第百二十九章~稲葉良通参上!~
利家と大騒ぎを起こして数日、毎日重治に付き従って過ごしていた密かに日々を満喫していた五郎だったが……それが長く続かないのもまたお約束である。
「がっはっは!」
「あ、あはは……(だ、誰か助けて)」
「ほれ、染井殿……遠慮せず飲まれよ!」
「は、はい!」
強く拒絶するわけにもいかず、五郎は目の前で豪快に笑う人物と酒を酌み交わす、肩をガッチリと組まれているので逃げ出すことも難しい。
『どうしてこんな事に……』そう思いながら五郎は今の現状に至った経緯を思い出すのであった。
それは五郎が重治と朝からいつもの広間で暢気に話していた時の事である。
重虎の言ったとおりに五郎が宛がわれていた部屋に一人で居ると、重治がやって来て自分を連れ出したのであった。
重治曰く『一人で放っておくなど危険です、私が見張る為に傍に居て貰う事にします』らしい、五郎は利家のように暴れる気は毛頭無いのだが……一人で居ても暇なので断る理由もなかった。
「重治殿、俺が一人で部屋に居ると知って喜んで引っ張り出しに来たでしょ?」
「はて? 私には良く分かりませんねぇ~」
「ま、良いんですけどね……俺も一人じゃ何もする事なかったですし」
「そうでしょう、そうでしょう」
「但し、一つだけ言いたい事があります」
「ほう? 何でしょうか」
「何も……悪戯を仕掛けて起しに来ないで下さいよっ! 朝から肝が冷えたでしょ!」
「い、いやぁ……伝え聞いたところ五郎殿は朝のお目覚めが悪いとお聞きしたものですから……ね?」
「ね? じゃないですよ! ちょっと愛嬌のある顔をしたからって許しませんよ!」
「まぁまぁ……落ち着いて五郎殿、その代わりに私と共に美味しい食事を摂ったではありませんか」
「そ、それは…………美味しかったです」
そう、朝早くに重治に起こされて悪戯に遭い、その侘びも兼ねて一緒に食事を摂ったのである。
いつもは最低限のご飯とおかずだったが、今日は重治の計らいで少し豪勢だったのでついつい満腹まで食べてしまった。
「まぁ、これから五郎殿は私が御相手致しますよ」
「有難いような……」
「重虎の目が光っておらぬから良いではありませんか」
「それ、絶対本人の前で言わぬよう気をつけて下さいよ……」
「勿論です」
「……重治殿と居るのは嫌いじゃないんですけど、逆に俺が相手をさせられてる気分になるんだよなぁ……」
「はっはっはっ」
「笑うところ!?」
「細かい事は良いじゃありませんか」
「細かい事ですっけ……」
二人が和気藹々と話していると、広間の戸が勢いよく開かれて兵士が転がり込んでくる。
目をぱちくりとさせて二人が兵士へと視線を向けると、視線を感じた兵士は慌てて頭を伏せると報告を始めた。
「し、失礼いたします! 竹中様に申し上げます!」
「何事です」
「はっ! 先程、稲葉良通様がご到着なされました! 既に安藤様にはお伝えしておりますが、先に此方に案内せよとのお達しです!」
「ふむ、よく伝えてくれた」
「はっ!」
「稲葉殿はすぐ此方へ?」
「はい! もうすぐ此方へご到着なされるかと!」
「よし、後は下がって構いません」
「はっ、失礼致します!」
重治は表情をキリッとさせて兵士に応対すると、隣で見守っていた五郎に声を掛ける。
「五郎殿、ちょっと私は稲葉殿を持て成す為にある物を持ってきます」
「え? あ、はい……」
「もし、その間に稲葉殿が来られたら『少々お待ち下さい』とお伝え下さい」
「えっ!? 俺一人で此処に残るんですか!?」
「はっはっはっ、誰も居なかったら稲葉殿が困るでしょう?」
「いやいやいや! 俺がそのある物を取りに行ったら駄目なんですか?」
「まぁ……それは構いませんが……道に迷わずに戻って来れますかな?」
