第百二十八章~反省会~
「……うぅ」
五郎は呻いていた、その理由は眼前で静かに座っている重虎から放たれている重圧を浴びているからである。
隣に座っている重治は口から血を垂らしながら乾いた笑いを浮かべ続けているのだが……。
「……だ、大丈夫ですか? 重治殿……」
「……………………(こくり)」
「ほ、本当ですか? 見た感じだと近いうちに倒れそうなんですけど……」
「だ、大丈夫ですよ……ここで倒れては重虎に許して貰えな……ぐぼっ」
「言ってる傍から血を!?」
話の途中で吐血した重治を五郎が慌てて介抱するのだが、重虎はピクリとも反応せずに座っている。
本来であれば重治が吐血して倒れると一番に介抱するのは重虎だったのだが、どうやら利家に色々と手を貸したことが気に食わないようだ。
自分は利家と同じ織田家に仕えているから多少反応してくれるのだが、兄が自分より敵の味方をした事がショックだったのだろう。
「し、重治殿……何とか重虎殿に許して貰えないんですか?」
「……ごほっごほっ! い、いや……私もそうしたいのですが全く私の話に耳を……げほっ」
「あぁ、こっちにも血が……」
「お手数お掛けして申し訳ない」
「いえいえ……迷惑をかけたのは此方ですから……」
「は、ははは……はぁ」
「はぁ」
二人は同時に溜息をつく、その姿があまりにも似ているので重虎は密かに笑いを堪えていた。
「結局、俺達はこうなる運命だったんですね……」
「面目ない」
「ま、まぁ……安藤殿が重虎殿に手を貸しているなんて思わなかったですし」
「いや、重虎が指揮を執っている兵達の数を見て妙な違和感を感じた時に気づくべきでした」
「へ? 違和感……ですか?」
「考えても見て下さい、この城と城下に居る兵達は殆どが安藤殿の私兵です。私や重虎が預かっている兵達はそのほんの一部なのですよ? こほっ」
「そう言われると、確かに結構な兵士が俺達を追いかけてきたような……あ、口からまた……(ごしごし)」
「す、すみません……で、続きですが。恐らく重虎も逸早く安藤殿に会いに行ったのでしょうねぇ」
「だから安藤殿とお会いした時、申し訳なさそうな顔で此方を見ておられたのですね……」
「ええ」
二人は話が一区切りすると重虎の様子をチラリと窺う、相変わらず黙ったままである。
微かに身体が震えているような……。
「あ、あの重虎殿……」
「……何でしょう?」
「い、いえ! 何でもありません! すみません!」
五郎は返事が無いだろうと思って声を掛けたのだが、予想外な反応に慌てた五郎はつい謝ってしまう。
そして後悔したのである、折角重虎が五郎の声掛けに反応してくれたチャンスだったのだ。
もう一度声を掛けるべきか否か、五郎が思い悩んでいると隣で大人しくなっていた重治が口を開いた。
「し、重虎!」
「…………」
「そろそろ許してくれないか? 私も五郎殿も反省しているのだ……」
「……………………(ついっ)」
「……っ!?(蒼白)」
「あ……重治殿が真っ白に……」
「…………(バタン)」
「ちょ、ちょっと! しっかりして下さい!」
「……し、重……重虎が……(がくり)」
「…………駄目だ反応が無い唯の……って言ってる場合じゃない! 重虎殿! 少し失礼しますよ!」
妹に拒絶されたショックで気を失った重治を置くに運ぶ、急いで寝床の用意をして重治を寝かせる。
一仕事を終えた五郎は額の汗を拭って一息つくと、重虎の下に戻る。
すると重虎が静かに五郎に尋ねてきた。
「……兄上は」
「へ!? あ、大丈夫みたいですよ」
「はぁ、仕方の無い人です」
「そ、それだけ重虎殿にそっぽを向かれた事が衝撃的だったのでしょう」
「そろそろ妹離れをして頂かないと困ります」
「……ソ、ソウデスネ(重虎さんも似た様なものなんですけどね……)」
