第百二十一章~ご機嫌斜め~
五郎と重治は畳に頭を擦りつけて平謝りしていた。
何とか重治の助けを借りながら重虎のご機嫌を取ろうとしていたのだが……。
「重治殿~」
「いや、申し訳ない……更に機嫌が悪くなってしまいましねぇ、あはは」
「あはは~じゃないですって、気のせいかもしれませんが利家と睨み合っていた時より機嫌が悪くなっていませんか……?」
「ですねぇ」
二人が頭を擦りつけたままひそひそと話していると、この部屋に移ってから一言も喋っていない筈の重治から更に重圧を感じる。
思わず『ひぃっ』と漏らした五郎はひたすら頭を下げたままで重虎の許しを待つ。
「し、重治殿……何か良い方法はないんですか?」
「いやぁ~……実は私もここまで機嫌が悪い重虎は初めてなんですよねぇ」
「え”っ」
「まぁ重虎は真面目というか、堅苦しいというか……普段はそうでもないのですがねぇ」
「そんなぁ」
「ここは重虎が折れるまで耐えるしかなさそうです」
「こ、このままですか?」
「……え、ええ」
五郎は重治から早々に耐えるしかないと告げられる、どうやらこの状況で小細工などすればもっと重虎のご機嫌を損なうと判断したようだ。
しかし、利家の時は刺々しかったが自分に対してはお茶などもちゃんと用意してあったというのにどうした事か。
すると重治が五郎の疑問に答える。
「きっと、他の者……利家殿が居たからでしょう」
「……もしかして、口に出してましたか?」
「ええ」
「つまり……」
そろ~っと視線を上げる、重虎がどんな顔をしているのか窺うと……。
「っ!?」
そこには、目を細めて五郎を見ている重虎がジッと座っていた。
その視線を見た瞬間危険を察した五郎は寒気を感じて頭を下げる。
しかし、その時である……重虎から五郎に声が掛けられる。
「五郎様」
「は、ははは、はいっ!」
「勘違いなさっておられるかもしれませんが、私は別に頭を下げて欲しい訳ではありません」
「え、いや……その……」
「その様な事より、私に言うべき事があるのではありませんか?」
「え? 言うべき事……?」
やっと口を開いた重虎にそう言われた五郎は何か言う事があったかなと考えてみる。
暫くの間五郎が唸っていると、隣で何故か同じ様に頭を下げていた重治が重虎に声を掛ける。
「重虎、私はそろそろ頭を上げていいのだろうか?」
「駄目です」
「いや、しかし……五郎殿は……」
「兄上、私が戻る間に五郎様と何を隠れてコソコソと話して居られたのです?」
「い、いや……利家殿が寝てしまわれたのでな」
「なるほど、だから私が戻った時に顔を寄せてコソコソと話をしてらしたのですか?」
「うっ」
「まさか……五郎様に良からぬ事を吹き込んで等いませんよね?」
「そ、そんな事は無いぞ! 私はただ重虎は怒らせると怖いので早めに頭を下げた方が良いと…………あっ」
「ほう、だから五郎様が私の顔を見た瞬間に頭を下げられたのですね?」
「い、いやぁ~……はっはっはっ!」
「笑って誤魔化さないで下さい!」
「はい」
「全く、兄上はこの様な時に……(ぶつぶつ)」
重虎が重治に説教を始める、だが五郎はすっかり考え事に夢中で気づいてはいなかった。
土下座をする際に軽く弁明はした筈だし、何より他に言う事が全く見当もつかない。
重虎があれ程怒っていたのだ、恐らく凄く重要な事だと思うのだが。
「一体何が……ぶっ!」
ふと視線を横に向けるとガミガミと叱られている重治の姿が見えて吹き出す。
いつの間に重治が叱られていたのだろうか、何より叱っている重虎が無表情なのが一番恐ろしい。
そして五郎は気づく、もし重治に対する説教が終わったら次は自分の番ではないのか?と。
「あ、あわわわ(ぶるぶる)」
このままではいけないと思った五郎は必死に考えるが、考えれば考えるほど深い沼に嵌っていく気がしてくる。
普段使わない頭を酷使したせいか段々頭痛がしてきた気もするし、いっそ正直に分からないと答えるしかないのでは?と思ってくる。
「よ、よし……」
密かに五郎が覚悟を決めている間にも重虎の説教は続いていた。
どうやら暫くは続きそうだ、五郎はいつ自分の番がくるのかビクビクしながら見守るのであった。
「兄上!」
「はい……」
「ちゃんと分かって頂けましたか?」
「はい……」
「ならば良いのですが……」
結局長々と小言を聞かされた重治は疲れきった表情で返事をしていた。
よく見ると口から血が垂れている気がするのだが、大丈夫なのだろうか?
