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第百十章~五郎さんご出勤~

「五郎殿」

「うん?」


五郎が屋敷を出る支度をしていると、後ろから声が掛かる。

振り向いて確認するとそこに居たのは揚羽であった。

揚羽は振り向いた五郎に何か包みを差し出すと告げた。


「これを持って行って下さい」

「……これは?」

「偶には甘い物が食べたいでしょう? 濃姫様からの頂き物ですから小腹が空いたら食べて下さい」

「い、良いの?」

「ええ、濃姫様から『是非長秀殿と一緒に食べて下さいね』と頂いた物ですから」

「そっか……それなら……」


五郎は受け取った包みを揚羽の手に戻す、揚羽は自分の厚意を突き返されたと重いムッとした表情を浮かべる。

五郎は揚羽の表情の変化も大分分かる様になってきたなぁとしみじみ思いながら頭に手をポンと置いた。


「折角『一緒に食べて』と言われたならさ、俺が帰って一緒に食べよう」

「……」

「濃姫様が是非と言う位だし、きっと揚羽も好きな甘い菓子だと思うんだよね~」

「…………」

「俺も揚羽も甘い物が好きな者同士、早く帰れるようにするからさ、お茶の用意して待っててくれないかな?」

「……はぁ、分かりました」


五郎にそう言われては押し付ける訳にもいかず、揚羽は溜息をつくと頷いた。

しかし、何か言いたげな表情を浮かべたまま五郎に視線を送ってくる。

その表情が気になった五郎は素直に問いかける、すると揚羽は薄っすらと頬を赤らめると叫んだ。


「……いつまで頭を撫でるのですか!」

「おっと、ついつい……」

「全く、いつまでも子供の様に頭を撫でないで下さい! いつもいつも……」


ぶつぶつと呟き始めた揚羽を見た五郎は『これは長くなるパターンだな、長居は無用だ!』と支度を済ませると屋敷を飛び出した。

揚羽が五郎がいつの間にか消えた事に気がついたのは暫くしての事だった。


「いつの間に……もう、逃げ足だけは一人前なのですから……」


揚羽は大きく溜息をつくと、五郎が帰って来るまでに家の用事を済ませて置こうと屋敷の中へと姿を消した。




「う~む」


五郎は城へと向かいながら腕を組みながら唸っていた、理由は今朝の皆の態度である。

やけに自分に気を遣ってくれた気がするのだ、そんなに自分が元気が無いように見えたのだろうか。


「ま、まぁ……気が重いのは確かだけど、そんなに態度に出てたのかなぁ?」


これでもポーカーフェイスのつもりなのだが、どこで勘付かれてしまったのだろうか。

昨日はきちんと揚羽の言う事を聞いて、終始真面目に働いたし、いつも暇を見つけて昼寝をしていたが、そんな気分じゃなかったので自重したので特におかしな事はしていないはずだが……。


