第百三章~凱旋~
「信長様! 木下様と丹羽様がお帰りになられました!」
「む! すぐに此処へ案内しろ!」
「は、はい!」
二人が帰ってきたと報告を受けた信長はすぐさま部屋に案内するよう命じて小姓を迎えに出した。
その間に部屋を片付けねば……。
「おい! 可成! いい加減に片付けぬか!」
「ん~……? 何だ?」
「もうすぐ五郎と藤吉郎が此処に来る、お前も真面目に労ってやれ」
「……ふぅ~、思ったより早かったな……よし、さっさと片付けるか」
信長の言葉に表情を引き締めた可成は手早く自分が飲み散らかした部屋を片付ける。
手際よく片付けを始めた可成を見て信長は溜息をついたのであった。
可成が部屋を綺麗にした丁度その時、部屋の外から小姓の声が掛かる。
「信長様、木下藤吉郎様、丹羽長秀様、両名をお連れしました」
「うむ、良くやった。二人とも入れ」
「「失礼致します」」
信長の許しを得て部屋に入った二人、藤吉郎は真剣な面持ちで信長の前に歩む。
対して五郎は暢気に案内役の小姓に礼を言って手を振っている。
少しだけ小姓を見送ってから五郎が振り向くと、信長が此方をジロリと見ている事に気づいて慌てて藤吉郎の隣に腰を下ろす。
二人は深く信長に頭を垂れ、信長の『面を上げよ』の言葉に顔を上げる。
藤吉郎は信長の顔を見ながら静かに息を吸うと口を開いた。
「信長様! この木下藤吉郎、信長様の命に従い無事『墨俣』に出城を築き上げました!」
「良くやったぞ!」
「斉藤軍は柴田様のご助力もあり、出城の完成と同時に大人しくなっています、今の内に柴田殿にお戻り頂き、誰か他の者に守備を命じて頂きたく……」
「分かっている、それについてだが……藤吉郎、お前に守備を任せるつもりだ」
「わ、私ですか!?」
「そうだ」
「し、しかし私よりもお任せできる方が沢山……」
「この大役を果たしたお前だからこそ、守備を任せるのだ」
「は、はあ」
「藤吉郎、受けなよ」
藤吉郎が墨俣の守備頭を任される事に悩んでいると、隣でのほほんと会話を聞いていた五郎が口を挟む。
五郎の一言に思わず藤吉郎が横を向くと、五郎はにこにこと笑顔で続ける。
「藤吉郎が築いたんだし、藤吉郎が守った方が安心だと思うな~」
「ご、五郎さん……」
「それに、あの城は藤吉郎の策が無かったらこんなに早く築けなかったんだし、信長様もその功を認めて守備を任せると仰ってるんだよ……ね? 信長様?」
「……五郎、お前もたまには良い事を言うな」
「ちょっと! 最近は割と言ってると思うんですけど!」
「おほん、まぁそういう事だ、藤吉郎の此度の活躍を認めているからこそ美濃侵攻への要である墨俣城を任せるのだ……受けてくれるな?」
「は、ははっ! そのお役目、ありがたくお受け致します!」
「うむ!」
深く頭を垂れた藤吉郎を見て信長はうんうんと頷いて満足そうに顔を緩ませている。
その信長と同じ様に横で嬉しそうに頷いている五郎に気づいた信長は扇子を取り出すと五郎の額目掛けて投げつけた。
「いてっ!」
「五郎! お前は俺と居る時だけ落ち着きすぎだ!」
「そ、そんな事言われても……理不尽だ……」
「で、お前はちゃんと猿を補佐したのだろうな?」
堅苦しいやり取りが終わったお陰か、すっかり藤吉郎から猿に呼び方を変えた信長が五郎に問いかける。
その質問に『うぐっ』と言葉を詰まらせると、五郎は冷や汗を流しながらぼそぼそと答えた。
「そ、そこそこ……手伝えたかなぁ~っと……」
「なんだとぉ~?」
「お、俺なりに頑張って……ハイ」
「……猿! 五郎はどうであった?」
「は、はっ! 五郎さんは俺の代わりに川並衆を率いて重要な役目を果たして下さいました! その成功が無ければまだ築城作業の途中だったと思います」
