第百四章~評定~
清洲城内の大広間にて今日は重要な評定が開かれていた。
それは墨俣城の築城についての報告と、墨俣城を拠点とした美濃侵攻軍についてである。
「皆も集まったようだな」
信長の言葉に一斉に頭を下げた織田家家臣一同は『面を上げろ』の一言で信長に視線を戻す。
今日は普段とは違い、中々の人数が集まっている為何処か物々しい雰囲気が漂っている。
「今日集まって貰ったのは他でもない、藤吉郎が見事墨俣に城を築いたのだ」
改めて信長から伝えられた事実にどよめきが走る、この中には藤吉郎には荷が重いと反対している者達も居たのだ、その藤吉郎が勝家や信盛が果たせなかった大役を成功させた事を改めて主君の口から告げられて複雑な表情を浮かべている。
「この墨俣城を拠点とし、これより俺達は美濃を手に入れに侵攻を開始する!」
「「「おおおお!!」」」
「お……おお~……」
「おい、五郎……もう少し大きく声を上げろ」
「そ、そんな事言われても……」
「態々信長様が皆の士気をあげる為にこれだけの家臣を集めたのだ、そんな調子だと却って目立つぞ」
「は、はい……」
信長の声に士気を高揚させた皆は各々が美濃侵攻について意見を出している。
その雰囲気に混じりきれずに五郎は一歩引いて皆の様子を窺っているのであった。
「五郎、お前はどう考える?」
「ひゃ、ひゃい!」
「ん? 何をしている?」
「い、いえ……別に……」
勝家に声を掛けられおずおずと前に戻る、これだけ皆が熱中して話し合っているのだ、きっと自分一人輪の外に居てもばれないと思っていたのだが。
「げっ……!」
刺さるような視線を感じて顔を向けると、五郎を見て邪悪な笑みを浮かべる信長の顔があった。
その顔から五郎が感じ取ったのは『やり過ごそうなど……もしそのような事をしたら分かっているな?』という警告だった。
「あ、あばばば……」
「おい? 五郎、どうした?」
「何でもないです、何でも……」
「???」
「そ、それよりも! えっと、何でしたっけ?」
「美濃侵攻についてだ、墨俣城のお陰で美濃へ進軍するのは楽になったが……」
「そうですね、それに斉藤軍も相当慌ててるでしょう」
「皆はすぐにでも侵攻するべきだと息巻いている者が多いが、俺は気掛かりな事がある」
「勝家さんが気掛かりな事って……一体何です?」
「これまで信長様が行った侵攻を撥ね退けた、竹中半兵衛の事だ」
「あ~……」
「それに、まだ斉藤家には美濃三人衆と呼ばれる優秀な家臣も健在だ、このまま易々と攻め込ませてくれるかどうか怪しいものだ」
「どんな策を使ってくるかも分かりませんからねぇ……」
五郎と勝家が話し合っていると、皆の話を聞いて眠たげな顔で眺めていた可成が会話に混ざってくる。
最近の可成は佐々成政、前田利家、木下藤吉郎ら若手の台頭を見守る事が多く、評定では割と大人しくしている、あくまで『割と』だが。
そんな可成が混ざってきたのは竹中半兵衛の話が気になったからだろう、可成は二人の首に腕を巻きつけると口を開いた。
「面白そうな話をしているではないか、儂にも混ざらせろ」
「よ、可成さん……さっきまで静かにしていたのに……っ!」
「あっちは放っておいても構わんだろう? 年寄りは年寄りらしく意見を交わそうではないか!」
「…………」
「えっ!? 俺も年寄りなの!?」
「……長秀、無理をするんじゃない。儂にはちゃんと分かっている」
「俺はまだまだ若いですよ! ピッチピチですから!」
「ぴ……ぴち……なんじゃそれは?」
「そ、そうか……通じるわけがないんだった」 *死語です
「それよりもだ、その竹中半兵衛とやらの動きは分かっていないのか?」
「いやぁ……俺はさっぱり……」
「あまり表に立つ人物ではないようですね」
「ふーむ」
「墨俣城を築いたからといって過信しては手痛い反撃に遭うかもしれません」
