第百十五章~かくれんぼ~
「……む?」
「ん? どうしたの?」
「五郎、ちょっと静かにしてろ」
「え? あ、うん……」
利家にそう言われ、五郎は静かに利家の行動を見守る。
五郎にはサッパリだったが、何やら物陰から人が疎らな通りを窺っているようだ。
暫く様子を窺っていた利家は急に顔を引っ込めると、五郎に振り返って口を開いた。
「五郎、そろそろ動くぜ」
「ん? うん……それはいいけど……」
「あん? どうした?」
「いや、ここならまだ安全なんじゃないのかなって」
「妙な気配を感じて通りを見てみたが、ちらほらと兵士が増えていやがる、このままだと見つかっちまうぜ」
「げっ、まじかぁ」
「俺もそう何度も逃げ回るのは性に合わねぇが……五郎が荒事はするなって五月蝿いから我慢してるんだ、見つかる前に移動するぜ」
「う、うん(利家がそんな事を考えてくれていたなんて)」
五郎が失礼な事を考えてるとは露とも知らず、利家は再び通りに顔を出す。
すると突然通りから声が上がった、驚いた五郎がビクッと身体を竦ませていると、利家が慌てた様子で五郎の襟首を掴んで駆け出す。
「ぐえっ!」
「わりぃ! 見つかっちまったからさっさと逃げるぞ!」
「うげぇ、げっ(がくがく)」
「……ったく、何でこの俺がこんなに逃げ回らないといけねぇんだ」
「…………(ぶくぶく)」
利家はぶつぶつとぼやきながら薄暗い路地を敵兵の気配を避けながら走り続ける、その間に五郎が泡を吹きながら天へ召されようとしていた事には全く気づかずにである。
暫く逃げ回っていた利家だったが、日の光が殆ど入らない路地へ身体を滑り込ませると近くに散乱していた桶やら何やらを路地に積み上げてしゃがみ込んだ。
「くっそ~……気配が減る所か増えるばっかりじゃねぇか、誰か命令してやがる奴がいるなぁ~?」
「…………(ぴくっぴくっ)」
「五郎! おい、五郎! 寝てる場合じゃねぇぞ!」
「…………はっ!?」
「暢気に寝てる場合じゃねぇぞ、何かいい方法を考えろ!」
「こ、ここは……俺は確か綺麗な川の向こう居た爺ちゃんに会いに行こうと……」
「あん? まだ寝ぼけてやがるのか?」
「う、ううん……駄目だ、爺ちゃんが何か言っていた気がするけど思い出せない」
「おい、目を覚ませっ!」
利家は焦点が定まっていない五郎の頭を刀の柄で小突く、ゴン!と鈍い音がして五郎が『ふぎゃっ!』と悲鳴を上げた。
頭を押さえながら呻き声を上げると、涙目になった顔を上げた五郎は利家に文句を言った。
「い、痛いじゃないか! 何するんだよ!」
「いいから何かこの状況をなんとかする方法を考えろよ! その辺は五郎の役目だろ!」
「この状況って……」
「馬鹿! 立ち上がるな!」
「うおっ!」
「まだ完全に気配が消えねぇ、お前の図体じゃばれちまうだろ!」
「ご、ごめん……」
利家に怒鳴られて反射的に謝る五郎、仕方ないのでしゃがみ込んだ状態で利家と顔を寄せてひそひそと話し会う事にした。
「で、見つかったんだっけ?」
「ああ、結構走ったつもりだが……あっちこっちに気配がありやがる、囲まれるかもしれねぇ」
「絶体絶命じゃん!」
「だから何か妙案を出せって言ってるんだよ!」
「無理無理無理無理無理!」
「無理じゃねぇ! 何かねぇのか! 何か!」
「この町に来たのだって二回目だよ!? 町の地理も詳しく調べる余裕も無かったんだからさ!」
「…………」
「…………」
五郎の叫びに顔を寄せたまま沈黙する二人、この状況は非常に不味い。
このままだと捕まる可能性がある、逃げ回っているだけではなく既に利家が兵に手を出しているのだ。
唯でさえ織田の使いだと信じて貰えなかったのだ、このままあらぬ疑いをかけられて拷問なんてされたら……。
「あぁ……眩暈が……」
「しっかりしろ!」
「しっかりしたいけど……この状況、どうしたらいいんだろうか」
「仕方ねぇ、やっぱり追ってくる奴を倒して突破するしか……」
「ま、待った! 危険過ぎるでしょ!」
