程目を瞑っていたのだろうか、外はまだ明るいままだ。
五郎は長い時間じっとしていたつもりだったが、気のせいだったのだろうか。
「このまま夜にならなければ」
夜になれば、皆死んでしまう。五郎が幾ら逃げても追ってくるのだ。
ずっと昼が続けばいい、そう思う事しか出来ない。
暫くぼーっとしている五郎だったが、妙な違和感を感じた。
「あれ……?何でこんなに明るく……」
昼間にしてはおかしい、思わずそっと障子を開ける。
「え……?」
そこには赤々と燃え盛る家があった、明るいと思ったのは、村の家々が燃えていたせいだったのだ。
その光景に目を奪われていると、次々と悲鳴が聞こえてくる。
五郎はその場に耳を塞いで縮こまる。
「もう嫌だ!何も聞きたくない!見たくない!!」
――ぽた ぽた
何かが滴る音が塞いだ耳の奥に響いてくる。
『やめろ!やめてくれ!』五郎は心の中で叫ぶが、その[何か]は五郎に少しずつ近づく気配がする。
その気配が五郎の背後でピタリと止まる、すると五郎の頭に生温い液体らしきものが滴ってくる。
「うわああああ!」
五郎が思わず目を開けると、手にべっとりと血がついていた。
叫び声を上げて震える五郎に背後に居た[何か]は言葉を発する。
「ゴロウ サン タスケテ」
その声を聞いた瞬間、五郎は足を躓かせながら家を飛び出す。
振り替えす余裕など既になかった、例え正体を確認しても五郎を恨んで睨みつけてくる亡霊なのだ。
『逃げろ!逃げるんだ!』必死に足を動かす、目を瞑って真っ直ぐ走り続けていた五郎だったが、何かにぶつかると腰を着く。
「ほう、生き残りが居ましたか」
「え?」
「ふふ、申し訳ないが。目撃者は消えてもらう必要があります」
五郎は驚きで言葉が出なかった、目の前の男は五郎が覚えているままの姿で此方を鋭く睨んでくる。
「あ、あんたは……」
やっとの事で出した言葉は震えて途切れてしまう、この男は村を襲ったリーダー格ではなかったか?何より喜助を斬ったのはこの男だったはず。
「よ、よくも村を!喜助を!」
我を忘れて叫ぶ、しかし男は声高に笑うと足元にある何かを蹴って寄越す。
「ははは!何を叫んだかと思えば!――喜助とは、その若僧でしょうか?」
その言葉に視線を向けると、背中をバッサリ斬られた喜助が俯けに倒れていた。
「……っ…っ!」
「やれやれ、恐怖のあまり声が出ませんか。まぁ騒がれるよりはいいでしょう」
「あ…ああああ……」
「そんなに泣かなくてもいいですよ?貴方もすぐ同じところに送ってあげますか…らっ!」
男は涙を流す五郎に刀を構えると、上段から斬りつけた。
ガキィ!ギギギ!
「むっ!」
「また、同じ事を再現する事になるとは思いませんでした!」
「貴様は……丹羽長秀!」
「申し訳ありませんが、五郎殿を殺させるわけにはいきません……よっ!」
長秀は五郎の寸前で男の斬撃を受けると跳ね返す。
五郎は全く変わらない長秀を見て呆然とするしかなかった。
「長秀さん……?」
「はい、長秀ですよ、五郎殿」
「お、俺――俺の性で長秀さんは!」
「それは後にしましょう、それよりもこの男を倒してからです……ねっ!ふん!」
五郎の言葉を途中で遮ると、長秀は大太刀ではなく、小太刀を振るう。
「流石ですね!長秀殿、しかしそんな小太刀一本で相手になると?」
「いえいえ?これでも十分だと思っています、一応鬼五郎佐と呼ばれた事もあるのです」
「――なら、見せてもらおう」
「臨むところです!」
五郎の前で激しい打ち合いが始まる、相手の大太刀はリーチが長く、何度も長秀に重い斬撃を繰り出す。
対する長秀も小太刀で真っ向から受けるのではなく、勢いを削ぎながら受け流して、間合いを計る。
何度も火花を散らし、お互い決定打を決めれず時間が過ぎる。
「なるほど、聞いていた話とは大分違うようだ」
「ほう、私の噂話ですか。気になりますね」
「織田の中では楽に首を落とせる程の腕だと聞いてましたが、――全く、偽情報をつかまされたようです」
「それは失礼しました、これでも一応それなりに腕は立つつもりです」
二人はにやりと笑うと、摺り足でお互いの出方を見る。
男は疲れが見えるが、その目はまだ殺気に漲っている。
対する長秀はリーチの差が出たのだろう、皮一枚で斬撃を避けてはいるものの、所々避けきれずに傷ができていた。
男は自分の優勢を確認すると。
「次で、仕留めさせて貰います。」
「……」
「はぁ!」
「むん!」
気合と共に体重を乗せた斬撃が長秀を襲う、長秀はその斬撃を前に身体を前に押し出す。
「なに!?」
「すみませんね、勝ったのは私です!」
「ごぼっ、――ば、馬鹿な……肩で刀を受け止めるなんて……」
