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第百七章~稲葉山城は只今占拠中~

稲葉山城を竹中重治、安藤守就が占拠してから一週間ほど経つ。

その間、重治等は目立った動きは見せず、依然として城を制圧したままであった。


「信長様、どうするんです?」

「う~む……」

「まさか、安藤殿じゃなく竹中殿が稲葉山城を乗っ取るなんて俺は驚きですよ」

「俺も驚いている」

「……本当に重治殿が乗っ取ったのかなぁ(ぼそり)」

「ん? 何か言ったか、五郎?」

「いえいえ、ちょっと思うところがあっただけです」

「そうか……う~む」


信長がうんうんと唸っている目の前で五郎は目を閉じて情報を整理する。

確かに竹中半兵衛が稲葉山城でクーデターを起こした事は薄っすらと歴史書から記憶しているが、実際稲葉山城を見てからとなると俄かに信じ難かった。

それも数人で実行したとなると一体どんな方法を使ったのだろう。

何より、あの重治がこの時期にクーデターを起こすだろうか疑問である、国境まで織田の手が伸びているのだ。

もしこの事が他国に伝われば斉藤家の衰退を喧伝するようなもの、攻め込む格好の餌になると思うのだが。


「う~ん」

「うむぅ」


信長と五郎はお互いに腕を組みながら唸る。

どうやら信長も大分悩んでいる様だ、五郎が信長を訪ねてから既に一時間ほど経つが……部屋に入った時から既に眉間に皺を寄せて唸っていたのである。

正直この世界で自分が今まで学んだ歴史があんまり当てにならないと思っていたので、報せを受けたときは目が飛び出るかと思うほど目を見開いた自覚がある。


「信長様、信長様!」

「む?」

「報告を受けて今日まで動きがありませんが……どうするんです?」

「……うむ」

「いや……うむじゃなくてですね……」

「ええい、分かっている! 俺もただ黙って見過ごしているのではない!」

「はい……すみません……」

「報せを受けてからすぐの事だ、お前に勝家達を集めさせている間に稲葉山城の竹中重治に使いを送っている」

「えっ! 全く気づきませんでした……」

「だが、竹中重治……いや、半兵衛とか呼ばれているのだったな。半兵衛という男は俺の使いと面会する事もなく送り返したのだ」

「ありゃま」

「それから何度も送っているが全て同じ結果だ」

「信長様は使いに何を?」

「何を言っている? 城を明け渡せと告げる為に決まっているだろう?」

「あ、あはは……」


信長の言葉に苦笑いを浮かべながら『なるほど』と相槌を打つ。

もし重治が使者と面会したとして、そんな事を告げられたら使者の命が危ないんじゃないだろうか。

まぁ、五郎が把握している限りだが重治という人物が早々人を斬るとは思えないが……。


「ある事になると暴走するんだよなぁ……あの人」

「ある事?」

「あ~、こっちの事です……」

「先程からお前もぶつぶつと、邪魔をするなら部屋から出て行ってもいいのだぞ?」

「呼び出したのは信長様でしょ!?」

「む……? そうだったか?」

「そうですよ! そうじゃなかったら態々揚羽に怒られながら登城してませんよ!」

「……すっかり忘れておったわ」

「酷いっ!!?」


信長にも色々と考える事があるのは分かるのだが、人を呼び出しておいてつれなくするのは勘弁して欲しい。

今日は朝から家の手伝いをすると約束していたのだ、そこを何とか取り成して態々足を運んだのにあんまりである。


「もうっ! 信長様は俺をもっと優しく扱って下さいよ!」

「十分扱っているだろうが、俺の様な寛大な主君でなかったらお前は何度首を刎ねられたか分からんぞ?」

「えぇ……」

「えぇ……ではないわ!」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「………………………………」

「おい、急に黙り込むな」

「だって、信長様が怒るから……」

「分かった分かった! 許す! だから黙り込んで怨めしそうな目を向けるな!」


五郎の態度に信長は降参してしまう、五郎は信長に見えぬように小さくガッツポーズをした。

