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第百十六章~複雑な再会~

「あん? 何かと思ったら女じゃねぇか」

「……」

「命が惜しかったらそこを退きな!」

「命が惜しかったら……ですか、残念ながらそれは此方の台詞です」

「なんだと?」

「大分暴れて下さったようですね、これ以上抵抗をなさるおつもりでしたら……命を惜しむ事になるのは貴方達の方です」

「て、てめぇ……」


そう静かな口調で利家に話しかけているのは間違いなく竹中重虎であった。

五郎は重虎から視線を戻すと、額にじっとりと嫌な汗を掻いた。

(や、やばい……面倒な人に出会ってしまった……どうしよう……)

重治から自分の正体を聞いていたとしたら……想像しただけで面倒な結果しか浮かばない。

五郎は声を潜めて利家に注意を促す。


「と、利家……その人を女性だと思って侮っちゃ駄目だよ……」

「あん? 五郎、お前あの女の事を知ってるのか?」

「う、うん……斉藤家に仕える竹中殿だった筈、腕も立つ『らしい』から油断しない方が……」


五郎が自信なさげに『らしい』と言ったのには訳がある、その情報は藤吉郎から聞いただけだからである。

だがこの状況で刀を構える利家の前に堂々と姿を見せた以上、それなりに腕に覚えがある筈だ。


「……相談は終わりましたか?」

「はんっ! 大きなお世話だぜ!」

「……なんと乱暴な言葉遣い、まるでキャンキャン吠える犬のようですね」

「…………なんだと?」


五郎は利家の空気が変わった事に気づいて『げっ』と声を漏らす。


「と、利家落ち着いて……!」

「……俺は落ち着いているぜ」

「ほ、本当に?」

「…………あぁ、どうやってあの女を斬ってやろうか考えるくらいにはな!」

「ちょ、ちょっと! どこが落ち着いているんだよ!?」


五郎が落ち着くよう声を掛けるが、頭に血が上った利家は聞く耳を持たない。

振り向くと重虎に顔を見られる為、五郎は必死に声を掛け続けるのだが……。


「おい、女! 斬る前に一応名乗ってやる! 俺は前田利家、槍の又左衛門とは俺様の事よ!」

「良いでしょう、この期に及んで前田利家殿の名を騙る度胸に免じて名乗りましょう。 私は斉藤家家臣、竹中重虎……貴方のような狼藉者に覚えていただかなくても結構ですが、その頭に刻んでおくと良いでしょう」

