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第百二章~謀反の兆しあり~

織田家中が墨俣城築城の成功に士気を高揚させている時、斉藤家中には重苦しい空気が流れていた、一部を除いて。

報告を受けた美濃三人衆の一人、安藤守就は険しい表情を浮かべながら城内を歩いていた。


「……殿! 守就殿!」

「……む?」


考え事に集中していた守就は誰かに呼ばれている事に気づいて振り向いた、そこに居たのは斉藤家臣の中でも優秀な軍師であり、守就にとっては娘婿でもある竹中重治であった。


「おお! 重治殿ではないか! お主が登城しておるとは珍しい」

「あまり顔を出さずに申し訳ない」

「いや、咎めているのではない。飛騨守殿との折り合いが悪いのだろう?」

「……ええ、まぁ……そうですね」

「それに龍興様も私や良通殿や家元殿ばかりか、お主の事も好ましく思っておらぬようだ」

「…………」

「重治殿も既に聞いておるのだろう?」

「織田が築いたという墨俣の城……ですか?」

「うむ……織田信長殿とは道三様が御健在であった頃にお会いした事がある、あの御方は世に噂される『空け者』などではない! このままでは美濃は織田の侵攻を許してしまう」

「ふむ……だが守就殿、今のままではとても龍興様が我等の話に耳を貸して下さるとは……」

「……」

「……」

「やはり、龍興様には時間がある内に少し頭を冷やして頂かねばならぬ」

「守就殿?」

「重治殿、私に力を貸してはくれないか?」

「力……ですか?」

「うむ、このままでは織田の手に落ちるのも時間の問題、もし我等の言葉に耳を貸していただけぬのならば織田へ下ろうと思っておる」

「守就殿!?」

「しっ! 静かに!」

「織田に寝返ると言うのですか? 本気で?」

「今まで我等がどれほど龍興様に進言してきたと思う? お主も同じだろう?」

「しかし……っ!」

「このままでは我等は都合の良い身代わりよ、これ以上は我慢ならん」

「守就殿! ですがっ!」

「今すぐにとは言わぬ、だが重虎殿の事もあるのだ……良い返事を期待している」

「……」


守就はそれだけ話すと足早に去って行った、重治はその後姿を見送る事しか出来なかった。

暫くその場で立ち尽くしていた重治だったが、足早に城を後にすると屋敷に戻って重虎を探した。


「重虎! 何処に居る!」


バタバタと屋敷を探していると、縁側でのんびりお茶を啜っている重虎が目に入る。


「ここに居たか!」

「あら……どうされました、兄上?」

「急ぎ話したい事がある……む? そのお茶は……」

「五郎様から頂いたお茶です、兄上も如何です?」

「う、うむ……頂こう」


重虎が淹れてくれたお茶を一口啜るとホッと息を吐く、身体の心からポカポカと心地よい気分になる。


「って、お茶もいいがそうじゃない! 重虎、お茶を持って部屋に来てくれ!」

「ええ……構いませんが……」


重治の慌てように疑問符を浮かべながら重虎は御盆を手に抱えて後を追いかける、滅多に慌てる事がない兄がこんなに焦っているのは久しぶりである。

その証拠に所々に血が吐き散らかされている、後でしっかり掃除しなければ。

重虎が重治の部屋に入ると、重治は部屋の戸をしっかりと閉めた。


「重虎、最近……守就殿や良通殿、家元殿のご様子はどうだった?」

「ご様子……ですか?」

「ああ、そうだ」

「別段お変わりはなかったご様子でしたが……」

「そうか……」

「兄上、城で何かあったのですか?」

「う、うむ……」

「一体何が?」

「…………」

「兄上?」

「………………」

「???」

「重虎、この事は口外してはいかんぞ」

「はい」

「実は、守就殿……いや、恐らく守就殿だけではなく良通殿や家元殿までも織田に下る可能性がある」

「!?」

「守就殿はその時に私達も供に来いと言われた」