五郎が重治の心配をしていると、くるりと顔を此方に向けた重虎と目が合う。
その瞬間ビクッと身体を震わせた五郎は反射的に背筋を伸ばして姿勢を正した。
「……五郎様?」
「は、はい!」
「そんなに身構えて、どうなされたのです?」
「いえっ! 別に何もありません!」
「はぁ……ならば良いのですが」
「あの! 重虎殿!」
「なんでしょう」
「も、申し訳ないのですが……どうしても重虎殿が仰る事に思い当たらず」
「……」
「どうすればお許し頂けるのでしょうか……」
五郎の正直な一言に重虎は『はぁ』と溜息をついた、どうやら五郎が本当に思い当たらないのだと分かったのだろう、重虎は仕方ありませんねと呟いてから五郎に答える。
「五郎様、この様な形ではありますが……またお会い出来たのです、それなのに兄上とはお話をされたり、挨拶をなさっていたのに私には何も申されませんでしたよね?」
「あっ……いや、それは……」
「その様な態度を取られては私もいい気分がしません、五郎様はどう思いますか?」
「は、はい……俺の配慮が足りませんでした」
五郎としては重虎が利家と一触即発状態だったので重治しか選択肢が無かっただけなのだが、重虎としては自分ではなく重治ばかりに話を振る五郎に無視されていると感じたらしい。
「し、重虎殿……別に重治殿にばかり声を掛けるつもりでは無かったのです、ただ重虎殿が利家とあのような状態でしたので刺激せぬようにと……」
「五郎様」
「はい」
「別に私を無視されていたのではない、そう仰るのですね?」
「え、ええ……勿論です」
「それなら、改めて私に言う事はありませんか?」
「…………」
「…………」
改めて問いかけられて五郎は黙って考える、すると『あっ』と何かに気づいた五郎は再度姿勢を正して重虎に頭を下げた。
「重虎殿、この様な形ですがまたお会い出来て良かったです」
「はい、私も驚きましたが……お変わり無い様で安心致しました」
重虎がやっと微笑んで答えてくれたので五郎はホッとする、恐らく挨拶も無く書置き一つ残して姿を消した事を気にしてくれていたのかもしれない。
それなのに再会した五郎の態度が重治と自分とで違う事にご立腹だったのだろう。
「まぁ、色々とお聞きしたい事がありますが……五郎様」
「何でしょう?」
「これだけは教えて下さいませ、あの時私に助力して下さったのは……私の事をご存知だったからですか?」
「重虎殿の事を?」
「はい、私が兄上と共に斉藤家に仕えている者だと知っていたからなのですか?」
「いやいや! そんな事は全く……俺はその辺りがさっぱり分からなくて、重虎殿の事も困っている様子だったのでつい……」
「そうですか」
五郎の言葉に嬉しそうな表情を浮かべた重虎、するとあれ程死にそうな顔で血を垂らしていた重治がいつの間にかにやにやと此方を見ていた。
「いやぁ、良かったではないか重虎」
「兄上、気色悪いお顔をなさっていますよ」
重治に茶々を入れられて少し照れたのか、頬を薄っすらと赤くした重虎がコホンと一つ咳払いをする。
「そ、それよりも……五郎様に私のお気持ちが理解頂いた所ですが、お腹が空いておられませんか?」
「そういえば……」
重虎に尋ねられて五郎はお腹が減っている事に今更気づく、よく考えたら捕らえられてから気づいたら牢に居たのだ。
一日程度ではあるが何も口にしていないのでお腹は空いている。
五郎がお腹に手を当てた瞬間に大きく鳴いたので重虎がくすりと笑う。
その後で、重虎が遅くなった理由が何かお腹に入れる物を用意していた事が判明して五郎は感激する事になるのであった。




