第百二十章~意気投合~
「ふぅ~……落ち着きますねぇ」
「全くですなぁ」
「……」
「利家殿はすっかり寝てしまわれたご様子、大した胆力ですな」
「あ、あはは……」
五郎は寝息を立てて横になっている利家を見て苦笑いをする、確かに敵地で言いたい放題喋った挙句に堂々と寝転ぶ度胸は凄いと思う。
自分にはとても出来ない芸当である、こうして重治とのんびりお茶を啜って話をしてはいるが、いつ何を言われるか内心ビクビクしているのである。
「……五郎殿、此方へ」
「?」
利家がすっかり寝入ってるらしいと確認した重治は声を潜めて五郎を呼ぶ。
なんだろう?と五郎が頭を捻っていると、重治は五郎にだけ聞こえるように耳打ちした。
「今なら利家殿も寝てます、本当の事がお聞きしたい」
「……えっ」
「本当は利家殿の家臣ではないのでしょう?」
「うっ! それは……」
「まぁそう警戒なさらず、別に五郎殿の正体を探ってどうこうする気はありません……私にはね」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、単純に私は五郎殿に興味があるだけですよ」
「は、はぁ……俺に……ですか」
「前に一度お会いした時は確か……木下藤吉郎殿でしたよね? 藤吉郎殿と共に井之口に来ておられたと記憶しています」
「……ええ、そうですけど」
「最近、木下藤吉郎なる人物について耳にしましてね」
「ほ、ほほぅ……」
「織田に仕えている五郎殿がご存じないとは申しませんよね? 墨俣に築かれた織田の出城、その指揮を執っていた人物が『木下藤吉郎』なる人物らしいのです」
「……」
「利家殿の態度や藤吉郎殿の事から予想すると、貴方が利家殿の一家臣だとは思えないのですが……」
「そ、それはぁ~……」
「まだ重虎も戻って来ないでしょうし、是非その辺りをお聞きしたい」
「うっ……うぅ……」
「何度も言いますが私個人の興味で尋ねているのです。こうして重虎が居ぬ間に尋ねている事が何よりの証拠、信じていただきたい」
確かに重治の言葉には嘘を感じられない、五郎は信じてもいいんじゃないかなと思い悩む。
しかし、相手は五郎の記憶にある歴史書でも有名な軍師と称されていた人物である。
噂や情報だけでも頭の良い人物だと分かるだけに、迂闊な事を話しても良いものかどうか……。
「……ふぅ、どうやら信じては頂けないようだ」
「そんな事は……」
「五郎殿が私を信じて頂けないなら仕方ありません、先程の話は忘れて頂いても結構ですよ……但し、その場合私が五郎殿をお助けする事は無いと思ってください」
「え……」
「きっと重虎が戻ったら、色々と詰問されるでしょうなぁ~」
「……(ぴくっ)」
「それに、もしその最中に利家殿が起きたらどうなるやら……」
「……(ぴくぴくっ!)」
「まぁ、私は重虎に危害が及ぶと判断したらすぐに兵を呼びますが」
「………………あ、あのぉ~」
「なんでしょう?」
「な、内密にしてくれるんですよね?」
五郎は恐る恐る尋ねる、大人しく話を聞いていると段々五郎にとって宜しくない展開しか待っていないと判断したのである。
「勿論です」
「な、なら……重虎さんが戻った時はどうか……っ!」
「お任せ下さい、妹はそれとなく宥めますよ」
「……ほっ」
胸を撫で下ろす五郎、すると安堵している五郎を見て重治にやにやと笑う。
「そんなに重虎に怯えずとも良いでしょうに」
「にやにやしながら言わないで下さいよ! 重虎さんの様な女性は怒らせると怖いんです!」
「それは既に同じ様な目に遭っていると?」
「……そうです」
「はっはっはっ!」
「笑いすぎです!」
「いや、失礼した」
「まぁ重虎が戻る前に色々と話をしましょう、五郎殿も私に聞きたい事があるのでしょう?」
「え?」
「時折、もの言いたげな顔で私を見ていたでしょう?」
「あはは……ばれてましたか」
「ええ」
「そ、それならこの際です、俺も色々と重治殿に尋ねさせて頂きます」
「構いませんよ……それではお茶と何か軽く食べれる物を用意します、五郎殿は寛いでいて下さい」
「は、はい」
五郎は重治がお茶とお菓子らしき物を用意している間に深呼吸する、こうなっては重治を信用するしかないだろう。
それよりもこの後重虎や利家に振り回されないようにする事が先決である、どうせ二人だけの秘密になるのだ……平気だろう、多分。
五郎は『大丈夫、大丈夫』と自分に言い聞かせながら重治を待つのであった。
