第百十八章~竹中兄妹参上~
五郎と利家が守就に頭を下げられている頃、重治は自室で考え事をしていた。
すると部屋を訪ねて来た兵から『安藤殿がお呼びです』と伝えられる、すぐに重治は重虎に声を掛けた。
「どうやら守就殿がお呼びらしい、重虎も来るだろう?」
「捕らえた二人の事でしょうか?」
「恐らくそうだろう、流石守就殿は行動が早い」
「態々兄上をお呼びになるという事は……」
「まぁ、あの二人が織田の関係者だという事だろう」
「安藤様はあの二人をどうなさるのでしょうか?」
「間違いなく守就殿は織田へお返しになるだろう、勿論、私もそのつもりだが……暫くは城で大人しくして貰うかもしれない」
「……捕虜になさるおつもりですか?」
「いやいや、客人として……な?」
重虎からじとーっと見られて重治は落ち着きなさいと宥める。
自分としても大事にしたくないのだ、あくまで客人として扱うつもりである。
それに守就殿もここで信長の機嫌を損なう訳にもいかない筈、二人を丁重に持て成す筈だ。
「そのうち稲葉殿や氏家殿がこの稲葉山城に御着きになる筈、きっとその時に二人を尾張までお送りになるんじゃないか?」
「それは……兄上はこのまま安東様達が織田に下ると思ってらっしゃるのですか?」
「うん? まぁ、そうなるさ」
「そんな……!」
「仕方ないだろう、龍興様はすっかり鳴りを潜めているのだ」
「……」
「斉藤家に仕える家臣の皆も様子見をするだけ、かといって守就殿に賛同する者も殆ど居ない状況だ」
斉藤家に仕える家臣の中でも有力な三人衆の一人が城下を制圧しているのだ、しかも同じく三人衆と呼ばれている稲葉一鉄や氏家直元も集まろうとしている。
表向きはこの稲葉山城を占拠したのは自分になっているが、実際に舵を取っているのは守就なのだ。
「まぁ、私の意見を聞いて頂けるだけ龍興様より良いのだが……」
「兄上! その様な事を仰ってはいけません!」
「……すまない」
重虎に窘められて重治は謝る、思わず本音が漏れたらしい。
「さて、そろそろ向かうとしよう」
「兄上……刀をお忘れです」
「必要ないさ」
「ですが……」
「大丈夫大丈夫、どうせ私が刀を持っても大した事は出来ないし」
「……はぁ」
「そんな呆れた顔をしなくても良いだろう? それに守就殿も居るし、何より二人の持ち物は預かっているんだ……心配しなくてもいいさ」
「それはそうなのですが……」
「それとも、無手の相手に刀を突きつける気か?」
「そ、その様なつもりではありません!」
「ならいいじゃないか、行くぞ」
重虎は重治の言葉に口を噤ませて頷くと、兄の後に続いて部屋を出たのであった。
「守就殿、竹中重治です」
五郎は聞き覚えのある声から『竹中重治』の名前が聞こえてピタッと動きを止めた。
守就に声を掛けるタイミングを失ったが、五郎の頭はそれどころではなかった。
しかし、そんな五郎と違って守就はようやく来たかと言わんばかりの表情を浮かべると返事をした。
「待っていたぞ重治殿、遠慮せず入ってくれ」
「失礼します、ほら重虎も来なさい」
「……失礼致します、安藤様」
「おお、重虎殿も来られたか……遠慮なく寛いでくれ」
守就も重虎が来るとは思って居なかったのか、多少驚いた様子を見せたがすぐに表情を戻す。
しかし、重虎は捕らえた二人……特に五郎が気になるのか守就の言葉に頭を下げながらも視線は五郎に向いていた。
その視線を感じた五郎はそっと視線を守就の方へ逸らす。
しかし、五郎とは違い重虎の顔を見た利家の雰囲気が変わる。
「ま、待った!」
「……っ! 五郎! 放しやがれ!」
「お、落ち着いて!」
五郎は必死で利家を止める、流石に五郎を力ずくで振り払う訳にもいかないのか、利家は悔しそうに重虎を見て唸っている。
重虎はそんな利家に何も言わず、重治の隣に腰を下ろす。
「守就殿、やはりお二人は……?」
「うむ……」
「少々手荒な事をしてしまいましたね」