「ですけど、あれだけ国境の近くに出城を構えれたんですから、こちらが有利な気がしますけどねぇ」
「問題は信長様が誰を連れて行くおつもりかどうかだな、儂はどうせ今回も留守を任されるだろうからつまらん」
「恐らく利家や成政ら母衣衆をお連れになるだろう、後は……そうだな、五郎は間違いなく連れて行かれるな」
「…………キコエナイ、キコエナイ!」
勝家の言葉に耳を塞ぐ五郎、前々から信長に連れて行くと聞かされているのだ。
すっかり耳を塞ぎこんだ五郎に苦笑した勝家は可成に続ける。
「まぁ、皆の様子を見て信長様がどう判断されるか……」
「ふむ」
「可成殿はどうお考えで?」
「考えねぇ、儂は戦で暴れさえ出来ればそれで良いんだが……」
「…………」
「ただ、稲葉山城を落とす為には、儂かお前が居らんと心配だと思うがな」
「利家達だけでは無理だと?」
「あの城は落とすのが面倒だ、いつもの調子であの小僧共が攻めたらすぐ逃げ帰る事になるぞ」
「……うぅむ」
「それに考えても見ろ、その竹中なんとやらが大人しくしていると思わん」
可成の言葉に難しい顔をする勝家、確かにまだまだ若い家臣達だけでは気掛かりにはなる。
だが、いずれは信長様を支える重臣となる実力を持つ者達なのだ、様々な経験を積ませる為にも自分がその機会を奪う事はしたくない。
恐らく可成もそのつもりのはずだ、可成が自分の息子達に色々と任せているのは先を見越してだと思っている。
勝家が黙り込んで考えていると、可成は未だに耳を塞いでいる五郎に目を付ける。
「長秀、諦めろ!」
「痛い! い、痛いですよ!」
「全く、そんな姿を見たら家の小僧共から笑われるぞ」
「可成さんの子供達は強すぎるんですよ!」
「わっはっはっ! それは褒め過ぎだぞ!」
「だ、駄目だ……何を言っても無駄な気がする……っ!」
頭を抱える五郎だったが、隣で静かに考え込んでいる勝家に気づいた。
「あれ、勝家さん……?」
「おっと、待たんか」
「可成さん?」
「邪魔をしない方がいいぞ、それより長秀、向こうを見てみろ」
「はい?」
「楽しそうに吠えているぞ」
可成に言われて視線を向けると、お互いに吠えながら意見を言い合っている二人が見える。
「あれは……成政殿と利家?」
「きっと意見が合わぬのだろうな、わっはっはっ」
「あぁ……」
五郎はつい納得してしまう、確かにあの二人は水と油のような相性である。
恐らく美濃侵攻の作戦について揉めているのだろう、利家はあの性格だ『斉藤軍が準備を整える前に迅速に叩くべきだ!』と言ってるのだろう。
利家らしい意見だが成政はその意見に反対のようだ、恐らく竹中半兵衛を始めとする斉藤軍が大人しく待っている筈が無いと考えているのかもしれない。
「いやぁ、若いって良いですね……」
「これからの織田家も安泰だな、いつでも儂は隠居出来そうだ」
「えぇ……可成さんが居なくなったら困りますよ~……」
「大丈夫だ、後は息子達に任せておけば心配いらん」
「あ~……それって長可ですか?」
「あいつは息子達の中でも一番血の気が多いからな、儂と良い勝負かもしれんな」
「そっくりですよ、えぇ」
「本当は儂が美濃侵攻に従軍する事になれば長可を連れて行くつもりだったが……」
「まだ分からないと思いますよ? 信長様にとっても重要な戦になるでしょうし……」
「伊勢の滝川も上手くやっているようだが、油断は出来んぞ? いざとなったら北畠に対応する必要がある」
「あ~……そういえば伊勢も警戒する必要があったんですっけ……」
「そうだ、そう簡単に美濃を攻めて終わりという訳にはいかんよ」
可成の言葉に伊勢にいる一益の心配をしてしまう、一益からの書状によれば特に問題もなく過ごしているようだが。
「考える事が多過ぎて、頭がパンクしそう」
皆の意見を聞きながら纏めようにも情報量が多くて五郎の頭では追いつかない。
軽い頭痛に見舞われながら五郎は可成と皆の様子を見守るのであった。




