第百二十五章~稲葉山城は大騒ぎ~
「で、重治殿……これはどうしたものでしょうか」
「はっはっはっ、私にもどうすればよいやら」
「何故俺達まで重虎さ……おほん、重虎殿に追われているんで?」
「そろそろ重虎と呼び捨てにしたら良いでしょうに、きっと喜びますよ?」
「いやぁ~それはちょっと……ってそれどころじゃないでしょっ!」
「どれ、少し様子を……」
「お、俺も……」
押入れの隙間から外を窺う二人、どうやらこの辺りに誰も居ないようである。
安堵した二人は何故こんな状況になったのか思い出すのであった。
利家と重虎が暴れていると報告を受けた二人は慌てて現場へと向かったのだが……。
「うげっ……」
「……さて、帰りますか」
「ちょ、ちょっと! 重治殿あんまりです!」
「いや……だって、重虎があんなに怒気を発しているんですよ? ここは触らず嵐が過ぎるのを待った方が……」
「その間に利家が危ないですよ!」
「えぇ~……でも重虎が怖いのですが……」
「駄目だ! この人妹にすげー弱い!?」
「そこまで褒めなくても良いではありませんか」
「褒めてませんよっ!」
二人がボケて突っ込んでを繰り返していると、対峙している利家と重虎に動きがある。
重虎がゆらりと利家に近づくと気圧されたのかじりじりと利家が後退りをする。
どうやら利家が重虎の逆鱗に触れたらしく、いつも強気な利家が若干怯えている気がするのは五郎の気のせいだろうか。
「こ、怖っ!」
「さ、ここは若い二人に任せて帰りましょう」
「待って! 重治さん! お願いだから待って!」
「は、離して下さい! 私は重要な仕事が残って……!」
「いやいやいや! サボって散歩してたでしょ! 俺も一緒だったんですからねっ!」
「……」
「あっ、黙っても無駄ですよ! 後で重虎さんに報告しますからね!」
「ご無体な!」
「一人だけ逃げようとするからです!」
すると二人が騒いでる事に気づいた利家が物凄い速度で駆け寄ってくる。
どれだけ必死だったのか、利家は息を荒げながら五郎と重治の肩を掴むと口を開いた。
「お、おい! あの女を何とかしろ!」
「何とかしろって……一体何をしたの!?」
「あん? 俺は何もしてねぇよ! ただ退屈だったんで暇つぶしにそこら辺に居た奴と手合わせしてただけだよ!」
「してるでしょ!? それ、ちゃんと相手に聞いたの!?」
「何言ってやがる! 戦場で『今から襲うぜ覚悟しろ!』って一々言うわけねーだろ!」
「馬鹿! 馬鹿馬鹿!」
「ば、馬鹿だと!?」
「そんな事したら怒るに決まってるでしょ!」
「何でだよ!」
「あぁ……そうだから信長様に怒られるんだよ!」
「ぐっ……」
五郎が利家を叱っていると、突然影が差して暗くなる。
ゾクリとして横に視線を向けると、全く目が笑っていないのに微笑を浮かべた重虎が居た。
「ひぃっ!」
「げっ!」
二人がそれぞれ異なる叫び声をあげると、重虎は地の底から響くような声を発する。
「逃がしませんよ……」
その一言に命の危険を感じた五郎は重治に助けを求めようと……。
「あっ! 重治殿が居ない!」
いつの間にか忽然と姿を消していた重治に慌てる五郎、利家は利家で五郎の手を掴んで離さず重虎を睨みつけている。
このままでは巻き込まれてとんでもない目に遭うと確信した五郎は必死に辺りを探すと、この場からこっそり抜け出そうとしている重治を見つけた。
「み、見つけた! 一人だけ逃げようなんてっ! 利家! 走るよ!」
「お、おい! 何処に行くんだよ!」
「重治殿なら良い場所に案内してくれるよっ!」
「ほ、本当かよ……」
「このまま重虎さんに何されるか分からないより良いでしょ!?」
「お、おう……」
五郎は利家と重治目掛けて走り出す、すると重虎が『あっ!』と声を上げた。
そして足音を聞いて此方を振り返った重治が目を見開いていると、二人は重治の両腕を抱えてから走り去る。
三人がドタバタと居なくなった場所に一人残ったのは重虎だけになったのであった。
「ふ、ふふ……そうですか。兄上も、五郎様も前田殿に加担なさるのですね?」
五郎と重治は巻き込まれたのだが、重虎は既に利家の所業に腹を立てており二人があたかも利家の味方をしているように見えてしまったのである。
重虎は三人を探す前に兵を集めると、手分けして探し出すように命じる。
