第百十七章~安藤守就と相見える~
「う……うぅ……のわぁ!」
「……五月蝿いぞ、五郎」
「はっ!? こ、ここは……おかしい、俺は妹に……」
「…………」
五郎が妙な事を呟いていたが特に反応もなく、利家はムスッとした表情で手に顎を乗せている。
まだ夢の世界から帰ってきてない五郎は目を擦ってから辺りを見渡す。
薄暗い部屋?の中を見ていると、少し冷やりとした空気を感じる。
「……ここは、牢屋?」
五郎の呟きに更に表情をムッとさせた利家は不満を漏らす。
「そうだよ、捕まって牢屋に入れられたんだよ、ちくしょう」
「そ、そうだ! 利家……怪我は!?」
「気がついたらこんな様だ」
「て、手当てしてある……」
「くそ、殺すならさっさと殺せってんだよ、なぁ?」
「い、いや……それはどうかと思う……」
どうやら相当捕まった事が腹立たしいらしい、しかも手当てまでしてあるのだ。
しかし、何故……怪我の手当てをしたのだろうか、こうして牢屋に入れるなら態々その必要は無いと思うのだが。
「おい! 出ろ!」
突然かけられた声と同時に牢屋の扉らしきものが開く、利家は『けっ』と悪態をついて動く気配が無い。
五郎は『出ろと言われても』と呟きながら利家に声を掛けるのだが、利家は全く取り合ってくれない。
二人がぐだぐだとやり取りをしていると焦れたのか兵士が再度大声を上げた。
「早くしろ! 安藤様がお呼びだ!」
二人は『安藤』の名前を聞いてピタッと固まる、二人は顔を見合わせるとひそひそと話し合う。
「おい、五郎……」
「うん、間違いないよ……」
「…………」
「…………」
二人は真剣な表情で頷きあう、しかし次に口を開いた利家から放たれた言葉は五郎の斜め上の言葉であった。
「で、安藤って誰だ?」
「コケー!(ずこっ)」
「あん?」
「信長様が仲間に引き入れようとしている人だよっ!」
「あ、あ~あ~……そういえばそんな名前だったな……」
利家がうんうんと頷いている姿を見て五郎は額に手を当てて嘆く。
「ま、まぁ取り敢えず……ここは大人しく従おうよ」
「分かった、信長様に怒られたくはねぇ……仕方ねぇから従うか」
「おい! 早くしろ!」
「あ、はいはい! 今出ます!」
「けっ、偉そうに……」
「と、利家落ち着いて……」
「……はんっ!」
「あ、あはは」
どうやらここは利家も我慢してくれそうだ、五郎は苦笑いを浮かべるしかなかった。
牢屋から出された二人は兵士に連行される、隙をついて逃げれるかとも思っていたのだが、道中暴れたり逃げられぬよう手は縄できつく縛られている。
「しっかり縛られてまぁ……」
「これじゃ、流石にこの野郎は倒せても大勢から逃げ切れる気がしねぇな」
「だよねぇ」
二人がひそひそと話し合っていると、先導していた兵士がピタリと動きを止める。
どうしたのかと視線を向けると、兵士が部屋の中へと声を掛けた。
「安藤様! 捕らえた怪しい二人組みを連れてきました!」
「ご苦労だった、入れ」
「はっ!」
許可を得た兵士が五郎と利家に『さっさと入れ!』と声を荒げると、手に持っていた槍の柄で小突いてくる。
その態度に利家が噛み付こうとしたのを五郎が必死に宥めながら部屋の中に入る。
すると、目の前で難しい顔をして目を閉じている男が座っていた。
その男はゆっくりと目を開けると、五郎と利家を見てから兵士に告げた。
「もうよい、下がれ」
「は、はっ! 宜しいので?」
「後ろ手で縛られている者に何が出来る? 下がってよい」
「はっ!」
「……ちょっと待て」
「はい? 何か……」
「重治殿に私が呼んでいるとだけ伝えてくれ、頼んだぞ」
「はっ! では、失礼致します!」
その男は兵士の返事に頷くと、改めて二人に視線を戻す。
五郎は此方を値踏みするような視線を感じて唾を飲み込んだ、しかし利家は今にも噛み付かんばかりに歯軋りしている。
すると、急に立ち上がった男は二人に近づくと手を縛っていた縄を解いて頭を下げた。
「此度は失礼を致した、前田利家殿」
「……」
「……」
縄を解いた直後に頭を下げて謝罪する男に二人はお互いの顔を見てキョトンとする。
そうしている間にも男は頭を下げている、五郎は利家に返事してよと目で訴えるとその意図を察したのか利家が口を開いた。
「あ、あんたは誰だよ……?」
五郎が『そっちじゃないよっ!』と内心叫び声を上げていると、男は頭を上げてから質問に答える。
