第百六章~予想外の事態~
今日は朝早くから清洲城へと向かっている五郎、のんびりと城へ向かいながらぼんやりと最近の事を思い出していた。
美濃侵攻について開かれた評定から数日、家臣達は各々が戦の準備をしつつ信長から声が掛かるのを待つ状態が続いている。
結局五郎は終始勝家と話す事になったが、皆の意見は利家の速攻派と成政の慎重派で分かれ、互いに譲らず平行線のままで終わったのである。
「いやぁ、見事に真っ二つだったなぁ……」
勝家の言ったとおりの効果が評定によって得られたかは謎だが、少なくとも信長の手の届きにくい場所で暴走する可能性は少なくなったかもしれない。
利家ら速攻派の家臣達はいつでも出撃出来るように清洲に留まっているのである、信長の目がある以上勝手な行動はやり辛くなるだろう。
「だけど、信長様は俺に何の用だろう?」
今朝早く、信長からの使いが屋敷を訪れたのだ。
五郎はまだ眠い目を擦りながら支度をして出てきたのである、ここ数日は評定の為に集まった家臣達と交流する事が多かったので毎晩寝るのが遅い、今日も寝不足気味で頭が上手く回らないまま登城している。
そんな頭で呼び出しを受けた理由を考えていたのだが、浮かぶのは評定から今日までの事ばかりであった。
「う~ん、一体何で呼ばれたのか……さっぱりだ」
頭を捻ってみるが思い当たる事はない、近頃は信長も忙しいのか自分を呼びつけてやんちゃをする事も減っていたのだが……。
「まさか……ねぇ……」
今は美濃を攻め落とす為の大切な時期、流石にいつものノリで自分を呼んだとは思えない。
だが、どうにも嫌な予感しかしないのは何故だろうか?
大抵こういう時に信長が自分を呼ぶとトラブルが駆け足で寄って来る気がする。
「いやいや、考え過ぎかな」
毎度毎度トラブルなんて起こらない筈だ、五郎は頭を振ってから清洲城へと歩みを再開した。
「五郎、竹中半兵衛はどんな奴だった? お前の意見を聞きたい」
「へ? え、えっと……」
五郎が登城して信長の待つ部屋を訪れると、信長は五郎が座るないなや問いかけてきた。
いきなりの質問に面食らった五郎が言葉を詰まらせていると、信長は一つ咳払いをして口を開いた。
「あ~、すまん。ほれ、まずは茶でも飲め」
「い、頂きます……」
「落ち着いたか?」
「え、ええ……いきなり呼ばれたかと思ったら……どうしたんですか?」
「うむ、実は竹中半兵衛もこちらに引き入れたいのだ」
「えっと、信長様の事だからてっきり手を回しているのかと思ってましたけど……違ったんですか?」
「やっているのだがな、俺の使いを門前払いにしてまったく取り付く島も無いのだ」
「あらま」
「五郎は井之口で奴に会ったのだろう? 何かいい方法は思いつかんか?」
「いい方法ねぇ、前に報告しましたけど龍興殿に不満はあるようですけど」
「斉藤家の有力な三人衆は既にそこを利用して内応するよう手を回したが、竹中半兵衛という奴は中々俺の誘いに乗らん」
「結構頑固そうでしたからね……見た目に反して……」
「ふむ」
「俺としては、そう簡単に寝返ってくれそうな人じゃないと思いますが」
「そうか……」
「それにしても、藤吉郎が上手くやっているんですか? 三人衆の方々については」
「抜かりない」
「それじゃ、そろそろ美濃へ?」
「そのつもりだ、その為に竹中半兵衛をどうにかしたかったのだが……」
「あ~……」
「仕方あるまい、奴の存在は厄介だが稲葉山城を攻めると同時に内応した者達も動くだろう、そこから崩すとしよう」
「三人衆の方々は斉藤家の主戦力なんでしょう? 流石に大丈夫じゃないですか?」
「うむ、だが手は尽くさねばな。追い詰められた鼠は何をするか分からん」
信長はそう言うと冷めたお茶を啜る、それから扇子を開いたり閉じたりしながら何やら考え始めた。
五郎は邪魔したら悪いな(怖いな)と思ってのんびりお茶を啜っていると部屋の外が何やら騒がしい。
「ん~? 朝から賑わってるなぁ」