「腕の一本や二本、今更惜しくありませんよ」
血を吐きながら、息絶える男に静かに答えると、長秀は小太刀を落として肩を抑えて膝をつく。
その一部始終を呆然と眺めていた五郎はハッとして駆け寄る。
「長秀さん!大丈夫ですか!」
「大丈夫です、それより五郎殿。ご無事で何よりです」
「俺の事なんかより手当てをしないと……!」
慌てる五郎に首を振ると、長秀は嘆息する。
「五郎殿、これは夢です。それにこの傷では長く持ちませんよ」
「そんな!」
「落ち着いて下さい!」
「……!」
「全く、揚羽に笑われてしまいますよ?」
「うっ、それは」
そう言われると全く思っていなかたのか、五郎は揚羽が起こる姿を想像して顔をしかめる。
その表情を見て笑うと、長秀は続ける。
「五郎殿、いつまでこんな夢に負けるつもりです?」
「負ける……」
「えぇ、貴方は逃げているのですよ」
「そんなつもりは……!」
長秀は五郎に真剣な表情で視線を合わせる、五郎は何故か耐え切れなくなってその視線を逸らしてしまう。
「貴方は死んだ人々を理由に、自分の都合のいい逃げ道を作っているだけです」
「っ!」
長秀の言葉に五郎は頭が真っ白になる、そして全身が冷や水を浴びせられたような寒気を感じる。
「そろそろ、目を覚まして下さい。喜助が貴方を恨むような男でしたか?」
「喜助は、喜助は……」
「違うでしょう、あの子も武士として生きると決めた以上死ぬ覚悟は常にあったはずです」
「死ぬ、覚悟……」
「五郎殿、しっかり心に刻んで下さい。この世は皆生き残る事に一生懸命なのです、それは信長様だろうと、村人だろうと関係なく」
それから長秀は肩を抑えていた手で五郎の頭を撫でる、その表情は子供をあやす父親のようだった。
「生きてください、そして私の娘を頼みます」
「生きて……、俺が揚羽殿を……?」
「えぇ、私の命は五郎殿に預けたのです。なら五郎殿にはこれから私の代わりに頑張って働いてもらわないといけません」
ふふふと笑って言うと、長秀は地面に落とした小太刀を拾う。
その小太刀を五郎に握らせると、うんうんと頷いた。
「五郎殿、――いえ、五郎。私は貴方なら養子に貰ってもよいと思った唯一の人です、覚えておいて下さい」
「俺を?」
「そうです、いいですか五郎。もう私は死んでしまいました、揚羽を残して。あの子は気丈に見えますが、心優しくて脆い面があります、そんな揚羽を頼めるのは五郎、貴方しかいません」
「……」
「お願いです、揚羽を頼みます。そして五郎、決して死んではいけませんよ?生き残って下さい」
五郎に断る事は出来なかった、何度も命を救ってもらった長秀が、五郎にしか頼めないと言うのだ。
その真剣な顔と声色には冗談は含まれていなかった。
「長秀さん、俺に出来るでしょうか?」
五郎は拳を握って問う。
「出来ますよ、五郎なら」
長秀の言葉にグッと力を入れる、拳から血が滲むが五郎はその拳を解く事は無かった。
その様子を眺めていた長秀だが、顔を顰める。
「そろそろ、お別れのようですね」
その言葉に泣きそうな表情を浮かべる五郎。
「困りましたね、五郎といい揚羽といい。私の家族は泣きたがりの子供ばっかりです」
「長秀さん……」
「また、会えますよ五郎。その頃には少し私を安心させる男になっていて下さい」
「はい……!」
五郎の返事に頷くと、長秀はすーっと消えて行った。夢のように。
その光景を滲んだ視界で見続けていると、声が聞こえる。
「兄ちゃん、いつまでも泣いちゃ格好悪いよ!」
「喜助!?」
「いつもの調子で笑っている五郎さんが似合っていますよ」
「雪さん!!」
「まだまだ若いのですから、そう悲観しては駄目ですぞ」
「庄吉さん!!!」
それは喜助、雪、庄吉の声だった。
五郎は声を上げて泣き叫ぶ、皆の声は五郎を励ます、優しい響きが篭っていたのだから。
「皆!」
ガバッと起き上がると、そこは見慣れた部屋だった。
五郎は身体を動かそうとして痛みに顔を歪める、どれ程寝ていたのかわからないが、節々が痛みを伝えてくる。
急な動きにふらっと手をつくと、枕元に小太刀が置かれていた。
「これは……長秀さんの!」
この小太刀が長秀さんを俺に会わせてくれたんだな、そう思って五郎は目頭が熱くなる。
「長秀さん、俺は精一杯生き残ってみせます」
そう決意し、五郎は部屋から出る。
まずは現状を知る必要がある、五郎は話を聞けそうな家人を探し回る事にした。
それは揚羽と可成の立会いが始まる数分前の事であった。
前回と今回は長くなってしまいました。
本当は分けて投稿しようと思いましたが長文のまま投稿する事にしました。
読みにくかったらすみません。