「五郎様、何か仰りたい事でも?」
「いえ! ありませんっ!」
「ふぅ……」
重治が居なくなったからだろうか、少し雰囲気を和らげた重虎は五郎の相手をしてくれるようだ。
どうやら自分よりも重治に対してお怒りだったらしい、勿論怒ってはいる様だが若干刺々しい言葉を口にする以外は普段と同じ気がする。
これらな十分話が出来ると安心した五郎はやっと精神的に余裕が生まれる。
「重虎殿」
「何でしょう」
「本当に、利家共々御迷惑をお掛けして……申し訳ありません」
「いえ、私も少々大人気なかったかもしれません。悪いのは前田殿なのですから……」
「ちゃ、ちゃんと言い聞かせておきます……」
「御安心なさって下さい、安藤殿からあまり手荒な事はせぬよう命じられておりますので……」
「そうですか……」
「ですが」
「?」
「少々躾を施す必要があるでしょう、暫く私は前田殿のお世話に尽力する事に致しましょう」
「……は、はい」
五郎は『利家……何も出来なくてすまん!』と心の中で謝ると、素晴らしい笑顔で微笑みかけてくる重虎に愛想笑いを返す事しかできなかった。
きっと暫くは利家にとって苦痛な日々が待っているに違いない、ここで下手に足を突っ込むと巻き込まれかねないので大人しくしなければ。
「待てよ……」
「? どうかなさいましたか?」
「いや、今までは俺と利家の世話を重虎殿が態々して下さっていたでしょう?」
「はい」
「重虎殿が利家のちょ……おほん、利家の世話に注力なさるという事は……俺はどうすれば?」
「ふふふ、今日は朝から兄上とご一緒だったのでしょう?」
「はい、一緒に居ましたね」
「きっと五郎様が一人だと知ったら兄上が放っておかないと思います」
「……(ちらり)」
「明日になれば兄上も元通りになります、五郎様さえ良ければ兄上の相手をしてあげて下さい」
「は、はい」
「はぁ、きっと明日になれば今日の事など忘れて暢気な兄上に戻られるのでしょうね……」
重虎が深い溜息をついたので五郎は反応に困りながら乾いた笑いを漏らす、どうやら重虎は重虎で色々と苦労しているのだろう。
「重虎さんも大変ですね」
「……五郎様、今なんと?」
「? いや、大変ですねと……」
「いえ、私の事を何とお呼びしたのかと」
「あっ! す、すみません……重虎『殿』でしたね!」
「……『殿』は要りません」
「へ?」
「『殿』は必要ないと申しているのです」
「で、ですけど……」
「初めてお会いした時もお伝えしたはず、重虎とお呼び下さいと」
「それは……そうですが」
「こうして敵として再会する事になったとはいえ、ここは戦場ではありません。兄上とは親しくお話されているのに私には余所余所しいのではありませんか?」
「そんなつもりは無いんですが……」
「ならば構わないでしょう? もし五郎様が以前と変わらぬようにお呼び頂けるならこれまでの事は水に流しましょう」
「えっ!?」
「如何なさいますか?」
「……あ~、こほん……ん”っ」
「五郎様?」
「し、重虎………………さん」
「…………ふふふ」
「わ、笑わないで下さい!」
「いえ、段々不安そうなお顔をなさるのでおかしくて」
「よ、呼び捨てはどうかご容赦を……! 重虎さんを呼び捨てにしている所を見られたら何をされるか……」
「分かりました、今はそれで我慢致しましょう」
「それじゃ!?」
「但し」
「但し?」
「これ以上騒ぎを起こさぬ様に……これだけはゆめゆめお忘れなく」
「はい! 肝に銘じます!」
「宜しいでしょう」
重虎がふふふと笑って頷いてくれたので五郎はホッとする。
これで一つ心配事が消えたのだ、これから毎日肩身の狭い生活を強いられる事に比べれば呼び方一つなんて事は無い……筈である。
すっかり気持ちが楽になった五郎は重治が意識を取り戻すまでのんびり重虎と話をするのであった。




