第百二十六章~窮地を脱出せよ!~
落ち着きを取り戻した重治、やっとこれからどうするか話し合えそうだと安心した五郎は切り出す。
「重治殿、これからどうしましょう?」
「ふ~む、重虎が怒っていたのは前田殿に対してでしょう? 私と五郎殿はこのまま戻れば……」
「お、おい! 俺を見捨てるのか!」
「見捨てるとは人聞きの悪い……そもそも前田殿、あれ程忠告したではありませんか」
「うっ……」
「五郎殿は私の言い付けを守っておるから色々と便宜を図っておるのですよ? 前田殿にも初めに申したはず」
「そ、それは……」
「まぁまぁまぁ! その話は騒ぎが収まってからにしましょう? ね?」
「……そうしましょう」
「……お、おう」
五郎は何とか場を取り成せた事に胸を撫で下ろした、早くこの騒ぎを収拾して一息つきたいのである。
兎にも角にも先ずは重虎の怒りを静めるのが先決である、重虎は揚羽と怒り方が似ているので出来れば早々に解決したい。
ただ怒って説教するのではなく、最終的には黙って一言も喋らなくなる時が一番恐ろしいのだ。
「うぅ……まだこの城にお世話になりそうなのに、この先ずっとそんな調子だったら禿ちまう! 胃が穴だらけになるっ!」
五郎が腹に手を当てて顔色を悪くしたので重治が心配そうに顔を窺ってくる、五郎は重治に大丈夫ですと伝えて一つ咳払いをすると二人に切り出す。
「今はこの状況を何とかする事が先決です、重治殿……何とか重虎殿に近づけませんかね?」
「近づくのは簡単かもしれませんが……」
「何か問題が……?」
「いえ、重虎がもし私と五郎殿が前田殿を連れて逃げ回っていると勘違いしていたら危険なのでは?と」
「……は、ははは」
「よく思い出してください、私は兎も角として五郎殿は前田殿の手を引いて逃げられたでしょう?」
「はい……」
「結果として私も巻き込まれる形で三人で逃げた様に思われた可能性が……」
「つまり?」
「私や五郎殿を見つけても、重虎は全力で捕らえにくるやもしれませんね」
「おうふ……」
「私としては何とか安藤殿にご助力を願った方が良いかと」
「なるほど、確か重虎殿が指揮を執っている兵達も元々安藤殿の私兵でしたっけ?」
「ええ、そうです」
「なら……何とか安藤殿に会いに行きましょう」
「そうしましょう」
五郎と重治が今後の方針を話し合っていると、一人蚊帳の外で暇だった利家は退屈そうに欠伸をしている。
どうやら今回は大人しく自分と重治に従ってくれそうだ、五郎はホッとして声を掛けた。
「利家、聞いていたかい?」
「ん? あぁ……安藤殿に会いに行きゃいいんだろ? そろそろ動こうぜ~ジッと閉じこもってたら退屈だぜ」
「そうなったのは利家が暴れるからでしょ……」
「わ、悪かったよ! そんな目で俺を睨むなよぉ~」
「お願いだからこれ以上騒ぎを起こさないでよ? 重治殿や安藤殿の計らいでこうして過ごせてるけど、俺達を怖い目で睨んでくる人も居るんだから……」
「良い度胸じゃねぇか……やれるもんなら……」
「…………(じろり)」
「うっ……」
「今度は信長様もお許しになるか分からないよねぇ~? もしかしたら利家のせいで信長様の顔に泥が塗られるかもしれないしぃ~?」
「ぐっ……が、我慢するよ……」
「宜しい」
二人のやり取りを見ていた重治は五郎の利家に対する扱い方の手際の良さに感心しながらも『猛犬と飼い主の様な関係なのだな』としみじみ思った。
重治が何故利家の従者に五郎を選んだのか理解していると、五郎は利家に話を終えて大きく息を吐いた所であった。
「五郎殿、前田殿」
「はい?」
「あん?」
「話が終わったのなら移動しましょう、もし重虎が本気ならば此処に留まるのは危険です」
「利家、気配は?」
「多少は感じるが……気にしすぎじゃないのか?」
「いえ、そんな事を言っている間に逃げ道を塞がれてしまいます」
「重治殿がそこまで言うなら……」
「俺としては願ったりだ、動くなら早くしようぜ~」
「では、外を窺ってみましょうか」
重治が戸を静かに開けて外の様子を窺おうと顔をそろ~っと出したのだが……。
「っ!?」