「いや、仕方あるまい……」
「それで、私をお呼びになった訳は?」
「二人の処遇について、重治殿の意見を聞きたくてな」
「処遇……ですか」
重治は利家と利家にしがみ付いている五郎に視線を向ける。
「守就殿は二人を尾張へ帰すおつもりなのでしょう?」
「うむ」
「ならば、二人には大人しく尾張に帰って頂きましょう」
「構わんのだな?」
「ええ」
「よし、ならばそのつもりで手配するとしよう」
守就の言葉に頷いた重治はチラッと騒いでいる二人を見ると、一つ咳をしてから守就に声を掛ける。
「守就殿、御用はそれだけですか?」
「うむ、すまないな」
「構いませんよ、私も気になっていましたから」
「折角来たのだ、暫しゆっくりとしてくれ。私はこれから色々と話をしてくる」
「今からですか?」
「二人が織田の者だと確認した以上、早めに手を打たねば要らぬ面倒事が増えるのでな」
「ならば、二人の事は私達にお任せ下さい」
「すまないが頼んだぞ」
「はい」
重治の返事に安心したのか、守就は急ぎ足で部屋を出て行く。
部屋の主が居なくなって静かになった室内、残された四人はお互いに様子を窺う。
利家は五郎に宥められて大人しくなったが重虎を睨んでいるし、五郎は重虎と視線を合わせないようにしている。
重虎は利家の視線を気にもせず五郎をジッと見ている。
重治はどうしたものかなぁと頭を掻いていたが、ある事を思い出すと口を開いた。
「あっ……」
その一言に皆の視線が重治に集まる、注目を浴びた重治はコホンと咳払いをする。
「名乗りもせず失礼した、私は竹中重治と申す」
重治が名乗りを上げる、そこでいち早く反応したのは五郎であった。
ここは自分が名乗って利家や重虎が続きやすいように雰囲気を変えたかったのである。
「わ、私は染井五郎と申します!」
「染井五郎殿……ですか、良い名ですね」
「あ、あはは……有難う御座います」
重治に『良い名』を強調されて五郎は苦笑いを浮かべる、重治の顔を見ると少しにやけた顔で此方を見ていた。
どうやら、少し五郎に意地悪をしてきたようである。
五郎と重治が名乗りあった以上、だんまりを決め込むわけにもいかない重虎が静かに名乗る。
「私は竹中重虎です、どうぞ『宜しく』お願い致します」
「……(ピクッ)」
「と、利家?」
「……俺は前田利家、宜しくしてやる気はねぇがその名前……覚えておくぜ」
「どうぞご自由に」
「こ、この……」
「まぁまぁまぁ! これでお互いの素性も分かったのですから……出来れば穏便に……」
「そうだぞ、重虎もそう挑発するんじゃない」
「別に私は挑発など……」
「けっ!」
五郎は刺々しい重虎とその重虎に噛み付こうとする利家に頭が痛くなってくる。
助けてくれないかなぁと重治に視線を向けるが、重治は五郎の視線に気づいているのかいないのか重虎を軽く宥めながらも暢気にお茶を啜っている。
「し、重治殿……いつの間にお茶を……」
「これは失礼、五郎殿も御飲みになりますか?」
「あ、いえ……そういう訳では……」
「まぁまぁ、どうせ暫く守就殿はお戻りになられない筈。そんな緊張されずにゆっくり話しましょう」
「は、はい……」
「重虎、すまないがお二人にもお茶を頼む」
「……分かりました」
重治に頼まれて渋々お茶を淹れる重虎、どうやらいつの間にかお茶を用意していたのは重虎であったようだ。
重虎が黙々とお茶を用意していると、五郎は場を和ませようと何か話題がないかと探してみるが、残念ながら良い話題が思いつかない。
この緊張状態が続くのは五郎の精神衛生上とても宜しくないのだが……。
「染井様、どうぞ」
「あ、有難う御座います……」
「……」
「……おい、俺には何も無いのか?」
「あら、要らないものだと思っておりました」
「よし、その喧嘩買ってやろうじゃねぇか!」
「ま、待った待った!」
このままだと同じ事の繰り返しだと悟った五郎は利家を抑えながら重治に助けを求め続けるのであった。