「そ、そんな……守就殿や良通殿、それに家元殿まで離れてしまっては織田の侵攻を防ぐ事など……!」

「だが、龍興様は守就殿を始めとする三人衆の方々を遠ざけておられる、このままでは遠からず離れていかれるだろう」

「兄上……これからどうなさるのです?」

「……」


重虎に問われても答えを返すことが出来ずに重治は黙り込む。

重治もこの状況をなんとかしたい気持ちは山々なのだが、如何せん状況が悪過ぎる。

何せ家臣に面倒事を押し付けて遊び呆けている龍興に何度も諫言してきた三人衆の方々が痺れを切らしているのだ。

しかも、織田によって墨俣に出城を築かれてしまったのである。

せめて今からでも龍興が皆の意見を聞き入れて行動に移してくれれば良いのだが……。


「今のままでは……」

「兄上……私が龍興様に話を聞き入れていただけるよう飛騨守殿にお取次ぎ致しましょうか?」

「駄目だ!」

「兄上……」

「それだけは駄目だ! あの男に取次ぎなどしても妙な要求されるだけだ!」

「しかし、龍興様と直接お話出来ればまだ……」

「う、うぅ……」

「もし兄上が望まれるのならば、私が何としても龍興様と会見の場をご用意します」

「…………」

「…………」


重虎の提案にしかめっ面で黙り込んでしまった重治、その表情を見た重虎は大きく溜息をついてから口を開いた。


「兄上! そろそろお昼の時間ですよ、今日は何にしましょうか?」

「む……」

「ほらほら、難しい話は後にしてお食事の準備を致しましょう!」

「あ、ああ……」


重虎に促されて重治は厨房に連れて行かれる、偶に重治も食事を作るのだが重虎と一緒に食事の用意をするのは久方ぶりである。

きっと自分に気を遣って気分を変えて貰おうというつもりなのだろう。


「ふぅ~~~」


大きく息を吐いた重治は考えていた事を頭から追い払うと妹とワイワイと言い合いながら食事を作るのであった。




稲葉山城を後にし、屋敷へと戻った守就は深い溜息をつくと書状に手を伸ばす。

その書状は織田信長からの密書であり、その内容は織田に寝返る様に促すものである。

守就はその書状を一頻り眺めると、再び深い溜息をついた。


「道三様、私はどうすれば良いのです……」


亡き道三に仕えて今日まで、斉藤家の為、そして美濃の為に仕えてきたがここ最近の龍興の行動は目に余る。

何度意見を申し上げても聞き入れるのは寵愛している一部の家臣の意見のみ。

刻一刻と織田が迫っているのというのに全く危機感がないのだ。


「行動に移すのならば……もう時間がない、色々と手を回しておくしかあるまい」


何度目かも分からなくなるほどの溜息をつくと、守就は書状を認めて良通と家元に送り届けるよう命じた。

良通や家元と自分と同じく龍興に遠ざけられている、もしこのまま織田が攻めてくることになれば二人も自分の意見に賛同してくれるはずだ。


「後は……重治殿か」


重治殿はどう動くのだろうか、娘婿であるからこそ話したがそう簡単に内応に応じる人物ではない。

斉藤家の家臣の中でも忠誠心もある、それに美濃を案じる気持ちが強い人物だ。


「出来れば戦う事にならぬよう避けたいが……」


もし織田に寝返る事になれば戦う事は避けられないだろう、事を起こす前に出来る限り説得するしかあるまい。


「ふぅ……いかんな、考え過ぎて少し疲れてしまった」


頭を抱えながら身体を横たえた守就は目を閉じる。

流石に織田も出城を築いて間もない内に侵攻してはこないだろう、こうして密書を送ってきている以上猶予はあるはずだ。

その間に龍興を見定める必要がありそうだ、このまま仕えるに値するのか……それとも見限る事になるのか……。

休むつもりがついつい考え事をしていた守就は頭を振ってから床につく事にしたのであった。

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