「うっ……! それは……!」
重治の痛い所を突かれて五郎は言葉を詰まらせる、確かに道に迷う可能性が高いのである。
先の大騒ぎでは重治が居たからこそ迷わずに済んだのだ、一人で城内を歩いて迷わない自信が無い。
「あ、それなら誰かに案内を……」
「今日は皆忙しいのですよ、それに稲葉殿がご到着なされたのなら尚更です」
「…………」
「まぁ、早く戻ってきますから御安心を」
「は、はい……」
「では」
重治は早歩きで広間を去る、一人残された五郎は重治の『御安心』に全く安心出来ない予感がしたのだが……その予感が大当たりするのが五郎の持って生まれた運命だったのである。
「竹中殿! 稲葉良通、只今到着致したぞ! がっはっはっ!」
「ひぅっ!(びくっ)」
「……む? 確かこの広間で合っている筈だが……」
「……(ぶるぶる)」
「んん? おい、そこのお主!」
「ははは、はいっ!」
「此処に竹中殿が居られると案内されたのだが……お主は何か知らぬか?」
「た、竹中様は只今稲葉様に御用意する物があると席を外されております!」
「ふむ、そうであったか……なら仕方あるまい」
五郎の答えを聞いた人物『稲葉良通』はドカッと腰を下ろすと顎を摩りながら『うむぅ』と考え込む。
その良通を前に緊張状態になった五郎は下手に身動きが出来ずにただただ立ち尽くす。
(こ、これが稲葉良通殿? 凄く怖そうなお顔なんですけどっ!)
一睨みされたら腰を抜かしそうな顔に怯える五郎、しかも良通が考え込んだものだから余計に顔が険しく見える。
それからどれ程経っただろうか、五郎が固唾を呑んで見守っていると良通はすくっと立ち上がると五郎に近寄ってくる。
(ぎょ、ぎょえぇ~~~!)
突然の行動に五郎が心の中で奇声を上げていると、良通はドン!と五郎の両肩に手を載せるとぐぐっと力を込める。
「い、いだっ!!」
「ところで……お主、見かけぬ顔だが……(じろじろ)」
「あ、あわわわ……」
「竹中殿の手下か?」
「は、はいっ! そうであります!」
「ふ~む……?」
「ふ、普段は竹中様のお屋敷でお世話をさせて頂いております! (重治殿御免なさい!)」
「そうか……そうであったか! この様な事になったにも係わらず竹中殿の世話をする為に来ておるのだな? 天晴れな男だ! がっはっはっ!」
「あ、あはは(や、やべぇ! 何か壮大に勘違いされていってるぅ!?)」
「うむ、御主の様な男が居るのなら竹中殿もさぞ安心だろう!」
「そ、そうでしょうか」
「間違いない! 某だったら決して逃がさぬぞ! がっはっはっ!」
「……(ぶるぶる)」
怖い顔を眼前に寄せて笑い声を上げる良通に五郎はすっかり怯えてしまう。
ふと思ったのだが……このまま勘違いされたままだと後で大変な事になるのでは?
五郎は一抹の不安を感じながら良通の動向を見守る。
「そうであった! 御主の名を聞いておらんな……聞かせてくれないか?」
「は、はいっ! お……わ、私は染井五郎と申します!」
「…………」
「…………(ごくり)」
「……………………むむむむむむ!」
「ひぃっ!」
「良い名だなっ! 染井五郎か! この稲葉良通、確と覚えたぞ!」
「あ、有難いお言葉……」
「竹中殿が戻られるのはまだ暫く掛かるようだ、どうだ染井殿……某に付き合わぬか?(ドンッ!)」
「ぶっ!」
「まさか、酒が飲めない……筈がないであろう?」
「ま、まさかその様な……」
「うむうむ! ならば某と酒を酌み交わそうではないか!」
「はい……お付き合い致します……」
五郎は良通が何処から酒を出したのか不思議に思いながら頷く、こうもガッチリと肩を掴まれていたら断る事等出来る筈もなかった。
五郎は早く重治が戻って来てくれないかなと願いながら良通に付き合う事になったのである。