「謎だ、みっともない姿を見せたくないから頑張ってみたつもりなんだが」


いつも当主らしくしっかりしろと怒る揚羽ですら気を遣ってくれたのだ(失礼である)、もうちょっと大人の落ち着いた立ち振る舞いを身に付けなくては。


「おっと、もう城門が見えてきたか……はぁ」


どれほど考え事に集中してたのだろう、いつの間にか清洲城の城門前に辿り着きそうである。

いざ、信長が待っているであろう城の前に立つと思わず溜息が漏れる。

城からいや~な雰囲気が漏れている様に見えるのは恐らく五郎だけだろう。


「このおどろおどろしい雰囲気……まるでゲームの魔王城だ」


信長に聞かれたら怒られそうな事をぼそりと呟く、その声が聞こえていたのだろう、門番が五郎に慌てて近づいてきて咎める。


「丹羽様……! 何て事を仰っているのです!」

「あ……聞こえちゃった?」

「あ……、じゃありませんよ! もう、丹羽様はいつも恐ろしい事を仰るのですから……他の者に聞かれたらどんな騒ぎになるか……」

「あっはっはっ、信長様に似合ってるし、気に入ってくれると思うけどなー!」

「と、取り敢えず此方へ……」


門番に引き摺られて五郎は城内へと連れて行かれる。

周囲に人が居ない事を確認した門番はホッと息を吐くと口を開いた。


「丹羽様、今日はどうかなさったんですか?」

「え?」

「今日は『いつもより』変な御様子ですが……」

「いや……別にどうもないよ? うん、別に……」


五郎は変なと言われた事よりも『いつもより』という言葉に引っ掛かりを覚えたのだが、本気で心配そうな顔で尋ねてくる門番に聞くのは躊躇われた。

仕方が無いので五郎は一つ咳をすると、少し発声練習をしてから話した。


「実はね、今日は信長様に無茶な事を言われそうで心配なんだ」

「あぁ……なるほど……」


門番は五郎の言葉に深く頷いて納得してしまう、これだけで納得される……それはそれで問題な気がするのだが、深く考えると負ける気がするので気にしないでおこう。


「ところで……俺ってそんなにおかしかった?」

「え、ええ……突然叫びだしたり、やけに大仰な仕草をされていたり……よく知らぬ者が見れば不審者ですよ」

「ふ、不審者……そこまでだったのか」


軽くショックを受けて凹む五郎、がっくりと肩を落とした五郎に慌てた門番は背中を軽く叩きながらフォローしようと声を掛ける。


「だ、大丈夫ですよ! 丹羽様はいつもそのような御様子、知っている者は皆気にしませんよ!」

「はぅ……っ!」

「それに、凛々しくなさる丹羽様を見たらそれこそ心配されます、どうかいつもと変わらぬ丹羽様で居てください」

「う、うぅ……ありがとう……」


門番はフォローしているつもりなのかもしれないが、意外と五郎の心を抉るストレートを見舞われて泣きながらお礼を言う。

そんな五郎を見た門番は良かった良かったと笑顔を浮かべている。


「……それじゃ、俺は行くよ」

「はい、頑張って下さい」

「うん、そっちも頑張って~」


門番と別れた五郎が城内を歩いていると、見慣れた人物が目の前から歩いてくる。

それは最近信長の小姓として仕え始めた成利であった。


「やっ! 成利じゃないか、朝早くから精が出るね!」

「……あ、五郎だ」

「そうだ、五郎さんだぞ!」

「…………(じー)」

「な、何かな?」

「五郎、今日は変」

「そ、そうかな」

「…………(こくこく)」

「そうか……変か……」


会う人会う人に変だの妙だの言われてくると流石にガラスの様に繊細な五郎のハートが砕け散りそうである。

五郎が気落ちしたのを察したのだろう、成利は五郎の袖を掴むと何処かへと引っ張る。


「おっと、成利~引っ張らないでくれよ~」

「こっち」

「わ、分かった! 分かったから引っ張らないで!」


成利から案内されるままに五郎は部屋の中へ入ると畳みに座らされる。

どうやら成利が使っている部屋の様だ、綺麗に整頓されている室内は成利の性格を表している。

五郎がきょろきょろと視線を彷徨わせていると、目の前に暖かいお茶が差し出された。

どうやら態々成利がお茶を淹れてくれたらしい。


「あ、ありがとう」

「これも、いい」

「おっ、美味しそうな団子!」

「食べて」

「え~っと……それじゃ、半分ずつ食べよう!」

「うん」

「よいっしょっと……これでいいかな」


五郎は手際よく団子を皿に取り分けると成利の前に並べる、それから五郎の合図でお茶と団子を堪能する事にしたのであった。

朝からキチンとご飯を食べたのだが、甘いものは別腹なのだろう。

五郎は美味しそうに団子を頬張って頬を緩ませている、その様子を見た成利は心なしか嬉しそうな顔で五郎を見ていた。


「美味しいねぇ、やっぱ団子は美味しい」

「もっと食べる?」

「いや、これ以上はちょっと……」

「……そう」

「それにしても、ごめんね態々」

「……(こく)」

「今日は信長様に呼ばれて嫌な予感がして落ち着かなくてねぇ」

「信長様に?」

「そう、信長様に」

「……また何処かに行くの?」

「……多分ね」

「…………(じー)」

「ん?」

「僕も行きたい」

「いや、それはちょっと……」

「残念」

「こ、今度何処かに遊びに連れて行こうか!」

「本当?」

「本当本当!」

「約束」

「よし、お兄さんに任せなさい!」


凄く残念そうな顔をされたのでつい出かける約束をしてしまった、最近確かに森家に行くことが減ったので構ってあげれなかったので寂しかったのかもしれない。

ただ、気になるのは成利を遊びに連れて行けば暴れそうな人物が居るという事だ。


「長可には……内密にしてね」

「うん」


そう、その人物とは長可の事である、きっと成利だけ遊びに連れて行けば『俺を除け者にしたな!』と大暴れしそうな予感がするのだ。

念押しして成利に口止めを頼むと、五郎はお茶と団子を綺麗に胃の中へ入れてから席を立つ。


「それじゃ、ありがとうね! 成利!」

「うん、行ってらっしゃい」


成利に見送られて五郎は部屋を出る、成利にまで気を遣われては愚図っている場合ではない。

五郎はパンっと頬を叩くと信長の部屋へと向かうのであった。

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