第百十四章~怪しい者達~
「……さて、どうしたものか」
五郎達が城下町で騒ぎを起こしている頃、重治は深い溜息をついていた。
稲葉山城を占拠して既に一ヶ月経とうとしているが、龍興の動きは全く無い上に色々と問題が出てきている。
「このままでは守就殿は間違いなく織田に下る……か」
どうやら自分が他国からの使者やらの対応をしている間、守就殿は他の家臣達に自分達を支持するよう呼びかけていたようだが……。
「思った以上に支持が得られず苦心しているようだ」
正直それどころじゃないのだろう、織田の手が迫っているこの状況下で主君である龍興を追い出して支持をしろと言っても困るのも確かだ。
問題は守就の立場が苦しくなっている事だ、このままでは居場所を失った守就は織田に下らざるを得ないだろう。
「あの龍興様が許すはずもないだろう」
もしこのまま龍興が奮起して稲葉山城を取り返す為に動けば、他の家臣達は皆龍興に追従してこの城へ向かってくるのは間違いない。
そうなると一番面倒な事になる、今は制圧出来ているとはいえたった数千の兵しか動かせないのだ、もし氏家や稲葉が合流したとしてどこまで対抗出来るか分かったものではない。
「……龍興様に城を明け渡すべきなのだろうが、守就殿がなんと仰るやら」
渋い顔をして重治が考え込んでいると、何やら部屋の外が騒がしい。
何かあったのか気になった重治は外の様子を窺う、すると丁度目の前を走り去ろうとしていた兵士が居たので呼び止めた。
「おい、どうした? 何かあったのか?」
「はっ! 何やら城下町にて怪しい二人組みを見つけたと報告を受けたので守就様にご報告する所です!」
「……怪しい二人組み?」
「は、はいっ! 報告に拠ると、妙な二人組みが騒いで居た為取り押さえようとした所『俺を誰だと思ってやがる! 前田利家様だぞ!』と大暴れして逃げ回っていると聞いております!」
「……前田利家だと?」
「は、はい……だが前田利家といえば織田で名のある御方、きっと名を騙った偽者でしょう」
「偽者か、それでもう一人は?」
「いえ、それが大暴れした男と違って貧相な男だったらしく、『五郎』と呼ばれていたという事だけしか分かっておりません」
「…………」
「重治様?」
「いや、それよりも捕まえたら私の所へ連行するように」
「は?」
「織田からの使者が暫く来ていない、あの織田信長が急に大人しくなるとは思えん。その前田利家と名乗った男が偽者かどうか……私が直接見定める」
「いや、しかし……」
「もし本当に織田の手の者だとしたら後で困るのは私達だ、それに……たとえ嘘であろうと織田の名を騙る者に何かあればすぐに攻め込んでくる可能性もある」
「は……はぁ」
「守就殿には話をしておく、すぐに兵達に伝えろ!」
「は、はいっ!」
走り去っていく兵士を見送った重治は頭を掻いた。
「織田信長……よく分からない御方だ、まさか本当に前田殿を送ってきたのではあるまいな……」
しかも利家を名乗る男とは別の男、先程の兵士は間違いなく『五郎』と呼ばれていたと言った。
織田で五郎と聞けば一人だけ心当たりがある、そう屋敷で酒を酌み交わしたあの『五郎』である。
もし自分の予想が当たっているとすれば織田の使者として送られてきた可能性はあるだろう、もう一人の男が本当に前田利家かは未だに疑問だが。
「しかし、本当に前田殿ならば少し考える必要があるな……このまま暴れまわって被害が大きくなっては困る」
とにかく捕まえて会ってみるしかないだろう、向こうも逃げ回っているという事は無駄に斬り合いをするつもりは無い筈だ。
なるべく被害が広がる前に騒ぎを静めなければ。
「ふむ、守就殿のお力を借りるしかないか」
恐らく兵達だけでは手に余る可能性もある、ここは自分も城下へ向かってみるとしよう。
そうと決めた重治は足早に守就の部屋へと向かうのであった。