突然顔を引っ込めると口を両手で押さえながら首を激しく横に振る、余程驚いたのか首を振るたびに口を押さえてる両手から少量の血が飛び散る。
五郎は手で『落ち着いて下さい』と制止すると、今度は首を縦に振りながら重治はその場で腰を下ろした。
その隙に利家が重治と同じ様に顔を出すと、スッと顔を引っ込めてから音が鳴らないよう手早く戸を閉める。
「……こりゃ駄目だ」
「利家? 駄目って……」
「見晴らしの良い場所に血の気が多そうな奴らが数人待っていやがるぜ」
「げっ!」
「多分、俺達が出てくるのまで見張ってるんだろうな」
「という事は?」
「何処も同じ様な布陣だろーよ」
「…………」
「…………」
やけに静かだと思ったら包囲網が出来上がっていたと分かり黙り込む二人、どうしたものかと悩むが全く妙案が浮かばない。
その時、やっと復帰した重治が口を開いた。
「こ、この状況では私は此処に居た方が賢明でしょう」
「重治殿?」
「おい、何言ってやがる」
「恐らく見つかったら皆に知れ渡るでしょう、そうなれば逃げ回ることになる事は容易に想像できます」
「……あぁ、そうなるでしょうね」
「だろうな」
「正直、体力には自信がないのですよ」
「利家……重治殿を抱えて走れない?」
「出来るぜ? ……だけどよ、激しい振動で竹中殿が血を撒き散らしそうな気が俺でもするんだが……死ぬんじゃねぇか?」
「あ、大丈夫」
「大丈夫なのか!?」
「うん、利家は見た事ないだろうけど……結構吐いてるけど復活するよ」
「……なるほどな、単身この城を乗っ取ったと聞くだけの男だけはあるのか」
「う、うん(妙な勘違いをさせた気がする)」
「不死身の男か……戦場で戦いてぇな~(ちらちら)」
「ご、五郎殿……前田殿が危ない目で私を見ているので妙な事は……」
「いやぁ……俺もそんなつもりで言ったんじゃないんですけどね……」
「竹中重治、竹中重治な! ちゃんと覚えておかねぇと」
「…………」
「…………」
五郎はきっと何を言っても無駄なんだろうなと悟った顔を、重治は厄介な人物に目を付けられたなという虚ろな目をした顔になる。
しかし、五郎は悟っている場合じゃ無い事を思い出すと、重治を揺すってから正気に戻す。
「重治殿、それより利家に抱えて貰いますから行きますよ!」
「い、いや……ですが……」
「城内に詳しい重治殿の助けがないと迷って捕まってしまいますよ!」
「…………その方が私には被害が(ぼそり)」
「……重治殿?」
「いえ、何も……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……利家、重治殿を離さないよう抱えて行くよ」
「!?」
「任せろ! 一人だけ置いて行くなんて男が廃るよな!」
「勿論だよ(天使のような笑顔)」
「ご、五郎殿!?」
「さぁ、皆で行きましょう?(地獄へ)」
「い、嫌です! 私は此処で大人しく……あっ! 前田殿、何をなさっ……!」
「大人しくしろって! 良いもん見つけたからこれで落ちない筈だぜ?」
「うんうん、ちゃ~んと縛って置かないとね!」
「うぐっ……ちょ、ちょっときつく縛りすぎじゃ……ぐふっ(吐血)」
「あっ……やべっ」
「大丈夫、すぐ復活するから……それくらいなら」
「ご、五郎殿……貴方は……鬼…………ですか」
「友人(生贄)の為なら俺だって鬼にもなりましょう」
「ひ、酷い……あんまりです」
「怒られる時は……一緒ですよ?」
「……」
「あ、気を失ってる」
「五郎……お前も信長様の事を言えない時があるよな」
「え、そう? 信長様より優しくない?」
「…………で、どうすんだ?」
「その間が気になるけど……まぁいいや、取り敢えず重治殿が目を覚ます迄待ちたいな……いざという時は走って追手を撒こう」
「分かった、取り敢えずいつでも走れる準備だけはしておけよ?」
「任せて」
気絶した重治を抱えた利家は息を殺して戸の傍で中腰になる、五郎は利家の反対側で同じ体勢で待機するのであった。
重治が目覚めるのがいつになるか……じっと息を殺した二人は時間の感覚が分からなくなる時を過ごす事になった。