彼女の頭の中には三人を捕まえてどんな『お仕置き』を与えるかだけしか残っていなかった。
こうなった経緯を思い出して五郎は頭を抱える、出来るなら泣きたい程だ。
隣に居る重治は重治で『もう私は終わりだ……短い生涯であった……』とぶつぶつ呟いている。
そんな中、悠長に握飯を平らげているのは利家である。
「うん、うんうん……やっぱ握飯はうめぇな」
「良くこの状況で食えるね……」
「腹が減ってたら戦えねーだろ?」
「戦う気なの?」
「おう、あっちがその気なら俺だってやってやろうじゃねぇか……!」
「だ、駄目だ……すっかり元の利家になってる」
暫く大人しかった利家もすっかり元通りである、これで重虎と鉢合ったらどうなるやら……考えるだけで頭が痛くなる。
何とか重虎に落ち着いて話を聞いて貰いたいが……頼みの綱である重治がこの調子ではどうしたものか。
「あぁ……結局俺は何処に居ても面倒な事に巻き込まれるのか……」
「全くだぜ……五郎のお陰で面倒な事になっちまったな」
「君のせいだよっ!? 君が暴れるからこうなったの!」
「そうだったか? 忘れちまったぜ、はっはっはっ!」
「……今なら殴っても許される気がする」
「ん? どうかしたか?」
「何でもないよっ!」
拳骨一発でも食らわしたい衝動に駆られたがグッと抑える、ここで利家が騒ぎ始めたら台無しである。
五郎が堪えながら様子を窺って数分、念の為に様子を見たが人の気配を感じないので取り敢えず押入れから出る事にした。
「ふぅ、やっと窮屈な場所から抜け出せた……」
「で、これからどうするんだ? あの女を負かしに行くか?」
「却下」
「えぇ~」
「利家、君は少し静かにしていれくれないかな。じゃないと清洲に帰った時に信長様に色々と話しちゃうかもしれないよ? ん?」
「……わ、分かった」
話が纏まらないので五郎は利家を黙らせる、利家も信長に告げ口されたら困る事が多いので五郎の言う事を大人しく聞くのであった。
取り敢えず利家が静かになったので五郎は現実逃避している重治を現世に戻そうと試みる。
「重治殿~重虎殿が呼んでますよ~」
「……(ピクッ)」
「重虎殿が~」
「……(ぶるぶる)」
「あ~、重虎殿の名を出すのは逆効果だったかな……」
重虎の名前に反応してぶるぶると震え始めた重治を見た五郎は頭を掻いた、しかし他に重治の目を覚まさせる手が……。
「あっ、この手が……」
良い考えが浮かんだ五郎はポンッと手を叩いて深呼吸をする、この方法は重治が暴れる可能性が若干……いや、大いにある為心構えをしておく必要があるのだ。
しっかり距離を取って腰を据えた五郎は重治に向かって声を掛けた。
「重治殿! 大変です! 重虎殿が妙な男に言い寄られて居ますよ!」
五郎の言葉にピクッと反応した重治はゆらりを立ち上がると、五郎の方へ身体をゆっくりと向けながら先程の重虎と同じ様に地の底から響くような声を発する。
「なぁ~ん~だ~とぉ~?」
流石兄妹、良く似ているなと感心していた五郎だったが念の為にもう一押しした。
「おお、重虎殿の身体に手を……」
「ぬおりゃぁ!!!!」
「うわっ! 危ないっ!」
「おい! いきなり刀を抜きやがったぞ! 五郎、どうすんだよっ!」
「ちょっと刺激しすぎちゃった! てへっ!」
「その変な顔は止めろ! 気色悪ぃ!」
「ど、何処だ! 俺の重虎に手を出そうとは不届き千万!」
「利家! そっち抑えて!」
「て、てめぇ! 刀を振り回してる方を押し付けやがったな!」
「いいからっ! あんまり暴れていると見つかる!」
「分かったよ! ちくしょう!」
何とか二人で重治を抑えると暫くふーふーと興奮していた重治が落ち着きを取り戻す。
気づいたら五郎と利家に身体を抑えられていたのだ、キョトンとした表情で此方を見た重治が暢気に尋ねてくる。
「あれ、私は一体……どうして二人に押さえつけられているので?」
「あ、あはは……」
「あんたが暴れるからだよ!」
「私が……おっと、失礼」
「重治殿! 血! 血が垂れてますから!」
「あはは、どうやら興奮していたようですな」
「あははじゃなくて!」
五郎は血を口から垂らしだした重治を見て慌てると、近くに丁度良い物が無いか漁り始める。
結局重治の吐血が治まるまで落ち着く暇がないのであった。




