第百二十四章~半兵衛さんの一日~
信長が清洲城で騒いでいる頃、稲葉山城で過ごしている五郎は重治と共に居た。
「っくしょん!」
「おや? 大丈夫ですか五郎殿」
「あ、はい……誰かが噂でもしてるのかなぁ」
「ははは、もしかすると信長公が慌てて評定でも開いておられるのではありませんか?」
「いや、信長様ならその前に単身乗り込んできても不思議じゃありませんね」
「なるほど、もし五郎殿が仰る通りなら既に耳に入っているでしょうね」
「きっと俺が捕まったと聞いた信長様が俺の悪口でも言ってるんでしょう、絶対そうですよ」
「ははは、考え過ぎですよ」
「そうでしょうかねぇ」
五郎と重治が暢気に話していると、兵士が一人二人に駆け寄ってくる。
「重治様!」
「なんだ?」
「はっ、重治様にお会いしたいという者が……」
「追い返せ」
「はっ! ……本当に宜しいのですか?」
「構わんよ、どうせ何も言ってこないさ」
「では……そのように」
「頼んだよ」
今日の朝から繰り返されている光景を見て五郎がぽつりと言葉を零す。
「う~ん、あの人も大変だなぁ」
「ははは、それがあの者の役目ですから」
「でもさぁ、重治さんは簡単に追い返せって言うけど……きっと色々言われるよね」
「……五郎殿はあの者が気になるのですか?」
「い、いやぁ~……だって大変じゃない? ちょっと可哀想かなって」
「ふむ」
「ど、どうかしました? そんなにまじまじと見られると怖いんですけども」
「いえ、五郎殿は本当に変な人だなと思いまして」
「えっ!?」
「はっはっはっ!」
「笑い事じゃないですよ!」
「いやぁ退屈しなくて有難いですよ、五郎殿には毎日私に付き従って頂きましょうか」
「ま、毎日ですか……流石にそれは……」
「良いではありませんか、私と一緒に居れば稲葉山城がどんな状況であるか探り放題ですよ?」
「探るって……こんな事信長様に報告しても役に立つのやら……」
「ふふふ」
困り顔をする五郎を見て楽しそうに重治が笑う、意外とお茶目な人物である事をこの数日で身を以て体験したのだ。
その何が恐ろしいかと聞かれると、信長とは違い考えられた悪戯の為に警戒しても罠に掛けられる事である。
本当に些細な悪戯で済んでいるのは重治が五郎に好意を持ってくれている事と閉じ込められて退屈せぬよう気を遣ってくれているのだと……。
「……(にやにや)」
「……」
『気を遣っている』と信じたい、でないと重治のにやけ顔が誰かとダブって見えてくる気がした。
正直、じっと部屋でごろ寝するのも流石の五郎でも辛い。
利家が暴れだしたくなる気も分かる気がする、そんな中で重治が自分を構ってくれるのは凄く助かっている。
何より自分の提案もあっさりと許可をくれたのだ、お陰でこうして重治が一日何をしているのか知る機会が出来た。
「お、また来ましたよ」
「おや、今日は盛況ですねぇ」
「……いつもは違うんですか?」
「ええ、大抵は一度追い帰せば暫く大人しくなりますので」
「そ、そうですよね……」
「信長公くらいなものですよ、間を置いてるとはいえ何度も使者を寄越して来たのは」
「は、ははは……」
「まぁ、私が怒らない絶妙な間を置いて寄越すあたりが……中々侮れない御方ですね」
「そういえば、俺達も暫く待ってから出発しろと口煩く言われましたねぇ」
「なるほど、信長公にも何か考えがお有りだったのかもしれませんな」
「ですねぇ」
「重治様!」
「あ、さっきと同じ様に頼む」
「は、はっ!」
「し、重治さん! ちょっと対応がお座なりになってますよ!」
「どうせ追い返すのです、一緒ですよ一緒」
「だからあの兵士が困った顔になってたでしょ!」
「役目ですから」
「それは……そうですけど……」
「大丈夫ですよ、あの者はああ見えて安藤殿が目を掛けているのです、一寸やそっとじゃ根を上げませんよ」
「安藤殿の?」
「ええ、安藤殿からは多少無茶を命じても良いから宜しく頼むと言われているのですよ」
「な、なるほど?」
「私も別に意地悪で言っているのではありませんよ」