その頃、清洲城内でぼけ~っとしていた信長は、いきなり立ち上がると稲葉山城の方へ顔を向けると呟いた。
「むぅ、妙な感じがしたが……気のせいか……」
信長はまだ五郎と利家が稲葉山城に捕らえられている事を知らない、しかも五郎が竹中半兵衛と話をする中で信長に対する愚痴を零しているなど思ってもみないのである。
「ふ~む……」
信長が首を傾げていると、そこに政秀が現われた。
政秀は立った状態で考え込む信長を見て『また妙な事でも考えているのでは?』と訝しげな目で見ていたが、一つ咳払いをしてから声を掛ける。
「若……若!」
「……む?」
「何をなさっているのです」
「いや、妙な胸騒ぎがしたのでな……」
「……妙な、胸騒ぎ……ですか」
「まさかとは思うが……な」
「そう心配なさらず良いのでは? 丹羽殿はともかくとして、前田殿の腕ならば何があっても大丈夫だと考えた上でお役目を与えたのでありましょう?」
「……うむ」
「そ・れ・よ・り!」
「うむ?」
「若、そろそろご準備を」
「……はて、何かあったか?」
「何を仰る! 今日は松平殿とお会いになる日で御座いましょう!」
「そうだったか」
「若!」
「分かった分かった! 大声で騒ぐな喧しい、そう喚いてばかりいるからお前は独り身なのだ!」
「ななな、なんと失礼な! たとえ若でもその言葉は聞き逃せませんぞ!」
「失礼でもなんでもいいから、早く出で行け! 元康には待っていろと伝えておけい!」
「ぐ、ぐぐ……」
「ほれ、さっさと行け」
「若! 遅れてはなりませんぞ!」
「分かっている」
肩を怒らせて部屋を出て行った政秀が見えなくなると、信長はやれやれと溜息をついた。
毎度毎度飽きないものだ、ああも次から次へと小言ばかり何が面白いというのか。
「しかし、元康が来る事をすっかり忘れておったな」
そういえば、近々会いに来ると書状を送ってきていた気がする。
だが、信長もそれ所では無かった為に適当に返事を送った気がしてきた。
「……面倒な事にならんといいが」
信長は何か忘れているような気がしながらも、手早く支度をしてから客間へと向かった。
信長が元康と会っている頃、五郎は重治とすっかり話し込んでいた。
元々のほほんとしている者同士、お互いの苦労を語り合っていると意気投合したのである。
そもそも屋敷で酒を酌み交わした時もいつの間にか仲良くなっていたのだ、きっと波長が合ってるのだろう。
「なるほど……確かに荒唐無稽な話ですが……」
「まぁ……こうして生きているだけ運が良いのだと思ってます」
「ふむ、しかし信長公は中々面白い御方のようですね」
「面白い……」
「ええ、信長公はまだ若かりし頃から妙な出で立ちで遊びまわる『うつけもの』だと言われておりましたから」
「あ、あぁ……」
「しかし、あの今川義元殿を討ち取ってからご活躍……やはり道三様のご慧眼は確かだったのでしょう」
「道三様……確か濃姫様の?」
「……(こくり)」
「そういえばそんな話を聞いた気がするなぁ……」
「道三様は若き日の信長公に会った時、その本来の姿を見定められたのでしょう」
「ほへぇ~」
「その辺りは安藤殿がよくご存知ですから、後で伺ってみては如何でしょう? きっと喜んでお話頂けるかと」
「……気になる」
「暫くこの城から出せないと思います、きっと安藤殿も無碍にされませんよ」
「やっぱり、暫くここに居なくちゃ駄目なんですね……」
「ええ、申し訳ありませんが」
申し訳なさそうな顔をした重治に五郎は慌てる、別に重治を責めているつもりではなかったのだが、選んだ言葉が拙かったようだ。
「重治殿、俺は無事に帰れるのなら我慢出来ますから」
「そう言って頂けると私も助かります」
「ただ……心配事が一つ……」
「?」
五郎が困った表情で視線を利家に向ける、その視線を追った重治は『あぁ、なるほど』と漏らした。
きっと五郎が心配しているのは利家の事なのだと重治は理解する、それと同時に重治の脳裏に重虎が浮かんだ。
「……う~む」
「重治殿?」
「いや、そろそろ妹が戻ってきても良い頃だなと」
「し、重虎さんがですか?」
「ええ、五郎殿とお約束した手前、出来る限り重虎のご機嫌をとる方法を考えなければ」
「お、お願いします!」
五郎が深々と頭を下げたので重治は苦笑する、重治としてもまだまだ五郎と話したい事があるのだ。
その為にも協力を惜しむ積もりは無い、重治は何か妙案が浮かばないものかと腕を組んで目を閉じたのであった。