「先に名乗るべきでしたな。私は安藤守就と申す、利家殿とは何度か会った事がある筈です」
「……確かにどっかで見た事がある顔だな」
「まぁ、戦場での事……覚えがなくても無理も無い話。ただ、私は利家殿の事を覚えていた……それだけの事です」
「ま、まぁいいや……それで、俺と五郎をどうする気なんだ? 事と次第によっちゃぁ……」
「ご安心を、間違いなく前田利家殿と分かった以上、無事信長公へお戻り頂きます」
「お、話が分かるじゃねぇか!」
「ところで……」
そこで守就は五郎に視線を向ける、突然向けられた視線に五郎はビクッと身体を震わせる。
「そちらは利家殿の従者ですかな? やけに頼りないようですが」
「……(悪かったね!)」
「こいつは五郎ってんだ、こんな成りでも信長様が目を掛けている男だ……何かあったら首だけじゃ済まないぜ?」
「ほほぅ……」
「…………(と、利家~余計な事言わないでっ!)」
五郎は内心叫びながらじっと視線に耐える、利家の言葉で守就はどうやら五郎に興味を持ったらしい。
先程より鋭い視線を感じて五郎は更に緊張する、ぎゅっと握った手のひらは既に汗でびしょびしょである。
暫く視線に耐える事数分、守就は満足したのか、五郎から視線を外すとふむふむと何やら一人で頷いている。
その時、利家が守就に対して文句を言い始めた。
「それにしても、信長様の書状を預かった使者を追い掛け回して捕まえるたぁ……あんたの兵はどうなってんだ? 俺の言う事を信じやしねぇし」
「どうかご容赦を……この様な状況下、他国からの間者がどれ程城下に潜んでいるのかも分からぬのです」
「けっ、俺が知った事かよ」
「と、利家……殿、あまり喧嘩腰にならないで下さいよ、ね?」
「無礼致した事は幾らでも頭を下げます、どうか……」
「こう安藤殿が仰ってるのですから……ね?」
「……分かったよ、五郎がそう言うなら俺は別に構わねぇ」
「有難う御座います、是非信長様にもこの事は内密に……」
「……俺がそん」
「わ、分かりました!」
利家の台詞を遮って五郎は守就の願いを了承した、早くこの話を終わらせて清洲へ帰りたい。
途中で邪魔をされた利家が何か言いたげな顔をしていたが、五郎はごめんごめんと背中を叩いて宥める。
守就も五郎の返事で安心したのだろう、ホッとした表情を浮かべて居たのだが、ある事に気づいてハッとして五郎に頭を下げる。
「そういえば……名乗りもせず失礼した。私は先程も申した通り、安藤守就と申す」
「あぁ、これはご丁寧に……お……コホン、私は染井五郎と申します」
「染井、五郎殿……ですか」
「は、はい」
「うぅむ……その名に覚えが無いのだが……一体いつから織田家に?」
「え~っと……(どうしよう)」
守就の名乗りに応じていると、返答に困る質問をされて五郎は焦る。
愛想笑いを浮かべながら五郎が答えに窮していると、利家が横槍を入れてくる。
「五郎はずっと裏方をしているんだ、名を知らなくても当然だぜ」
「なるほど……それならば覚えが無い筈ですな」
「あ、あはは……」
「しかし、何故利家殿がその様な者と使者等……」
「竹中って野郎が信長様の使者に会いもせずに追い返すから俺が来てやったんだ!」
「……それは」
「そうだ、そうだった! すっかり忘れる所だったぜ……安藤殿、信長様はこの城を明け渡せと仰っている」
「……忘れてたんだ(ぼそり)」
「五郎、余計な事を言うんじゃねぇ!」
「…………」
「どうしたのだ安藤殿、黙り込まずとも良いだろう? 明け渡すと言えばいいだけだ」
「…………」
「……おい!」
「ちょ~っと待った、利家! 落ち着いて!」
守就に掴みかかりそうになる利家を必死にとめる、ここで守就に何かあったら命に係わる、恐らく一度騒ぎになれば生きて清洲へ帰れないかもしれない。
ここは熱くなった利家を何とか落ち着かせなければならないだろう。
「五郎! 何をしやがる!」
「ここで暴れたら今度こそやばいって!」
「それに守就殿も色々あるんじゃない? ここで暴れて解決すると思えないんだけど!」
「む、むぅ……」
五郎の説得に少し頭が冷えたのか、利家は不満を隠さずに腰を下ろす。
取り敢えず利家の様子を見て安堵した五郎は、守就に声を掛けようとしたのだが……その時、部屋の外から男の声が聞こえてきたのだった。