「守就殿! 居られませんか!」
「む……? 誰だ?」
「重治です、守就殿にお伝えしたい事があるのですが……」
「分かった、入ってくれ」
「失礼致します」
重治は戸を開けて部屋に入ると難しい顔で書状と睨み合っている守就が座っていた。
「守就殿、それは?」
「……読むといい」
「では、失礼して……」
重治は守就から書状を受け取るとざっと目を通す、色々と回りくどく書かれているが、簡単に言えば『後が怖いので守就殿を支持は出来ない』という事だ。
「……いやはや、困った」
「守就殿……」
「龍興様に不満はある、だが逆らうのは保身の為に嫌だ。こんな状態で織田の侵攻を防ぐ事が出来る訳なかろう?」
「…………」
「もし龍興様が我等からこの稲葉山城を取り戻したとして、その先に待っているのは織田による侵攻が待っているだけだ」
「ええ……」
「恐らく長くは持たないだろう、腕の立つ家臣達を殆ど遠ざけておるのだからな」
そこで守就は大きく溜息をつくと、やれやれと頭を振ってから重治を見る。
「それで、私に伝えたい事とは?」
「実は……」
重治が先程の兵から受けた報告を伝える、すると守就は渋面になって目を閉じる。
「……困ったものだ」
「全くです」
「分かった、兵を数人重治殿に預けよう……それで良いか?」
「ええ、十分です」
「すまないが、私もまだやる事が多いのでな」
「では、私は城下へ向かいます……もし私が居ない間に何かあった時は守就殿のが御判断して下さい」
「分かった」
「失礼します」
守就から兵を預かった重治は急いで自室に戻ると支度を整える、すると部屋の戸を開けて重虎が入ってきた。
重虎は支度を終えた重治を見て声を掛ける。
「兄上、どちらへ?」
「少し城下へ行ってくる」
「そんなにお急ぎで何かあったのですか?」
「いや……少し騒ぎがあったようでな」
「騒ぎ……ですか?」
重治はどう言えばいいのか悩んだ、重虎は五郎が未だに行商人だと思っているのだ。
もし、その五郎が城下で兵から逃げ回っていると知ったら自分も探しに行くと言い出しかねない。
「大した事ではないが……ちょっと私も手を貸してくる」
「ならば私もお手伝いを……」
「いや、私が不在の間に何かあったら困る、重虎は城で待っていてく……」
重治の言葉が終わる前に部屋に兵士が駆け込んできた。
「し、重治様! 怪しい二人組みを見失いました!」
「む……」
「追いかけていた兵が倒されていた為、今手当てを受けさせています」
「酷いのか?」
「い、いえ……気を失っていましたが、目立つ怪我はなく……」
「そうか、良かった」
重治はホッと胸を撫で下ろす、すると隣で静かに聞いていた重虎から視線を感じる。
その視線に耐え切れなくなった重治は溜息をついてから口を開いた。
「……怪我をさせるんじゃないぞ?」
「ふふ、お任せ下さい」
「…………」
「兄上?」
「い、いや……なんでもない」
若干不安だが、逃げ回っている二人も中々手強いようだし重虎が手伝ってくれるのならば心強い。
何故なら腕っ節だけならば兄である自分よりも遥かに腕が立つ。
「重虎、そうと決まれば早く向かうぞ」
「はい」
二人は怪しい二人組みを捕まえる為に兵を引き連れて城下へと向かったのであった。
城でそんなやり取りが行われている頃、追手を撒いて再び身を隠していた五郎と利家は暢気にお腹を満たしていた。
「うん、やっぱり握飯は美味しい」
「ふぃ~食った食った!」
「はやっ!」
「あん? 何だ五郎、まだ食べ終わってないのか?」
「まだって……十分早いと思うんだけど」
「そうだ、俺が食うの手伝ってやろうか?」
「自分で食べるよ!」
「ちぇっ」
暢気に握り飯を食べている五郎とそれを狙う利家、二人はこの時、まさかまた走り回る事になろうとは全く思いもしなかったのであった。




