第百五章~信長の思惑~
盛り上がる大広間、そんな中で五郎はこめかみを揉みながらしかめっ面になっていた。
「う~ん……」
考え過ぎて頭が痛くなった五郎は考える事をやめると、お茶を啜りながら大きく息を吐いた。
信長には悪いが意見を出そうにも思いつかないのである。
幸いな事に自分が意見を出さなくても他の家臣の皆が様々な意見を出している。
ここは水を差さないように大人しくしておくとしよう、暫くすれば頭痛も治るだろう。
「きっと信長様も許して……」
「…………(にやり)」
「くれ……ると…………イイナー」
五郎は信長が一瞬だけ五郎を見てにやりとした瞬間を見逃さなかった。
きっと後でチクチクと弄られる事になりそうだ。
しかし、五郎が思った以上に皆は慎重になっているようだ、利家の様に『さっさと攻め込もう!』といった意見はそこまで多くない。
逆に成政の様に攻める前に幾つか策を用意しておくべきだと話す者達が多く感じる。
「いつもだったら利家の意見に賛同している人も慎重だし……」
「分からんでもないがな」
「あ、勝家さん」
「これまでに何度も稲葉山城を落とせずにきた、それが皆を慎重にさせているんだろう」
「ふーむ」
「ただ、俺としては利家と似たような意見だがな」
「勝家さんも利家と同じ様にすぐに攻めるべきだと?」
「ああ、ただ斉藤軍がどう動くか考えた上でだがな」
「あぁ……確かに利家はただ稲葉山城に向かって突撃しそうですね……」
「それに、信長様も色々と藤吉郎に調略を任されたようだしな」
「えっ! 藤吉郎って墨俣城の守備に送られただけじゃないんですか!」
「当たり前だろう、それだけならここにいる者達でも事足りる」
「……し、知らなかった」
「恐らく信長様も今日の評定だけでは美濃侵攻を決められないだろう、こうやって俺達がどう考えているか知る為の場だと俺は思っている」
「だから信長様は黙って見ているだけなんですか?」
「だと思うがな」
「う~ん……でも暢気に調略していたら斉藤軍が墨俣城を狙ってくるんじゃ?」
「信長様が今まで大人しく報告を待っていた事があるか?」
「え? い、いや……それは無いですね」
「きっと信長様の事だ、既に斉藤家の有力な家臣達の調略は進めていたご様子」
「それならなんで藤吉郎に……」
「さぁな、それだけ藤吉郎に期待しているのだろう」
「それにしても、そう簡単に調略出来るんでしょうか?」
「今なら十分可能だろう」
「どうしてですか?」
五郎は勝家の言葉に疑問を投げかける、ここまで追い込まれているのに必死に応戦しているのだ。
織田に寝返る者が既に居てもおかしくない筈である。
すると勝家は五郎の質問に答える。
「いくら忠誠心に篤くとも、仕える主君があれではな……」
「主君……斉藤龍興ですか?」
「五郎、今川家がどうなったか……忘れていないだろう?」
「え、ええ……今川義元殿の後を継いだ氏真殿の元から家臣達が離れていったんですよね」
「そうだ、その結果今川家は衰退し、松平家……いや、今は徳川家になっていたな、その徳川家に取って代わられたのだ」
「あ、そういえば……元康様は松平から徳川に名を改められたのでしたね」
「うむ」
「え~っと、つまり勝家さんが言いたいのは……龍興殿もいずれ氏真殿の様になると?」
「いや、恐らく氏真殿よりも呆気無く崩れ去ると思うぞ?」
「何故です?」
「お前も井之口で耳にしたのではないか? 斎藤龍興は遊興に耽ってまともに政すらしておらんと」
「聞き飽きるほど耳にしましたね」
「更に我が織田家の侵攻に対抗している戦力の中心的な存在である美濃三人衆と名高い稲葉殿や氏家殿等を遠ざけていると聞いている」
「えっ! そんな人達を邪険に扱って大丈夫なんですか!?」
「駄目に決まっているだろう、だから信長様が手を打っているのだ」