五郎が暢気にそう思っていると、激しい足音を鳴らしながら誰かがこの部屋へと近づいてくる気配がする。
五郎がおや?っと振り向くと同時に部屋の戸を開け放って男が転がり込んできた。
「どうした!」
騒々しく入ってきた男に信長が立ち上がって尋ねると、息を荒げた男は報告を始めた。
「信長様! 信じられない報せが届きました!」
「何?」
「報せによれば、あの稲葉山城が安藤守就殿と竹中重治殿の手に落ちたとの事!」
「なんだと!?」
「えっ!?」
「更に驚くべき事が……」
「…………」
「恐らく稲葉山城を落としたのは竹中殿を中心とした手勢数名だと聞いています! 今は安藤殿の兵が稲葉山城下を抑えている為確認は難しいですが、既に斉藤家の当主は城から逃げ出しているとの噂!」
「……五郎! 急いで勝家や可成を呼べ!」
「は、はいっ!」
「お前は下がっていい、よく報せてくれた!」
「ははっ!」
報告を受けて即座に指示を出すと、信長は部屋から足早に出て行った。
五郎もその後を追いかけるように部屋を出ると、急いで勝家や可成を探し回る事になったのである。
五郎や信長が報告を受けて慌てている時、稲葉山城内でムスッとした顔で座っている重治は最高に機嫌が悪かった。
図らずもクーデターを起こす事になったのだ、だというのに既に自分が主導して稲葉山城を乗っ取ったと噂が広がっていると聞きやさぐれているのである。
「もう後戻りは出来ないな……してやられた」
既に重治は数人斬り伏せてしまっている、特に色々と思うところがあった『斉藤飛騨守』を斬ってしまったのが一番の問題である。
斉藤飛騨守は龍興が寵愛していた家臣である、事が終われば自分の命は無いだろう。
「守就殿を止めるどころか、龍興様を追い出す事になろうとはな」
重治が大きな溜息をついていると、開け放たれた戸から美濃三人衆の一人・安藤守就が姿を現した。
「重治殿、城下は既に兵の支配下に置いた」
「……流石、手が早いですね守就殿」
「いずれ稲葉殿や氏家殿も駆けつけてくる、それまでは十分持つだろう」
「守就殿、それよりも龍興様の行方は如何に?」
「龍興様は鵜飼山城へ向かっているようだ」
「鵜飼山城……なるほど」
「どうする? やはり追っ手を放った方が良いのではないか?」
「お待ち下さい! 守就殿、少し落ち着かれて下さい」
「む……」
「追っ手を放って如何なさるおつもりです? もし龍興様に危害を加える事になればどうなるか……お分かりのはず」
「…………」
「ここは龍興様がどうなさるおつもりか待つべきです」
「待つ……か」
「それより、守就殿は何故この様な事を……」
「お主なら分かる筈だ」
「…………」
「見たであろう? 美濃を、斉藤家を案ずる家臣達が織田に対抗する為に日々己と戦っているというのに……我等を前にしても暢気に遊興に耽っている体たらく」
「ええ、確かに斉藤家に仕える一家臣として許容出来る事ではありません」
「だからこそ……!」
「だからこそ、こんな事をすべきだったのか……私にはとても残念でなりませんよ」
「…………」
「龍興様がこの一件で更に自らの寵愛する一部の家臣達だけを信じ、現状から目を背ける事になったら……もう斉藤家を救う術はないでしょう」
「…………だが」
「この様な事で龍興様が御自分の行いを省みることが出来れば良いでしょう、だが織田が墨俣に出城を築いてしまった状況では……織田が攻める隙を作っただけですよ?」
「…………」
「まさか……守就殿は織田に?」
「もし、このまま龍興様が稲葉山城を取り戻そうとなされないのならば、その時は織田に下るつもりだ」
「守就殿……」
苦虫を潰したような表情を浮かべて言葉を吐き出した守就に重治は口を閉じる。
龍興が斉藤家を継いで今日迄、遠ざけられながらも龍興に諫言し、美濃や斉藤家の為に尽くしてきた人なのだ。
色々と思い悩んだ上での行動だとは重治も分かるつもりだ。
だが、こうして騒ぎになった以上どうなるか……重治は面倒な事になったなと思いながら溜息をついた。