「けっ! 好き勝手言いやがって!」

「…………」


益々ヒートアップする利家に五郎は頭が痛くなってくる、何故か重虎も挑発なので尚更状況は悪くなる一方だ。


「まぁいい、命までは取るつもりはねぇが……腕の一本は覚悟しろよ!」

「来なさい!」

「どおりゃ!」

「はっ!」


金属がぶつかり合い弾ける音がする、どうやら始まってしまった様だ。

五郎は腰に下げた小太刀に手を伸ばしてはいるが、抜いて構える事はなくじりじりと近づいてくる兵士達と睨めっこをしている。


「や、やるしかないのか……?」


五郎がごくりと唾を飲み込んでいると、後ろから聞こえていた金属音が静かになる。

心配になって様子を窺うと、息を荒くしている利家と額にじわりと汗を滲ませている重虎が睨み合っていた。


「こ、この女! や、やるじゃねぇか!」

「……貴方も中々の腕ですね」

「ちっ、槍さえありゃ……」

「と、利家! 大丈夫?」

「大丈夫じゃねぇ!」

「えええええ!?」

「あの女、結構強いじゃねぇか!」

「だから言ったじゃない!?」


どうやら五郎が言った事を信じてはいなかったらしい、利家は五郎に文句を言いながら間合いを探っているようだ。

しかし、五郎が嫌な予感がして視線を兵士に戻すと刺又が五郎目掛けて伸びてきていた。


「あぶねっ!?」

「ちぃ! こら! 避けるんじゃない!」

「避けないと捕まるでしょ!」

「ちょこまかと! そっちだ、そっちに回れ!」


五郎は五郎で利家を心配している余裕が無くなってきた、相手は長物だが自分の得物は小太刀くらいだ、リーチの差があるので避けるくらいしか出来そうにない。

利家の様に刺又を弾き返せればいいが……逆に押し込められそうな気がするのである。


「や、やばい……これ以上下がると利家の邪魔に……」

「て、てめぇ!」

「利家!?」


五郎は利家の叫び声に視線を向ける、するとそこには左腕から血をたらりと流す利家の姿が見える。

慌てた五郎はすぐに利家に駆け寄ると傷口に布を当てて縛った。


「くそ……厄介な女だな……」

「利家、このままじゃ……」

「分かってる、だが刀じゃあの女の方が一枚上手だぜ」

「そ、そこまで強いの!?」

「五郎、そっちはどうだ?」

「俺じゃ突破出来そうにないよ……」

「ちっ、仕方ねぇ……正面は諦めて何処か穴を……」


五郎と利家が話しに気をとられていた時、重虎はいつの間にか間合いを詰めて刀を振り下ろす所であった。

咄嗟に刀で防ごうとした利家が左腕の痛みに顔を顰めて遅れをとる。

ガキィと金属音がして利家の目の前で刀が止まる、利家が視線を上げると片手で小太刀の峰を支えながら刀を止めている五郎が歯を食いしばっていた。


「ご、五郎……無茶するんじゃねぇ!」

「ぐぬぬ……お、俺だってこれ位なら出来るよ!」

「……もう一人居られたのを忘れていました」

「そ、それはどうもすみませんねっ!」

「貴方も抵抗なさるのですか? 無駄な抵抗をしないのならば命までは……」


そこで重虎の言葉が途切れる、五郎がどうしたのだろう視線を向けると重虎が自分の顔を見て目を見開いているではないか。


「……あっ」

「あ、貴方は……」

「…………(ささっ)」


五郎は咄嗟に視線を逸らす、どうやらバッチリ顔を見られたらしい。

思わぬ人物の顔を見て力が緩んだのだろう、五郎は刀を弾き返して重虎を退ける。

重虎は呆然と刀を手に五郎を見ていたのだが、ハッとした表情を浮かべると声を掛けた。


「ご、五郎様……一体この様な者と何をなさっ……」


しかし重虎の言葉が終わる前に何処からか『今だ! 皆掛かれ!』と号令が掛かる。

その瞬間五郎は後ろから兵士に飛び掛られて『むぎゅっ!』と地面に顔を叩きつけられる。

利家は暫く抵抗しようと暴れていたが、怪我を庇いながら数人を相手に抵抗をするのは無理があった。


「く、くそっ……」

「う、うぅ~ん」


すっかり意識を失って呻いている五郎と少しでも隙があれば暴れだしそうな利家の前に、号令を掛けた人物が姿を現した。


「重虎、何をしている! 早く城へ連れて行くぞ、いつまでもここに居ては目立つ」

「は、はい! あ、あの……兄上……」

「話は後だ、聞きたい事があれば城で聞こう」

「……分かりました」


重虎は色々と言いたい事があったが、大人しく引き下がると兵士達に指示をして二人を城へと運ぶのであった。




城へ戻った重治は妹から放たれる不機嫌な雰囲気を感じて黙り込むしかなかった。

どうやら五郎が織田の関係者だと勘付いていた事を教えなかったのが御気に召さなかったようだ。


「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」


沈黙に耐え切れなくなった重治は一つこほんと咳をすると、重虎に声を掛ける。


「あ~……なんだ、その……すまなかったな重虎」

「…………」

「だが、私も本当に五郎殿が織田の関係者だと確信していなかったのだ」

「…………」

「黙っていたのは、まさかまた井之口に来るとは思って……」

「兄上」

「はい」

「私が聞きたいのはそういう事ではありません」

「……」

「何故、五郎様である可能性があるのに手荒な事をさせたのかという事です」

「兵から怪しい二人組みの報告を受けた時もしやとは思ったが、流石に私も半信半疑だったのだ」

「危うく五郎様にお怪我をさせる所だったのですよ?」

「う、うむ……」

「兄上は酷い人です」

「そ、そこまで言わなくても良いだろう?」

「知りません」

「し、重虎~……」


すっかり機嫌を損ねた重虎を宥めるのに重治は暫く苦心する事になる。

結局重虎が機嫌を直したのは、牢で意識を失っている五郎と会える様に約束させられてからであった。

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