「つまり、その三人衆の方々を此方に引き入れる役目を藤吉郎に?」
「だろうな、きっと信長様から内応するように密書が届いている筈だ」
「……信長様も澄ました顔で色々考えてるんですね」
「五郎、気をつけないと信長様に聞こえるぞ」
「大丈夫ですよ~、こんなに皆が大きい声で話してるんですよ? 控えめに喋ってる俺の声が……」
ゾクリとして五郎はばっと振り返ると、信長が口元をヒクつかせながら五郎を睨んでいた。
どうやらしっかり五郎の声が聞こえていたらしい、その目からは『後で分かっているな?』と言われているような気がして冷や汗が吹き出る。
「言っておくが、信長様は耳も良いぞ」
「地獄耳過ぎでしょ……?」
「まぁ、諦めろ」
「うぅ……嫌だなぁ……」
五郎がしょんぼりと肩を落としていると、勝家が話を続ける。
「もし信長様が動くとすれば……内応に応じる者達が動いた時だろう」
「それまでは待機するんですか?」
「態々家臣を集めて評定を開かれたのだ、恐らくそう遠くないと踏んでの事だろう」
「なるほど、つまり利家の様にすぐに攻める可能性もあるんですか」
「勿論その可能性もあるな」
「藤吉郎も大変だなぁ……」
「何、信長様も藤吉郎なら後を任せれると思っての事だろう」
「そうなると、この評定はそこまで重要ではないんですか?」
「いや、墨俣城の事を知った家臣の暴走を防ぐ為にも必要な事だ」
「勝手に動かないようにって事ですかね?」
「美濃を落とす為にお誂え向きな城が出来たのだぞ? 今までしてやられた者達にとっては絶好の機会だろう?」
「確かに……」
「それなのに中々信長様が動く気配が無かったらどうする?」
「…………我慢出来ない?」
「特に血の気が多い者達は何をするか分からんからな」
「つまり、この評定は信長様が『勝手な事はするなよ?』と脅す……こほん、釘を刺す為に開いたって事ですね」
「そうなるな」
五郎は勝家と話しながら視線を利家と成政に向けた。
確かに利家の様に威勢が良過ぎると暴走しかねない、そう考えると正式な評定の場で思いっきり意見を吐き出させるのは有効なのかもしれない。
それに書状ではなく信長にも直接物を言える機会でもある、やはり書面ではなく信長の口から直接告げられる事は大きいだろう。
「それじゃ、俺ってあんまり無理に意見を出さなくても……?」
「問題はないだろうな」
「!?」
「それがどうかしたのか?」
「で、でも信長様が怖い顔で俺を見てたんですけど……」
「それはこういった場でお前がもっと意見を言えるように慣れさせたいのだろうな」
「慣れ……ですか?」
「そうだ、今までは座って聞いているだけだったが、長秀の名を継いだ以上もっと意見を出せるようになって貰わないとな」
「う、う~ん……」
「後は、長秀の様に上手く場を取り成せるようになればもっと良いがな」
「場を取り成すかぁ」
「五郎なら場を取り成すのは得意だろう?」
「いえ……全然……」
にやにやと笑いながら言われても困るのである、確かに場を取り成す事を必要に迫られてやってきたが、それも何とか出来ただけの事。
しかも、その殆どが巻き込まれたり、トラブルが勝手に舞い込んだ場合である。
自分から場を取り成そうとした事は殆ど無い。
「よく考えると、碌な目に遭ってないな……」
「ははは、退屈せずに良いじゃないか!」
「笑い事じゃありませんよ! 毎回大変なんですから!」
「それだけ大変だと叫びながらこうして生きているんだ、お前は凄いと思うぞ」
「ふ、複雑な気持ちですよ……!」
「まぁあんまり深く考えるな、お前は皆の意見を聞いてどう感じたか話せばいい」
「どう感じたか……ですか」
「信長様の事だ、きっと評定の後で呼ばれるぞ」
「……あの顔は絶対そうですよね」
信長の顔を見て大きく溜息をつくと、評定がお開きになるまで勝家と意見を交わすのであった。