「それは分かってますが……」
「まぁまぁ、ちゃんと後で便宜を図っておりますから」
「あ、そうなんですか」
「ええ、だからあの者も文句は一言も申しておらぬでしょう?」
「そういえば……」
「だから、あまり気にされなくて良いですよ」
「わ、分かりました」
重治はそこで話を切ると、何やら腕を組んで考え始める。
五郎はどうしたのだろう?と不思議に思いながら様子を窺う、すると重治は『う~ん』と唸ってから立ち上がると五郎の肩に手を置いて告げた。
「五郎殿、退屈ですから城内でもぶらぶら歩きませんか?」
「えっ? で、でも……安藤殿のお話では今日は日暮れまでここで雑務の予定じゃ……」
「いや、もう必要な分は終わらせてあります。後はどうせ内情を探りたい輩が私に面会したいと書き認めた文ばかりですよ」
「は、はぁ……」
「雑務とはいいますが……こんな状況でやる事など限られてますからねぇ、私の役目は他家からの使者や噂を聞きつけてやってくる面倒な輩を追い払う命令を出すくらいなもんですよ」
「……それだけ聞くと確かに退屈にでもなりますね」
「分かってくれますか? 私も五郎殿と同じで所詮この城から勝手に動けない状況なのですよ」
「それは……安藤殿の事で?」
「……(こくり)」
五郎の一言に重治は黙って頷く、重治が『内密にして下さいよ』と念を押してから話してくれた中で自身の進退について少し教えてくれたのだ。
どうやら重治は最後まで城を信長に明け渡す気が無い事が分かったのだが、それ以上に五郎が気になったのは重治が何処に居るのか分からない斉藤家の当主・龍興に城を返すつもりだという事だ。
勿論、五郎はそんな事をしたら重治がどうなるのか?と尋ねたのだが返ってきたのは『私は妹と斉藤家を……美濃を出ます』という言葉であった。
「重治殿も安藤殿達と共に来る気はないんですか……?」
「ありませんね」
「どうしても?」
「ええ、信長公は面白い御方の様ですが……もし信長公に仕えるなら五郎殿に仕えた方が私には有益です」
「お、俺ですか?」
「はい」
「い、いやぁ……俺は下っ端なので……重治殿の様な御人を雇える余裕が……」
「食うに困らなければ文句は言いませんよ? 今なら妹も付いて来ますが……どうです?」
にやにやと笑いながら重治が提案してくる、確かに普通ならば魅力的な提案だろう……本気かどうかは怪しいが。
ただ、もし五郎が重治を登用する事になれば信長がなんと言うやら……能力がある者は自分のものにしたがる傾向があるので面倒事に発展しそうな気がする。
「え、え~っと……俺にはやっぱり無理かなぁ~と……」
「ふむ、残念です」
「も、申し訳ない」
「いえ、私も五郎殿なら毎日退屈せずにすみそうだなと思っただけですから」
「あ、あは……あはは……はぁ」
「ふふふ」
確かに重治の言うとおり毎日が何かしら面倒事が起きる可能性に溢れているので困る。
今こうして重治と暢気に話しながら一日過ごせるのが珍しいのだ、悲しいのはそんなまったりな日々を過ごせているのが敵地であるという事だ。
「まぁ私が動くのは安藤殿達が動いてからになるでしょう、そしてそれは暫く先の話」
「……それまでは俺と利家も大人しくしろって事ですよね?」
「はい、出来れば手荒な事をしたくありませんから」
「それは俺も勘弁して欲しいなぁ……」
「五郎殿は大丈夫でしょう? 私としては前田殿が良く我慢なさっていると……」
「し、重治様! 染井殿! 大変です!!」
重治の話の途中で後ろから声が掛かる、二人が顔を見合わせてから振り返ると息を荒げた兵士が居た。
その兵士は息を整えると二人に告げるのであった。
「ま、前田殿が突然暴れ始めて……その事を知った重虎様が……」
兵士から報告を受けた二人は渋面になる、どうやら重治の懸念は的中したようだ。
「五郎殿、早く止めないと安藤殿のお耳に入ります」
「ええ、俺もまた牢に入るのは嫌なので急ぎましょう!」
二人は駆け足で二人が暴れている場所へと向かった。