「ほう……五郎、やるではないか!」
「は、ははは……」
藤吉郎の言葉に一転して五郎を褒め称える信長、そんな信長に苦笑いをしながら五郎は思っていた。
(言えない……ただ作業する皆を眺めて居ただけだなんて……)
所謂現場監督の様な立場であったが……一番重要なのは五郎は『見守るだけ』だった事である。
大まかな指示は確かに出していたが、その殆どは蜂須賀正勝、前野長康の両名によって細かい指示に変換され作業をスムーズに行ったのだ。
「五郎! お前にも褒美をやる、期待しておけ!」
「はっ、ははっ!」
五郎はご機嫌な信長に頭を下げながら『正勝殿や長康殿に分けよう』と思った。
話がある程度落ち着くと、それまで黙って気配を消していた可成が二人の後ろから首に腕を回して引き寄せる。
「ぐえぇぇ!」
「っ!?」
突然の事にビクッとした藤吉郎と呻き声を上げた五郎。
そんな二人を見た可成はにやにやとにやけ顔で口を開いた。
「やるではないか! 今日は祝いの宴会だな!」
「ぐ……ぐるぢい……」
「も、森様! 五郎さんの顔が……!」
「がっはっはっ!」
「……(白目)」
「五郎さん! しっかり!」
藤吉郎と違って抵抗しようにも非力な五郎はそのまま意識を失う。
可成が五郎の状態に気づいたのはそれから暫く後になってからだった。
「……楽しそうだな、お前達」
その一部始終を眺めていた信長はそう呟くと、小姓を呼んでから二人を労う為に軽く食事と酒を用意させるのであった。
「ぷはぁ! 飲め飲め! 今夜はお前達が主役だ!」
「よ、可成さん! 酒を押し付けないでくださ……あぶぶぶ」
「信長様、どうぞ……」
「うむ、ほれ……お前も遠慮せずに飲め」
「は、はい!」
藤吉郎は近々墨俣城の守備に戻る為、ささやかな宴を開いた信長は藤吉郎に存分に英気を養うよう促す。
信長が手ずから酌を貰い恐縮しながら酒をたしなんでいると、可成に絡まれて悲鳴を上げている五郎が目に入る。
藤吉郎の視線に気づいた信長はその先に二人を見つけると口を開いた。
「また、やっているのかあの二人は」
「は、はは……」
「可成の奴も大分五郎が気に入ったようだな」
「そうですね」
「しかし、これでやっと美濃へ侵攻出来る」
「はい」
「勝家が戻り次第評定を開く、それから美濃侵攻軍を編成して進軍を開始するつもりだ、その間……墨俣城の守備を頼んだぞ」
「お任せ下さい……!」
藤吉郎の返事に気分を良くした信長は次々と酌をする、慌てて酒を飲み込んだ藤吉郎は信長が満足するまで付き合うのであった。
一方、可成に絡まれている五郎は落ち着いて食事を堪能する暇もなく、されるがままに酒を飲まされていた。
「うっぷ……頭がくらくらする……」
「なんだ、もう終わりか?」
「終わりにしていいですか……?」
「まだまだ元気そうだな」
「ちょっとは食べる暇を下さいよ!」
「む……それもそうだな」
可成から解放された五郎は着崩れた着物を直してからやっとの思いで腰を下ろす。
久しぶりに豪勢な食事が食べられるのだ、食べれるだけ胃に詰めておきたい。
「おぉ~……美味しそう」
五郎の目の前には鎮座しているのは美味しそうな焼き魚である。
戦場では中々焼き魚を食べる余裕がなかったので思わず涎が落ちそうになる。
それに野菜のお浸しや漬物、ほかほかと湯気を立てているご飯を前にしてお腹が鳴る。
「頂きます!」
両手を合わせて声を上げると、五郎は美味しそうに食事を堪能するのであった。
五郎が食事を済ませて満足していると、可成が居ない事に気づく。
いつの間にやら可成は藤吉郎や信長の所へ移動していたようだ、五郎は『ラッキー』と思いながら一人のんびりと食後の酒を楽しむ事にした。