偶にはこうしてやり込める時があってもいいだろう、いつもやられてばかりでは何時の日かストレスで禿そうだ。


「あ、ところで……」

「む?」

「信長様にしては随分大人しいですよね、相手にされないと分かって使者を何度も送っているのでしょう?」

「まぁな」

「いつもなら『今が好機! 攻め込むぞ!』とか言って稲葉山城を攻めるかと思っていましたが」

「何を言っている……良いか五郎、城下を制圧しているのは俺に内応している安藤守就の兵だぞ? もし奴が俺の下で仕える気があるのならば下手に攻める事は出来ん」

「あぁ……そういえば安藤殿も一緒に稲葉山城にいるんでしたっけ……」


五郎は重治の事しか意識に無かったのでその存在をすっかり忘れていた。

確か、美濃三人衆と呼ばれるほど美濃国でも指折りの実力者だった筈だ。


「ん? だけどどうして竹中殿と一緒に安藤殿が?」

「調べさせた情報に拠ればだが……安藤の娘を半兵衛が娶っているようだな」

「あ~……なるほど」


信長から伝えられた情報を聞いて相槌を打ったものの、五郎は内心驚愕していた。

(あの人結婚してたの!? 屋敷で奥さんらしき人見なかったんだけど!)

まさかの妻帯者という事実である、あんな綺麗な妹に嫁さんまでいるとは……恐るべし半兵衛……!


「や、やるじゃない……」

「あ~……続けていいか?」

「は、はい」

「もし安藤が娘婿である半兵衛を説得したとすれば……俺の明け渡しに応じると思ったのだがな」

「だが応じない、つまり……」

「安藤と半兵衛の思惑は別々だろうな」

「安藤殿からは何も?」

「うむ」

「一体どうすればいいんでしょうねぇ」

「だから悩んでいる、下手に動いて安藤の機嫌を損ねたくはないからな」


信長は大きく溜息をつく、ここ最近部屋で考え事をしていると聞いていたのは本当の事なのだろう。

よく見れば顔に疲れが出ている、食事もキチンと摂っているのか怪しい。

確かに話を聞いているとこの状況で兵を動かし、あまり刺激したくないと思える。

折角調略が上手く行きそうなのだ、ここで失敗すれば敵の戦力を減らす所かどれほど抵抗されるのか分かったものではない。


「はぁ」

「…………」


なんとなく息苦しい部屋に居るのが落ち着かなくなってきた五郎は大きく深呼吸をすると信長に声を掛けた。


「信長様、お腹……空きません?」

「俺はいい、何か食事が欲しいのであれば小姓に好きに頼んでいいぞ? 俺が許す」

「いやいや~、どうせなら一緒に食べましょうよ~」

「俺はそれどころでは……」

「目立つ行動が出来ない以上、使者に会ってくれる事を願うしかないでしょ! 部屋に篭ってないで城下町にでも食べに行きましょうよ!」

「待て!」

「?」

「この状況で城下町に行くつもりか?」

「ええ、そうですけど」

「そんな事をしたら政秀のばばぁに何を言われるか分かったものではないぞ!」

「いや、いつもやってるじゃないですか」

「むっ……」

「そんな考え事ばかりしてるから信長様らしくない事を仰るんです、息抜きも兼ねて城から抜け出しましょうよ!」

「…………はぁ」

「うわっ! そんな大袈裟に溜息をつかなくてもいいじゃないですか!」

「全く、もし見つかったらお前も説教を免れんぞ?」

「慣れましたよ……へへ……ふへへ」


遠い目で天井を眺める五郎、既に耳にタコが出来るほど説教を聞いてきた、今更数時間聞かされても大した事ではない。

それよりも信長がしかめっ面で『悩んでます』オーラを放っている方がよっぽど落ち着かない。

いつもの信長らしく居て貰わないと調子が狂うではないか。


「暫く様子を見る必要があるんでしょ? ちょっと位平気ですよ」

「ならば五郎、まずは皆の目を欺く必要があるな?」

「ふふ……変装ですね?」

「勿論だ」


二人はすっかり悪戯好きの子供の様な顔に変わって色々と画策し始めた。

この日いつの間にか部屋から消えた二人を探す為に城内では大騒ぎが起きたのだが、その事を知らない二人は暢気に城下町で遊び回る事になる。

勿論、後日正座で説教を延々と聞く二人の姿が一日中清洲城にあったという。

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