「捕まるより良いだろうが!」
「で、でも……気配が増えてるんでしょ!? どれ位の人数を相手にする気なの!」
「ぐっ……」
「手間取っている間に包囲されたらどうするんだよ~……」
「くっそ~……やっぱ『アレ』を持ってくるんだったぜ……」
利家は悔しそうに歯軋りをする、『アレ』とは勿論、愛用している槍の事である、実は今回利家は刀しか得物を持ってきていない。
それは利家の槍が目立つ為である、どうしても槍を持っていくと駄々をこねる利家を何とか説得して刀を持たせたのであった。
「仕方ないよ……あんな物持ってたら目立ち過ぎるでしょ?」
「だけどよ~、アレがありゃ相手がどんなに沢山居ようが一瞬で薙ぎ倒せるのによ~」
「ま、まぁね……」
この状況になると五郎もそれでも良かったかもしれないと思いたくなる、確かに利家が槍を持っていれば相手が何人で来ようが蹴散らしてくれそうな気がする。
しかし、その槍ではなく刀しかないのが現状である、どうにかして敵を撒いて目的の宿に転がり込みたいものだ。
「それにしても、暫くそんな気配無かったのに……どうして急に……」
「きっと誰かが指揮を執ってるんだろ~よ、どうやら俺達を本気で捕まえたい奴が居るらしいな」
「えぇ……嫌な予感しかしないなぁ……」
「まぁ、この俺様がそう簡単に捕まってやるものかよ」
「と、利家? 俺も忘れないでね?」
「分かってるぜ」
「よ、良かった……」
五郎がホッとしていると、通りから聞こえる話し声や足音が騒がしくなる。
どうやらドンドン兵達がこの辺りにも配備されているようだ、二人は顔を見合わせてから頷くと路地の反対側へとそろ~りそろりと向かった。
利家が気配を探りながら五郎に視線で合図を送る、その合図を受けて五郎が路地から姿を出して周囲を見回す、誰も居ない事を確認した五郎が手で利家を招くと利家も姿を現した。
「誰も……居ねぇ……か」
「ねぇ……嫌な予感がしない?」
「……さっさと逃げるぞ」
「そ、そうしよう!」
不気味な静けさを漂わせる通りを走っていると、利家は首を傾げながら呟く。
「妙だな……」
「……妙?」
「幾らなんでも、一人も敵兵の気配がしねぇ」
「う、う~ん……全く気配が分からないからなぁ」
「あっちの通りにはあんなに気配があったんだぜ? 五郎もあいつらの話し声と足音を聞いただろ?」
「うん」
「しかも、町民が一人も歩いていねぇのも……危ねぇ!」
「へ?」
利家の叫びに素っ頓狂な声を出した五郎、振り返ると利家が刀を抜いて何かを防いでいた。
よく見てみるとそれは刺又のような道具の様に見えた、咄嗟に刀を抜いて防いだ利家はその道具を押し返すと、それを手にしていた兵士が押し返された勢いで蹈鞴を踏む。
「と、利家!」
「気をつけろ! 気配が増えていやがる!」
五郎が心配になって利家に声を掛けると、利家は逆に五郎に注意を促す。
二人が背中を預けた状態で周囲を警戒していると、次々と兵士達が姿を現す。
「や、やべぇ……RPGみたいに増えてきてる……」
「あ、あーるぴーじー? 何だそりゃ?」
「い、いや気にしないで!」
思わず呟いた言葉に利家が食いついたので慌てた五郎は気にしないよう答える。
つい口から漏れただけなのだが、こんな状況で言ってる場合ではない。
ジリジリと包囲されていると利家が声を潜めて五郎に告げる。
「こうなったら仕方ねぇ、五郎……流石にこのまま何もせず捕まるなんて言わねぇよな?」
「う、うん……だけど殺さないようにだけ! それだけは本当に頼むよ!」
「難しい事を言いやがるっ! 保障は出来ねぇぜ?」
「と、利家を信じているよ!」
五郎と利家が強行突破を試みようと相談していると、兵士達の中から声が聞こえる。
「無駄な抵抗は止めて、大人しくなさい!」
それは若い女性の声だった、どこか聞き覚えのある声に『うげっ』と口に出しそうになった五郎は利家の肩越しに視線を向けた。
するとそこには見覚えのある女性が手に刀を携えて佇んでいた。




